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第38話「『冬峠祭り』-8」

「「「ウオオオオォォォォ!!」」」

 武器を手にしたヒトが鬨の声を上げながら砦の外に現れ、私とサブカの元へと真っ直ぐに向かおうとしてくる。

 そんな彼らに対して最初に向けられたのは?


「ベギャ!?」

「ゴガッ!?」

 砦を覆う炎を維持するために投げ込まれ続けていた大量の薪木や油壺であり、直撃を喰らったヒトは意思ではどうにもならぬ衝撃の大きさに吹き飛ばされ、中には腕や首の骨が折れて絶命する者、胸に枝が突き刺さって即死する者もいる。

 勿論、ヒトの腕力ではどれだけの力を持って投げても、こんな事にはならないだろう。

 だがトロールやオーガのように妖魔の中でも特に力に優れた者が投げれば、ただの石礫ですら、魔法使いの放つ石弾のような威力を持つ。

 故に目の前の光景……砦の中から真っ先に出てきた者が絶命するのは当然の結果だった。


「やっぱりそう甘くはないわね」

 問題はこの結果を砦の中のヒトたちも予想していたという事。

 だから彼らは、既に剣を振るえる程の力が残っていない者を真っ先に出していた。

 そして、この後の展開についても、私と先程聞こえてきた声の主の予想は同じだと言い切れる。


「「「グギャギャギャ!!」」」

「なっ!?お前ら!?」

 砦の中からヒトが出てきた事に興奮し、私とサブカを除くほぼ全員の妖魔が手に持っていた物をその場に落とし、本能のままに牙を剥き、爪を振りかぶった状態で駆け出していってしまう。

 その事にサブカは動揺するが、心配しなくてもいい。


「落ち着きなさい。サブカ。想定内よ」

「ならいいが……」

 此処までは完全に私の予想通りだからだ。

 問題はここから。


「ウオオオォォォ!」

「ギギャギャギャ!」

「死ねええぇぇぎゃっ!?」

「ビヒャヒャヒュアガ!?」

 私とサブカの前では、ヒトと妖魔が直接刃を交わすような戦いが始まっている。

 ヒトと妖魔が入り乱れるその戦いの中で、ヒトの刃がオークの胸を貫いたかと思えば、オーガがヒトの頭を噛み千切る。

 ゴブリンがヒトの喉に噛みつけば、そのゴブリンごとトロールがヒトを叩き潰す。

 ヒトが一匹のハーピーを渾身の一撃で仕留める間に、数匹の妖魔がそのヒトを捕え、我先にとヒトの身体を生きたまま噛み千切って胃に収める。


「さあ、構えなさい」

「分かっている」

 全体の状況は徐々に妖魔の側に傾いている。

 このままいけば、ヒトの側は確実に全滅する。

 だが、乱戦の場は確実に私とサブカが居る側へと近づいていた。

 当然だ。


「奴らは死に物狂いで来る」

「一瞬の油断も許されない……か」

 砦の中のヒトの戦術は、仲間が妖魔に食われる事と引き換えに包囲の隙を見出し、その間に前進、他の妖魔たちは無視して、指揮官である私を葬る事だけを考えている。

 そして、他の妖魔がそんな人の思惑に気づいて止める事はない。

 なにせ殆どの妖魔はヒトの思惑に気づかないし、気づいても私の生死などどうでもいいからだ。

 まあ、仮に止めようと思っても、死に物狂いで来るこのヒトを、幾らか腹が満たされた為に食欲が鈍っている妖魔如きで止められるとも思えないが。

 だから私もサブカも構える。

 目の前の集団で最も危険で活力を残しているヒトが来ると考えて。


「来たっ!」

「ソフィアアアァァァ!!」

 そうして妖魔とヒトが入り乱れる戦いの中から雄叫びと共に姿を現したのは?

 先程も声だけは聞こえていた人物、私も顔と名前だけは知っているラスラーさんだった。


「死ねえええぇぇぇ!!」

「サブカ」

「分かっている」

 乱戦から現れたラスラーさんが頭上に剣を掲げた状態で跳び、私に向かって剣を振り下ろそうとする。

 それに対して私はサブカと位置を交代、ラスラーさんの対応はサブカに任せる事にする。


「っつ!?お前もか!?」

「ああ、俺もだ」

 ラスラーさんが全体重を乗せて両手で振り下ろした剣を、サブカは二本の剣を交差する形で受け止める。

 そして交わしたのはサブカが私と同じ変わり者の妖魔である事に対する短い言葉。


「残念だったな」

「ぐっ……だが……」

 言葉を交わした直後、サブカの持つ残り二本の剣がラスラーさんの胴と胸に致命的な傷を与える。

 これでラスラーさんは終わった。

 だが、サブカがラスラーさんに対応した僅かな隙に、私の前には一人のヒトが迫っていた。


「死んでもらうぞ!」

「久しぶりね」

 そのヒトは指輪を填めた右手を真っ直ぐ私に向け、左手に良く砥がれたナイフを持っている恰幅の良い男性だった。

 勿論、そのヒトの事を私はよく(・・)知っている。


「アスクレオさん」

「ソフィア!」

 アスクレオさんだ。


「はああぁぁ!」

「……」

 アスクレオさんが吠える。

 対する私はハルバードを槍のように構え、真っ直ぐに駆け出す。


「死……」

「ふっ!」

 そしてアスクレオさんの右手から(ストーン)(バレット)が放たれる直前に、私はその身を屈め、浅くアスクレオさんの右腕を切りつける。

 アスクレオさんの表情は?

 一見すれば、何故バレたと言う顔をしている。

 だが私は知っている。

 まだアスクレオさんには手が残っている事を。


「ねええぇぇ!!」

「っつ!?」

 だから私はハルバードを手放すと、切りつけた勢いのままに跳び、転がる。


「何っ!?」

 そして上下が反転した世界で見えたのは?

 アスクレオさんが左手に持ったナイフを振り上げると同時に、私の居た場所を中心として、地面から大量の石の刃が生えている光景と、本当に驚いた様子のアスクレオさんの顔だった。


「ぐっ……」

 やがて私は地面に膝をつき身を翻して、アスクレオさんの方を向く。

 そこでは、ハルバードに塗られた毒によって膝をつき始めていた。


「無ね……」

 そして、身体が完全に地面に着く前に複数の妖魔がアスクレオさんの元に辿り着き、その身を叩き潰した。

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