第41話「マダレム・シーヤ-2」
「ふうん、だいたい把握出来たわね」
私はマダレム・シーヤの中心に聳え立つ高い塔を眺めながら、しばらく街の中を歩いた結果を頭の中で反芻する。
マダレム・シーヤは丘の上に築かれた都市である。
そのためだろう、街の中に入っても街の中心部に向けて緩やかな傾斜が続いている。
そして、街の四方に設けられた門から街の中心である塔にまで続く大通りは幾度も折り返し、蛇行することによって無理のない傾斜を維持するようになっている。
で、その四本の大通りを繋ぐ様に、円状の若干細めの道が同心円状に通され、その道からさらに細い道が枝分かれしている。
うん、道に迷ったら最悪街の中心にある塔に着くように上へ上へと行けばいいだけだから、案外分かりやすい構造かもしれない。
「じゃ、まずは宿を探しますか」
さて、大体の地理を理解した所で、まずは拠点となる宿を探すとしよう。
この先何をするにしても、ヒトに化ける以上は今晩の宿は確保しておかなければいけないのだから。
そうして私は適当な宿を探すべく、再び街中を歩き始めた。
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「此処が良さそうね」
街中を歩く事二時間ほど。
既に陽は幾らか落ち始めているが、私は丁度良さそうな宿を見つける。
場所は丘の中腹、西側、一本裏通りに入ったところ。
石造りの三階建てて、一階は食堂も兼ねた酒場のようであり、既に多くの客が集まっているのか、酒を飲み交わしている音も外に聞こえてきている。
宿の名前は……『クランカの宿』か。
「失礼するわ」
「いらっしゃい」
木製のドアを開けて、私は『クランカの宿』の中に入る。
私に向けられる視線は?それほど多くない。
どうやら客は皆、酒と食事に夢中になっているらしい。
まあ、注目されないならそれでいい。
「注文は?」
「とりあえず適当なお酒を一杯と一人部屋が欲しいわ」
「ダーイ銀貨か。釣りは出さねえぞ」
「それで構わないわ」
私は適当なお金をカウンターの向こうに居るマスターに渡すと、そのまま席の一つに着き、荷物を椅子の脇に置く。
するとそれほど間をおかずに、見慣れない赤紫色の液体が入ったジョッキと金属製の鍵が私の前に出てくる。
「これは?」
「ん?ああ、アンタこっちは初めてなのか」
私は赤紫色の液体の匂いを嗅ぐ。
匂いからして酒なのは間違いないようだが、私の知る麦酒には決してない葡萄の香りが混ざっている。
「コイツはワインと言ってな。この辺りじゃ一番よく呑まれている酒だ」
「葡萄が混ぜてあるの?」
「いや、混ぜてあるんじゃなくて、葡萄から造られた酒だ」
「へー……」
どうやらこのお酒はワインと言う葡萄から造った酒であるらしい。
麦以外からも酒が造れるというのは、私にとっては意外だが、この辺りで良く呑まれているというのなら、味については心配要らないだろう。
「で、こっちがアンタの部屋の鍵だ。三階の一番奥の部屋になる。呑み過ぎて鍵をかけ忘れるような真似はするなよ」
「ありがとう」
私はジョッキに口を付け、ワインを口に含む。
ふむ、麦酒とは違うが、葡萄の香りも含めてこれはこれで良い物だと思う。
一番は麦酒だけど。
「それでだ。一つ質問だが、ダーイ銀貨を持っていたって事は、お前さんも例の事件を受けて、こっちに流れて来たクチか?あああ、コイツは宿代に含めておくから安心しな」
「ありがと。マダレム・シーヤに来た理由は……まあ、大体そんな所ね」
と、マスターが頼んだ覚えのない料理を持ってきたついでに、私に話しかけてくる。
うん、この宿は当たりかもしれない。
酒は旨いし、マスターは気遣いも料理も出来るようだし。
ああ、良く焼かれた鳥のお肉がおいしい。
「酷い事件だったらしいな」
「らしいわね。私は丁度外に出ていたから難を逃れたけど」
マスターの言う例の事件と言うのは、言うまでも無く私の起こした妖魔によるマダレム・ダーイの襲撃の話だ。
それにしても、噂が広まる速さと言うのは恐ろしい。
私は襲撃から一ヶ月半、ほぼずっと移動を続けていたと言うのに、私が移動するよりも遥かに早く話は伝わり、マダレム・ダーイが滅んだ話はもう此処マダレム・シーヤにまで伝わっているのだから。
「それでこの街に来た理由は?」
「そりゃあ勿論、傭兵としての仕事を求めて……」
「うぉい、姉ちゃ~ん」
そして、話が変わろうとした時だった。
背後から明らかに酒に酔っている人間の声が聞こえてくる。
「仕事が欲しいなら、こっちに来て酌でもしてくれよ」
「……」
私はマスターに一度視線を向ける。
対するマスターの返答は力なく首を振るという物。
どうやら私に声をかけてきた連中は完全に酒に酔っているらしい。
「ついでに抱いてやろうか?きちんと金は払うぜぇ」
「「「ぎゃははははは」」」
「……」
さてどうするべきか。
折角当たりの宿を引いたのだから、大き過ぎる騒ぎを起こして、追い出されるのは勘弁願いたい。
ただ、小さな騒ぎで済ませるとなると……うーん。
「骨を折るぐらいまでなら許してやるぞ」
「それもいいんだけど……」
私は店の中を軽く見回す。
私たちに声をかけてきた男たちは、既に待ちきれ無さそうな様子だが、それは放置して使えそうな物を探す。
「と、マスター。あの酒樽。一つ幾ら?」
「ダーイ銀貨なら五枚ってところだな」
「ありがとう」
そうして見つけたのはワインの入った一つの酒樽。
私はそれを買い取ると、大きな盆も貰い、酒樽を転がして男たちの前にまで持って行く。
「おっ?乗り気じゃねえか姉ちゃん」
「しかも想像以上の別嬪じゃねえか」
「傭兵なんて辞めて、俺らの世話でもしなーい?」
男たちが下品な視線と言葉を向けてくるが、私はそれを無視して、酒樽を抱え込む。
「私の事を抱きたいって貴方たちは言ったけど……」
「へ?」
「は?」
「え?」
そして小石でも持ち上げるかのような気軽さでもって酒樽を持ち上げると……
「どうなっても知らないわよ?」
全力で酒樽を抱きしめ、押し潰した。
蛇の妖魔だから出来る技である
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