第49話「三竦み-5」
「ふう、帰って来たわね」
「そうだな」
無事に依頼を受けれた私たちは『クランカの宿』に戻って来ていた。
表向きの理由は依頼の開始時刻が夕方であり、それまでの僅かな間ではあるが、仮眠を取るためにと言う理由でだ。
「それで……付いて来ているのか?」
裏の理由は……まあ色々だ。
シェルナーシュの持っている干し肉で腹を満たしておくと言うのも理由の一つだし、今日出会ったばかりである私たちには足りないお互いの情報を出すと言うのも理由の一つ。
「ええ、付いて来ているわ」
加えて、窓から宿の前の通りを見てみればその姿が見えるのだが、塔の前の広場から今に至るまでの間、時折交代しつつも、ずっと数人のヒトがこちらの様子を窺っている。
そう、彼らへの警戒もしやすくすると言うのも、宿に戻って来た理由の一つである。
「ソフィア。奴らは何者だと思う?」
「そうね……少なくとも魔法使いなのは間違いないと思うわ」
「根拠は?」
「色々とあるわ」
シェルナーシュの質問に対して、私は彼らを魔法使いと判断した理由を話す。
まず彼らの隠密技術はさほど高くない。
となれば、そう言う探り事を専門とする諜報員と呼ばれるようなヒトでない事は確定。
私たちの見た目に引き寄せられた男……と言うか、力自慢の傭兵やならず者と言うのも考えづらい。
なにせ彼らが追跡を始めたのは、私が広場で自分よりも大柄な男を持ち上げて見せると言う魔法を使ったとしか思えないような光景を見せた直後からなのだ。
それでもなお、コソコソと隠れて追って来るとしたら、そいつは相当な阿呆だ。
最低でも何かしらの魔法対策は持っていると考えるべきだろう。
で、これらの情報に加えて、彼らは交代で私たちの事を見張っているので、それなりの組織である事も分かる。
と言うわけで……
「結論として彼らは何処かの流派の魔法使いで、何かしらの理由でもって私とシェルナーシュを見張っている。と言う事になるわね」
「なるほど。まあ、聞くところによれば、違う流派の魔法使い同士は仲が悪いと聞くし、それならおかしくはないか」
「ああそう言えば、そんな話も聞いた事が有るわね」
シェルナーシュは私の言葉に納得したのか、小さく頷く。
と言うか、シェルナーシュに言われるまですっかり忘れていたが、マダレム・ダーイの辺りで違う流派の魔法使い同士は仲が悪いと言う話を確かに聞いた覚えがある。
うん、すっかり忘れてた。
「さて、そうなると問題は奴らが今すぐに仕掛けてくるかだが……大丈夫そうか?」
「今のところは動きが無いわね」
私は改めて窓から魔法使いたちの動きをみる。
が、特に目立った動きはしていない。
私たちに気づかれないように、本人たちからしてみれば全力で、私からしてみればバレバレな隠れ方でこちらの様子を窺っているだけだ。
「うん、そこまで心配はしなくていいと思うわ。昼間から仕掛けるほどの度胸が有るとは思えないし、そもそも仕掛けてくる意味も無いでしょうし」
「まあ、奴らからしてみれば、小生たちを襲ったところで、望んだものが手に入る可能性は限りなく低いだろうしな。小生たちの裏が分からない事や、返り討ちの可能性も考えれば、仕掛けてくる方がおかしいか」
「おまけに、アイツ等がマダレム・シーヤと繋がりのある流派とも限らないしね」
「ふむ。その可能性もあったか」
私は窓から視線を外す。
実際、彼らが仕掛けてくる可能性は今後も含めて低いだろう。
私の知識の範囲内で言わせてもらうのなら、他の流派の魔法使いが使う魔石を手に入れた所で、まず使う事は出来ないし、どうやって加工したかだって分からないのだ。
つまり、私のように直接記憶を奪える能力者でもなければ、他の流派の魔法を得たければ、その魔法使いを捕えるか、籠絡しなければいけないのだ。
すると当然、裏についている組織次第ではあるものの、洒落にならない事態が発生することになる。
だが、彼らにそんな事態に陥る覚悟が有るとは思えない。
「となると、やはりただの偵察か」
「そう言う事でしょうね」
そう言う事で最終結論は非常に単純だ。
彼らはただの偵察で、私たちが何処の流派の魔法使いかを知りたいだけ。
目的は本当にそれだけだろう。
「ま、妖魔と言う事だけはバレないように気を付けましょうか」
「そうだな」
それでも私たちが妖魔だとバレる可能性が有るので、油断は禁物なのだが。
「で、この話はこれぐらいにしておいて、そろそろ話しておきましょうか」
私は目を瞑ると、左手を真っ直ぐ前に出す。
そして、私の中……心臓の少し下辺りに存在している力の塊に意識を向ける。
「一体何の話だ?」
「お互いの能力について……」
そうして、力の塊を少しだけ削り出すと、私は左手の方へと削り出した力を動かす。
塊と削り出した力の間に細い線のようなものを繋いだ状態でだ。
「よっ!」
仕上げに私は左手の上へと削り出した力を出し、変われと念じる。
「これは……」
「ふうっ」
すると私の左手の上に少量の琥珀色の液体が生じ、部屋の中に甘く香ばしい匂いが漂い始め、代わりに削り出した力は消えてなくなる。
「貴様の魔法か?」
「ええそうよ」
これが私の魔法。
甘くて香ばしい、一度口に含めば、二口三口と口に運ばずにはいられないが、一口含めばそれだけで全身が弛緩してしまう猛毒。
「焼き菓子の毒。私はそう呼んでいるわ」
かつて『サーチアの宿』で客とおかみさんを全員同時に殺して見せた魔法の毒だ。