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第45話「三竦み-1」

 翌朝。

 魔石の換金が出来る場所を探すべく、私は『クランカの宿』から街へと繰り出した。


「ん?」

 が、街に繰り出した私がまず感じたのは、違和感だった。


「おい、聞いたか」

「何の話だ?」

「街の北西の方で……」

 私は行き交う人々の声に耳を傾けつつ、今この街を覆っている雰囲気がどう言うものなのかを冷静に分析し、結論を出す。


「何かがあった。それも妖魔が現れて暴れたとか、どこそこの家の誰かが消えたなんてレベルでは済まないような何かが」

 そう、とても大きな事件が昨晩の内に起きたのだと。

 それも朝の数時間の間に街中に事件の内容を表した噂が伝わり、街の雰囲気を一変させる様な事件が。


「これは出元を確かめておいた方がいいわね」

 私はそう判断して、今日の予定を変更。

 事件が発生した現場が有るであろう街の北西部へと向かう事とした。



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「聞いたかい?猟奇殺人だってさ……」

「一家全員とはまた酷いねぇ……」

「殺した後に縄で吊るしたみたいよ」

 事件が有った家は直ぐに見つかった。

 家の前の通りに大量の野次馬が押し寄せて、事件の状況を噂し合っているだけでなく、マダレム・シーヤの衛視が何人も家の前に詰めていたからだ。


「ふうん……中はかなり酷い事になってそうね」

「殺しそのものが目的だなんて妖魔よりもイカレていやがるな」

「身体が一部持ち去られているみたいだよ」

 だが仮に野次馬が居なくても私にはどの家で事件が起きたのかはすぐに分かった事だろう。

 なにせ、今の私はそれなりに事件が有った家から離れているのだが、それでもなお濃厚な血の香りが漂ってくるのだから。

 事件が昨夜に起きた事を考えれば、もう流れ出た血は十分に乾いているはずなのにだ。


「頼むから早く捕まえてくれよ。これじゃあ安心して寝られやしない」

「分かっております。目下全力で捜査中でございます」

「ふうむ。普通の人間の仕業では無さそうだな」

 ただまあ、幸いと言うべきか、私には既にこの事件の犯人が見えてはいた。


「さて……どうしようかしらね」

 そう、この事件の犯人は妖魔だ。

 それもただの妖魔では無く、私のように変わり者と称すべき妖魔だ。

 そうであるならば、逃げる暇も与えずに一家全員を殺せたことも、身体の一部が持ち去られている事も、これだけの事件を起こしていながら目立たずに行動出来ている事にも理解がいくし、理由は分からないが死体を吊るすと言う行為にも納得はいく。

 なにせ変わり者なのだから。

 いやまあ、頭がぶっ飛んでいる魔法使いが犯人と言う説だって無くはないと思うけどね。

 ただそのパターンは考えないでおく。

 うん、手に負えないし。


「とりあえず探すべきではあるわよね」

 で、犯人の推定が出来た所で私はこの犯人をどうするべきかを考える。

 んー、それなり以上に知能を有している妖魔であるなら、出来れば協力体制を築きたい所ではある。

 マダレム・ダーイ襲撃の時も私並の知能を有している妖魔は私以外にはサブカだけだったし、そのせいで色々と面倒な事になったのだから。

 ただ、協力体制を築けないのなら……始末するべきだろう。

 ヒトが変わり者の妖魔と言う存在について知らないのは、私にとって大きなアドバンテージだからだ。

 その情報をヒト側に漏らしかねない存在なら、いっそ始末してしまった方がいい。


「よし、行きます……」

 そうして方針も定めて、この場から去ろうとした時だった。


「……」

「か?」

 いつの間にか私の正面に一人の少女が立っていた。


「「……」」

 少女は先端に魔石のような石を填め込んだ杖を持ち、身体のラインを分からなくするようなローブに頭一つ分の高さが有るとんがり帽子と、魔法使いのような衣装を身に着けていた。

 髪は短く切り揃えられた赤い髪で、帽子を除けば背は私より頭半個分ほど低く、目は黄色に輝いている。

 そしてその目は私の事を怪しむような輝きを持った状態で、私へと向けられていた。


「貴様は……」

「……」

 対する私は、少女から何か嫌な気配のような物を感じ取り、冷や汗のような物を軽くかいていた。

 妖魔としての本能でもなく、拙いながらも扱える魔法使いとしての能力に由来するものでもなく、ただただ嫌な気配……いや、苦手意識のような物を理由も分からずに感じていた。

 だが一つ確信を持って言える事が有る。


「小生の同類だな」

「そうみたい……ね」

 目の前の少女は私の同類(変わり者の妖魔)だ。

 それだけは間違いない。


「一つ質問をさせてもらおう」

「何かしら……」

「アレは貴様の仕業か?」

「違うわ」

 少女が私に質問をしてくる。

 あの家の惨状を引き起こしたのは私かと。

 勿論私ではない。

 確かに私は昨夜ヒトを狩ったが、血痕一つ残さず狩ったし、そもそも場所が違う。


「すぅ……はぁ……逆に聞くわ。アレは貴女の仕業?」

「違う。小生がやったものでは無い」

「そう……」

 私は一度深呼吸をして、精神の乱れを正してから目の前の少女に同じ質問を返す。

 が、少女は自分ではないと言う。

 視線や滑舌からして、恐らく嘘は言ってないだろう。


「とりあえず適当な場所でもう少しじっくりと話をしましょうか」

「そうだな。折角出会えた同類だ。共有できる情報は求有しておくべきだろう」

 私と少女はじっくりと話し合える場所を探して、二人一緒に事件現場の近くから離れていく。

 さて、彼女からは一体どんな話が聞けるだろうか……。

小生と言うのは男性が使う一人称です。

分かっていてワザと使っています。

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