第48話「三竦み-4」
「まず今日から一週間。許可を得ていない者が夜間に外出する事を禁止する」
「例の事件の犯人に対応するためか」
「でしょうね」
掲げられた高札は大きく分けて二つの内容に分けられていた。
一つは傭兵含め、マダレム・シーヤに住む全てのヒト向けに出された知らせで、今日から一週間夜間の外出を禁止すると言うもの。
これは不用意に外出し、犯人に遭遇してしまったことで命を落とすと言う被害者を減らすための方策であると同時に、犯人とそうでない人間を見極めやすくするための策だろう。
「で、ここからが本題ね。今日から一週間、夜間の巡回と警備を行って欲しいと言う依頼が出されているわ」
「ほう」
もう一つは傭兵向けの知らせで、夜間……日が暮れてから昇るまでの間、衛視と共にマダレム・シーヤを巡回。
不審者が居ないかどうかを見回ると共に、事件が発生すれば、その解決の為に動くようにと言う依頼だった。
なお、先程の一文との兼ね合いか、依頼を受けた傭兵には目印の許可証が配布されるらしい。
「これは……美味しいわね」
「ん?」
私は報酬の欄を見て、思わずそう呟いていた。
「報酬はただ巡回をしているだけでも、それなりの額がきちんと出る。おまけに何かの事件が起きて、その事件にきちんと対応できたのであれば、追加の報酬が出る事になっている」
「対応?」
「犯人の捕縛、怪我人の救護、情報の伝達と言ったところね」
「なるほど……確かに美味しいな」
私の言葉にシェルナーシュも笑みを浮かべる。
だがそれも当然だろう。
傭兵と言う立場から見ても、ただ夜の間見回っているだけで、それなりの量のお金が手に入り、何かしらの事件が起きて、その犯人……それこそひったくりやコソ泥のように、傭兵たちが普段相手にしているような相手と比べれば数段劣る様な相手を捕まえる事が出来れば、追加の報酬が手に入るのだから。
強盗や例の事件の犯人と遭遇する可能性を加味しても、これを美味しくないと考える傭兵は居ないはずだ。
しかし、私たちにとっては、報酬以上の旨味が有った。
「追加の報酬を得る為と言う大義名分が有るというわけだしな」
「ええ、ある程度の勝手なら許されるわ」
事件を解決したものには追加の報酬が有る。
当然、例の事件の犯人を捕まえたとなれば、その追加の報酬は桁違いのものになるだろう。
そしてそれだけの報酬が約束されているのであれば、報酬の為に勝手な行動を取る傭兵も少なくないだろう。
つまり、私たちがそう言う報酬優先の行動をとっても、それほど目立たないし、咎められないと言う事だ。
加えて、そう言う勝手な行動をとる傭兵が増えれば増えるほど、隙を見て例の事件の犯人と接触するチャンスが増えるはずである。
「さ、依頼を受けに行きましょうか」
「そうだな」
私とシェルナーシュは受付を行っている衛視の下へと向かう。
そうして、受付待ちの傭兵の後ろに並ぶと、しばらくの間待つ。
「次の方どうぞー」
やがて私たちの番が回って来たところで、私たちは一歩前に出る。
そして受付の衛視がシェルナーシュの姿を見て、何かに納得したかのような表情を見せ、続けて私の姿を見たその時だった。
「……。あー、君。悪い事は言わないから、辞めておきなさい。この仕事はただの女子供に出来るような仕事じゃないから」
「……」
周囲に居る傭兵の大半から私に向けられている不躾な視線と違って、本当に心配そうにしている視線と共に、目の前の衛視さんからそう言われた。
……。
ああうん、まあ、何か有れば、確実に荒事に発展するのが分かっている依頼だもんね。
私の見た目からすれば、目の前の衛視さんが心配するのも分からなくもない。
「あー……コイツは……」
「何も言わなくていいわ。シェルナーシュ」
シェルナーシュが何かを言おうとするが、私はそれを手と口で制すると、軽く周囲へと目をやる。
なお、私以上にひ弱そうに見えるシェルナーシュが大丈夫だと認識されたのは、シェルナーシュの見た目が明らかに魔法使いのものだからだろう。
本来、魔法使いの実力に見た目は関係ないはずなんだけどね。
「ああ、居たわ」
まあ、そんな事はどうでもいい。
今私がやるべき事は、目の前に衛視に私の実力を認めさせ、依頼を受けれるようにする事だ。
勿論、暴力を振るうような真似をせずにだ。
「そこの大きな体の貴方。ちょっとこちらに来てくれるかしら?」
「ん?俺か?」
「そうみたいだな。行って来いよ」
「あ、ああ……」
私は周囲に居た傭兵の中から、私の事を心配するような視線を向けると同時に、出来る限り大柄な男性を近くに呼び寄せる。
「えーと、暴力行為は……」
「衛視さん。一つ質問だけれども……」
「来た……」
そして近くに来た男性の腰と肩に手を当てると……
「自分よりも大きな相手をこういう風に持てるヒトを貴方は弱いと言うのかしら?」
「ぞ……!?」
「だ……め……!?」
新郎が新婦を持ち上げるような形でもって、一気に男性を持ち上げる。
勿論、重さなどまるで感じていないと言う笑みを伴ってだ。
「「「…………」」」
「はぁ……」
私の行動に周囲の傭兵たちが絶句し、シェルナーシュが溜息を吐く。
「はい、ありがとうね」
「あ、ああ……」
「それで衛視さん。私が依頼を受けても?」
「こ、こちらにお名前をどうぞ」
そして私が男性の事を降ろすのと同時に、衛視は受付の為の紙を私の前に差し出すのだった。
困った時は力押しです。