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第36話「『冬峠祭り』-6」

「案外あっさり壊れたわね。もう少しかかると思っていたんだけど、やっぱり筋力のある妖魔が居ると違うわ」

 薪や油の入った壺を抱えて、城壁に開いた穴からマダレム・ダーイの外に出ていく妖魔たちの姿を見て、未だに建物の影に隠れている私はそう呟く他なかった。


「元々あの辺りの城壁は脆くなっていたようだ。理由はよく分からないがな」

「あらそうなの」

「それと普通の妖魔たちの配置が完了した。後はお前の合図を待つだけだ」

「分かったわ」

 と、そこにサブカがやって来て、準備が完了したとの連絡をしてくれる。

 どうして城壁が脆くなっていたかは気になるが……まあ、今は置いておこう。

 優先すべきは砦のヒトを始末する事だ。


「それじゃあカーニバルの仕上げと行きましょうか」

 私は潜んでいた建物から出ると、右手でハルバードを肩に担ぎ、左手でサブカが見つけて来てくれた蓋に松明を付けた陶器製の油壺を持つ。

 そして、南門の正面に立つと、ハルバードの先端を頭上に向ける。

 ハルバードの先に居るのは一体の鳥の妖魔(ハーピー)だ。

 その足には油の染み込ませた麻縄が握られている。


「全員……」

 勿論、私たちの動きを砦の中のヒトが黙って見ているわけはない。

 が、矢も魔法もこの状況では貴重な物であるためか、こちらの様子は窺っても、攻撃を仕掛けてくる気配はない。

 いや、これはむしろ、反撃の機会を窺っているという方が正しいかもしれない。


「構え」

 まあ、それならそれで別に構わない。

 私の言葉と共にハーピーが一度砦の上をぐるりと回り、ハーピーの動きに合わせて砦の周囲を囲む妖魔たちが手に持った薪や松明、油壺などを投げる体勢を取る。


「やれっ!」

 私がハルバードを振り下ろす。

 と同時にハーピーが麻縄を落とし、それを合図として全ての妖魔が砦に向けて手に持った物を勢いよく投げつけていく。

 するとどうなるか。


「コイツは……」

「ふうっ、とりあえず火は付いたわね」

 砦そのものは土で出来ている為、燃える事はない。

 が、砦に突き刺さった薪や、壺の中に入っていた油などは、松明の火が引火することによって激しく燃え上がり始め、まるで砦そのものが巨大な炎の塊のようになっていく。


「さあっ!どんどん薪木を足しなさい!でないと火が消されるわよ!!」

「何を言って……っつ!?」

 だが、ヒトの側も黙ってはいなかった。

 恐らくは土を操作する魔法を使っているのだろう。

 砦を構成する土を動かす事によって、砦に着いた火をもみ消そうとする。


「どんどん燃える物を追加しろ!火が消されるぞ!」

「風も送り込みなさい!燃え上がりが良くなるわ!」

「「「ヴオオオオオォォォ!!」」」

 私はそれを予想していた。

 だから、サブカが言うように薪を足すだけでなく、より大きく火が燃え上がるように、布を使って風を送り込み、火を大きくするように言う。

 そしてある程度以上に火が大きくなってしまえば……


「はぁはぁ、砦が動くのを止めた?」

「土を操る程度じゃもう消せないと判断したんでしょう」

 火は勝手に大きくなり始め、自然に鎮火しない限り、誰にも消す事は叶わくなる。


「それにしてもソフィア。いったいこれでどうするつもりなんだ?砦そのものは相変わらず燃えていないぞ」

「そうね。砦そのものは燃やせないわ。石と土で出来ているもの」

「じゃあ……」

「けれど鍋に入れた水を火にかけて沸かすように、砦の周囲をこれでもかと熱くすることによって、砦の中を熱する事は出来る。それこそヒトどころか妖魔にも耐えられない程にね」

「なる……ほど」

 私たちの前で砦は激しく燃え続けている。

 それこそ祭りの最後を祝うかのように。

 だがしかしだ。


「さて、サブカ。それに他の皆も構えておきなさい」

「ん?」

 このまま終わるほど、ヒトの諦めが良いとは思わない方がいい。


「何をする気だ?」

「挑発と陽動と言ったところよ」

 私はサブカが剣を抜き、構えた事を確認した所で、大きく息を吸う。


「ご機嫌はいかがかしら!?砦の中の人間たち!」

 そして叫ぶ。

 砦の中に居るヒトに聞こえる様に、砦の周囲を取り囲む妖魔たちに聞こえるように全力で。


「土で出来た砦の中に閉じこもっていれば、私たちの攻撃を防げると思っていたのかしら!?残念だったわね!私にそんなものは通用しない!あははははっ!!」

 砦の中に居るヒトの神経を逆撫でするように。

 砦の中に居るヒトが出来る限り私たちの側に来るように。


「悔しいかしら!?憎いかしら!?ずっと暴れる事しか能が無いと思っていた妖魔にここまでやられて恨めしいかしら?そう言う風に思うなら選びなさいな!このまま中に居て焼き殺されるか!?それとも砦の外に打って出て、私たちに嬲り殺しにされるかをねぇ!!」

 全力で挑発をする。

 尤も、本音を言わせてもらうのであるならばだ。


「さ、来るわよ」

「分かっているさ」

 この状況でマダレム・ダーイに留まる様なヒトであるならば、私を討てる可能性がある機会を見逃したりするような真似はしないだろう。

 都市国家一つ滅ぼして見せる妖魔を、自分たちの命を対価に討てるなら本望。

 そう言う英雄的、自己犠牲的な思想の持ち主でなければ、今の今までこの場に残るはずがないのだから。


「「「……」」」

 自然に私たちは無言となり、炎が燃え盛る音と、炎に薪を足す音だけが周囲に響き渡る。

 その中で私はハルバードにとある仕掛けを施した上で、槍のように構える。


「来たっ!」

「ソフィアアアァァァ!!」

 そして、私が聞き覚えのある声と共に、砦を構築していた土の壁が吹き飛び、砦の中から私たちに向かって剣を持った十数人のヒトが飛び出してきた。

ソフィアは中に居るのがアスクレオさんだと気づいていません。

気付いていたら、サブカに挑発を任せています。

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