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第40話「マダレム・シーヤ-1」

 マダレム・ダーイ襲撃から一ヶ月半ちょっと。

 季節は既に春の一の月を迎え、寒さは緩み、気持ちのいい風と共に木々の新芽や新しい草花の芽が至る所で姿を現し始めている。

 で、風の噂で聞こえてきたところによれば、マダレム・ダーイを襲撃した妖魔の集団は南進を続けた。

 だが、マダレム・ダーイから逃げたヒトと共に近隣の村々の住人も逃げてしまったためなのか、獲物であるヒトを確保できなくなった妖魔たちは徐々にその数を減らし、やがて群と言えない程に数が減ったところを別の都市国家によって殲滅されたそうだ。

 まあ、私には関係のない話だ。

 なにせ今の私は……


「さあ、そろそろ見えて来る事だぞ」

 ただの傭兵の振りをした妖魔なのだから。


「全員起きて見てみるといい」

 と言うわけで改めて状況を説明しよう。

 マダレム・ダーイ襲撃から一ヶ月半。

 私こと蛇の妖魔(ラミア)のソフィアは、マダレム・ダーイから南西に向かった。

 勿論ただ向かったのでは、時期の問題で色々と怪しまれることになる。

 なので、最初の一ヶ月は出来る限りヒトの目に触れないように姿を隠し、昼夜を問わず移動を続ける事によって、ヒトでは有り得ない距離を移動。

 私とマダレム・ダーイ滅亡の間に関わりが無いように見せかけた上で、半月前からはヒトの服装に着替え、傭兵として行商人の護衛から野盗と妖魔の討伐をしつつ南西へと向かい続けている。


「あれがマダレム・シーヤだ」

 そして今、私は行商人に雇われた護衛の一人として森を抜け、一つの都市をその視界に収めていた。


「おおっ」

「すげえな!」

「懐かしい反応だ」

「へー……」

 その名は都市国家マダレム・シーヤ。

 上が平たくなった丘の上に築かれた都市国家であり、ヘニトグロ地方中央部どころか、ヘニトグロ地方全体で見ても有数の大きさと発展度合いを見せる都市国家である。


「さ、急ぐぞ。マダレム・シーヤは街の中に入るのに時間がかかるからな」

 私たち護衛役を脇に従えた状態で、馬車はゆっくりとマダレム・シーヤに向かっていく。

 さて、マダレム・シーヤであるが、その姿や活動の形態はマダレム・ダーイとは大きく異なる。

 まずマダレム・ダーイは交易を主体に考え、造られた都市だった。

 そのため、街の本体は平地に築かれ、多くのヒトが行き交える様に造られていたし、街の住民たちを養う為に不可欠な農作業などもしやすいようになっていた。

 対するマダレム・シーヤが主体に考えているのは……戦いだ。


「あの坂を登るのか……」

「うへぇ」

「確かに時間はかかりそうではあるなぁ」

 先ほども言ったように、マダレム・シーヤは丘の上に築かれている。

 丘の上への平地と坂の境界に沿うように城壁が築かれており、街への出入りは城壁の四方に設けられた巨大な門を通る以外に方法はない。

 そして、その門へ至る道は長い長い坂道が門一つにつき一本あるだけである。

 つまり……


「でも強固なのは確かね」

 外からマダレム・シーヤに攻め込むのは著しく難しいという他ない。

 うん、出来れば攻め込む側にはなりたくない。


「と言ってもヒト相手にしか効果は無いんだがな」

「まあ、それは仕方は無いんじゃない?」

「妖魔は突然現れるからな。壁で防ぐのは無理だろ」

 さて、どうしてこんな構造になっているのか。

 そもそも何故戦う事を基本に考えて造られているのか。

 その辺りにはこの辺り一帯の情勢と、マダレム・シーヤの地理が絡んでいる。


「それにヒト相手に効果が有るなら良いじゃない」

「あー、マダレム・エーネミだったか?」

「他にもマダレム・セントールとかあるよな」

 詳しくは私も把握していないので何とも言えないが、聞くところによれば私たちが今居るヘニトグロ地方中央部ではヒト同士の戦いと言うものが活発化してきており、その流れでマダレム・シーヤも他の都市国家からよく狙われるようになったそうだ。

 で、戦いに備える為にマダレム・シーヤは元々丘の下に築かれていた街を、丘の上へと移したそうだ。

 でまあ、その為にマダレム・シーヤの丘の下には畑だけでは無く、ちらほらと元々ここに家屋が有ったんだろうなと思わせるような建物が残っていたりする。

 残しておいても野盗の住処になるだけなので、見回れないような位置にあるのは壊すのは仕方がないが、どことなく悲しくはあるかもしれない。

 ま、詳しい事はおいおい調べるとしよう。

 何かに利用できるかもしれないし。


「さ、丘を登るぞ」

「ういっす」

「おいっす」

 ちなみに、現在の私は行商人の護衛として、他の傭兵と共に活動しているが、彼らとは今回たまたま組むことになっただけの関係である。

 と言うか、私も彼らも、移動のついでに行商人の護衛をして路銀を稼いでいるだけである。

 特に見た目からして私とそれほど年齢が変わらない二人などは、この護衛が傭兵として初仕事であったりするため、色々と動きが危なかっしくあり、もう一人の歳をいった傭兵共々多少ハラハラさせられたりもした。

 まあ、口には出さないけど。


「ようこそ、マダレム・シーヤへ」

 もう一つ豆知識。

 よく都市国家の名前に付けられているマダレムと言う単語は、大きいという意味が有る古い言葉であるらしい。

 まあ、本当にちょっとした豆知識だけど。


「じゃあ、私はこれで」

「ああ、良い仕事だったよ」

 そうして私は仕事の報酬を貰うと共に行商人と分かれて、一人でマダレム・シーヤに踏み込んだ。

新章開幕です


03/16誤字訂正

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