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第37話「『冬峠祭り』-7」

「はぁはぁ……申し訳ありません。私の力では……」

「いやいい、君はよくやってくれた」

 ソフィアの策によって、土の砦の中は既に夏場の日差しの中どころか、鍛冶場のような暑さになっていた。


「向こうの方が上手だった。ただそれだけの事だ」

 光が無いためにお互いの姿こそ見えないが、誰の身体からも玉のような汗が吹き出し、冬の寒さと戦いに備える為に着込んだ服と髪を湿らせ、この上ない不快感を全員に与えていた。

 いや、不快感だけならばまだいい。

 既に砦の中の温度は暑いではなく、熱いと言うべき温度になりつつあり、中には熱さに耐え切れず、意識を失いかけている者、土の床に這いつくばっているものも居た。

 そう、仮にこのまま砦の中に留まり続けていたならば、そう遠くない内に全員が蒸し焼きになって死ぬことは必定の状況にまで、彼らは追い詰められていた。


「だがまだ倒れないでくれ。君には最後一つやってもらわなければならない事が有る」

「分かって……います」

 アスクレオの言葉に、倒れかけていた魔法使いが、杖を支えに何とか立ち上がる。

 そして、今にも意識を失いそうな中、魔法使いは自分に課せられた最後の役割を果たすべく、杖の片側を地面に突き刺すと、杖の先端に填められた魔石に意識を集中し始める。


『ーーーーー!』

 その時だった。


『土で出来た砦の中に閉じこもっていれば、私たちの攻撃を防げると思っていたのかしら!?残念だったわね!私にそんなものは通用しない!あははははっ!!』

「っつ!?」

「この声は!?」

「アスクレオ様!」

「分かっている」

 砦の中にソフィアの声が響き渡り始め、ソフィアの事を知る者は一様に動揺し始める。

 何故この場でソフィアの声が聞こえるのかと。

 何故ソフィアは私たちと言ったのかと。

 この場に居るはずがない人物が発した有り得ない言葉に、周囲の熱さも相まって、頭を混乱させずにはいられなかった。


「これで納得がいった」

 だが、そんな混乱の中で、アスクレオは冷静にソフィアの声が聞こえてきた理由を正確に察していた。


「砦に籠ってから、ずっと疑問に思っていたのだ」

 今外に居るのは妖魔のみ。

 つまりソフィアの正体は極めてヒトに酷似した姿を持つ妖魔だったのだと。


「襲撃が起きた際、奴らの一部の動きは迅速かつ正確過ぎた。それこそ予め誰が何処に居るのかと言う情報が洩れていなければ、有り得ない程の速さだった」

 それだけではない。

 今の言葉の内容から、アスクレオはソフィアが外に居る妖魔たちの中でも特別な地位を有する存在であることも察していた。

 そしてそこから、件の知恵ある妖魔が誰なのかも理解した。


「ははははは、なんという事はない。実際に奴は知っていたのだ。知っていて、その情報を基に妖魔たちを操ったからこそのこの結果だったわけだ」

「アスクレオ様?」

 故にアスクレオは笑う他なかった。

 自分の常識外の存在だったとはいえ、妖魔であるソフィアをマダレム・ダーイに導いてしまった事を。

 ソフィアに紹介状を与え、衛視たちから疑われる可能性を少なからず減らしてしまった事を。

 砦の外に広がる故郷の惨状の原因に、自分の行動が幾らか絡んでいた事に。


『悔しいかしら!?憎いかしら!?ずっと暴れる事しか能が無いと思っていた妖魔にここまでやられて恨めしいかしら?そう言う風に思うなら選びなさいな!このまま中に居て焼き殺されるか!?それとも砦の外に打って出て、私たちに嬲り殺しにされるかをねぇ!!』

「はぁ……いや、大丈夫だ。おかげで、倒すべき相手の顔がはっきりした」

「そう……ですか……」

 だがしかし、自らの知識と常識を数段上回る様な世界を見せられたためだろうか。

 アスクレオはソフィアの言うとおり、悔しさも憎さも恨めしさも感じていたが、それ以上に何処か納得のようなものも感じていた。

 そして、どうやれば自らの愚行の責任を取ると共に、ソフィアに一矢報いる事が出来るのかも自然に理解していた。


「アスクレオ様……準備……整いました……」

「分かった」

 誰にも見えないが、顔面を蒼白にした魔法使いが掠れた声でそうアスクレオに告げる。


「全員、構えろ」

 アスクレオの言葉と共に、砦の中に居る者が全員立ち上がる。

 熱さに倒れ地面に転がっていた者も含めて全員がである。


「目標はただ一つ」

 そして彼らが向かうのは、マダレム・ダーイの市街に近い側の壁。

 ごく自然に体力が尽きかけている者から順に整然と並ぶと、彼らは無言でそれぞれの得物を構える。


「我らの街を焼き尽くし、暴虐の限りを尽くした妖魔たちの首魁。人と変わらぬ姿を持つ妖魔ソフィアだけだ」

 彼らは既に知っている。

 自分たちはここで死ぬのだと。

 仮にソフィアを仕留める事が出来たとしても、他の妖魔たちによって殺されて食われるか、生きながらに食われるだけだと。

 それを理解していて……否、理解しているからこそ、彼らは言葉の一つも交わさずに、お互いにやるべき事を正確に把握し、覚悟する。

 この場で唯一、自分たちにしか為せない事を為す為に。


「「「……」」」

 そして全員の息が合ったその瞬間。


「全員……」

(ソイル)操作(コントロール)!」

「突撃っ!!」

 魔法使いの手によって土の壁が大きく吹き飛び、それに合わせてアスクレオたちは砦の外へと飛び出した。

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