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第39話「『冬峠祭り』-9」

「次ダ!次ニ行クゾ!」

「南ダ!南ニ向カエ!」

「ヒトヲモットモット食ベルンダ!」

 アスクレオさんたちが倒れた事によって、この地からヒトが居なくなったことを理解した妖魔たちは、私が予め多くのヒトが逃げる方角として教えておいた南に向けて、私とサブカを置いて一斉に移動を始める。

 彼らは私の指示した通り、ひたすら南へと進み続け、途中で出会ったヒトは一人残らず食い殺す事だろう。

 そして、そうやって南進を続ける内に彼らは全滅する。

 食べるヒトが居なくなって餓死するか、万全の態勢で備えているであろうヒトの集団に討たれるかはさておいて。

 まあ、どうでもいい話だ。

 私にとって彼らはネリーからより多くの感情を引き出す為の道具でしかなかったわけでしかないし。

 用が済んだ以上は、何も語らずに逝ってくれた方が都合が良いぐらいだ。

 それにしても……


「死ぬかと思ったああぁぁ」

 私は全身の筋肉から力を抜くと、その場にへたれこむ。


「ギリギリの所だったな」

「本当にねー……」

 サブカが私のハルバードを持って近寄ってくる。


「ネリーの思いが無ければ確実に死んでたわ」

 私はアスクレオさんが最後に造り出した石の刃を見ながら、何故先程の戦いに勝てたかを振り返る。

 まず、サブカを含め他の妖魔たちがアスクレオさん以外のヒトを悉く請け負ってくれたという事が一つ。

 今回の襲撃で改めて理解したけど、やっぱり数は力です。

 で、アスクレオさん自身との戦いについては、やはり私がネリーのほぼ完全な記憶と、以前『大地の探究者』の拠点で食べた女魔法使いの記憶を部分的にも持っていたと言うのが大きいと思う。

 その二人の記憶が無ければ、私はアスクレオさんが魔法使いであるという事に気づかず、最初の石弾の時点で死んでいた可能性が高い。

 その後の石の刃についても、ネリーの記憶の中でアスクレオさんは普段右手で軽い物を持ち、扱っていた事、ナイフの柄に魔石のような石が填まっていた事を知らなければ、アスクレオさんが左手でナイフを持っている事に違和感を抱く事も無く、それが魔法を使うのに必要な物だと思う事も無く、私がそこら辺に転がっているのと同じような魔石になっていた可能性は高い。

 と言うか、間違いなくなってた。


「本当にネリーには感謝だわぁ……」

 なので勝てた要因を端的にまとめるとこうなる。

 ネリーを食べたおかげで勝てました。


「……」

「ん?どうしたの?」

「いや……何でもない」

 サブカが何か言いたそうな顔をしている。

 が、本人に言う気はないらしい。

 ならまあ、それでいいか。


「それで、お前はこれからどうするんだ?」

「とりあえずヒトの振りをして南西の方角には向かうわ。けれど……まあ、また同じような襲撃をするなら、私は出来る限り矢面に立たないようにするわ。こんなギリギリの状況はもう勘弁よ」

「そうか」

 それと、今回私が勝てた要因について、実際の所を言わせてもらうなら、相手がアスクレオさんだったというのが大きい。

 もしも他の魔法使いが相手であったならば、同じような結果にはならなかっただろう。


「ああそれと」

 私はハルバードを支えに立ち上がると、何処かに向かおうとしているサブカに背後から声をかける。


「もしまた機会が有るなら、貴方の事は必ず呼ぶつもりだから、そう簡単には死なないで頂戴ね」

「はいよっと」

 そうしてサブカは何処かへと去っていった。

 まあサブカなら、慎重に立ち回れば大丈夫だろう。


「さて、私もそろそろ行くか」

 サブカの姿が見えなくなったところで、私もマダレム・ダーイの外に出る。

 さようなら、マダレム・ダーイ。

 多くの事を学ばせて貰ったわ。

 ヒトが忘れても、私は忘れないから安心しなさい。


「……」

 そう、本当に多くの事を学ばせて貰った。

 ネリーが居たというだけでも素晴らしい街だったが、魔法、文字、武器と、この街で私が得たものは多い。

 ネリー以外では特に、どうやれば集団戦で勝てる可能性が高いのかを知れたのは大きいだろう。

 なにせ、今回の襲撃が成功したのは私とサブカの事が向こうに知られていなかった事や、空から街全体に火をかけると言ったヒトの側にとって予期しない方法で襲撃を行ったことが大きいからであるし。

 衛視の待機所や傭兵たちの動向など、事前に調べられるだけの情報を調べられていたのも大きかった。

 逆に、私にとって想定外だった先程の戦いは極めて危うい物だった。

 そうだ、戦いに勝つために必要なのは情報なのだ。

 それを理解できただけでも、今回の襲撃はこの上なく有意義な物だと言えた。


「さて、次の街に向かわないと」

 そうして私はマダレム・ダーイから去った。



■■■■■



 前レーヴォル暦50年頃

 都市国家マダレム・ダーイ滅亡

 『マダレム・ダーイの悪夢』とも呼ばれるこの事件は、人類の歴史上初めて発生が明確に認識された妖魔大発生であり、街中に火が付けられ、混乱している内に蹂躙されると言う悪夢としか言いようのない事態でもって、一夜の内に滅んだ都市としてマダレム・ダーイの名は数多くの歴史書に刻まれている。

 なお、妖魔大発生には必ず首魁となる妖魔が存在している事が知られているが、この時の首魁は数少ない生存者の証言から四本腕の蠍の妖魔(ギルタブリル)、サブカであると一般的には考えられている。

 が、後年の研究から、サブカ以外の妖魔が首魁である可能性も最近は浮上してきている。

 しかし、真相は未だ闇の中である。


 歴史家 ジニアス・グロディウス

マダレム・ダーイ編終了です


03/15誤字訂正

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