<< 前へ次へ >>  更新
35/322

第35話「『冬峠祭り』-5」

「これは想像以上に厄介ね……」

 適当な建物に身を隠しつつ、魔法によって砦化された南門を見た私は、そう呟かずにはいられなかった。


「一応聞くけど、反対側も同じ感じなの?」

「ああ、飛行能力を持っている妖魔たちの話ではそうらしい」

 南門は私の知る姿から大きく変貌していた。

 周囲は城壁以上に高い壁に覆われ、遠目には土のドームの様になっていた。

 だが、単純に土を盛っただけではないらしく、よく見れば門の上部は見張り台の様になっているし、地面に近い高さの壁には覗き穴と思しき小さな穴が幾つも開いている。

 そして、元々の南門に合わせる様に、オーク一匹分の幅で造られた通り道が一つだけ開いていた。


「お前なら言わなくても分かると思うが、あの穴は罠だ。迂闊に入った奴は、左右の壁から突き出される槍で確実に死ぬ」

「でしょうね」

 やはりと言うべきか、現在南門に留まっているヒトは、この状況でなおマダレム・ダーイに留まるだけの度胸だけでなく、相当に知恵が回るらしい。

 でなければ、他のヒトがただ逃げ惑う中、魔法使いを含めた必要な人員と魔石を含めた各種道具を集め、対妖魔用と言う他ない陣地を急造できるはずがない。

 それほどに目の前の南門の構造は厄介だと言えた。

 なにせだ。


「周囲を土で覆われている以上、火は付けられない。用意された門から入ろうとすれば、一方的に殺される。こちらの動きは覗き穴から監視され、次の行動は先読みされる。壁を壊そうと思っても、壊した端から魔法使いによって修復される。か」

「厳しいのか?」

「厳しいわね。かなり」

 サブカの言葉に私はそう言うしかなかった。

 実際、私たちが妖魔では無く、ヒトの軍勢であるなら、目の前の砦の攻略はそこまで難しくないだろう。

 が、私たちは妖魔だ。

 妖魔である以上、普通の妖魔はどうやっても単純な命令しかこなせず、獲物を見つければ襲わずにはいられない。

 死んだ妖魔は魔石になるから、相手に魔石の加工手段が有るなら、魔石の補給が出来てしまう。

 しかも死体が残らない以上、死体を利用するような手は使えない。

 なにより、食料の問題が有るから、砦の中の食料が尽きるのを待つ持久戦と言う選択肢はとれない。


「まったく、本当によく考えられた砦ね。これはもしかしなくても、妖魔の集団対策として以前から考えていたわね」

「ふうむ。お前がそこまで言う代物なのか」

 正直、私は砦の中で指揮を執っているであろうヒトに対して、感嘆の念を覚えざるを得なかった。

 それほどまでに、目の前の砦はよく出来ていた。

 うん、出来れば敵の指揮官は生け捕りにして、生きたまま食べたい。

 まずそんな余裕はないけど。


「それで、やれるのか?」

「万事うまくいけば……ね」

 ただまあ、それでも目の前の砦は急造の代物だ。

 付け入る隙は幾らでもある。

 今砦の中に居るヒトを皆殺しにする手段ぐらいなら直ぐに考え付く。

 上手くいく保証はないが。


「サブカ。豚の妖魔(オーク)牛の妖魔(オーガ)熊の妖魔(トロール)辺りに、そこら辺の廃材も利用していいから、適当な場所の城壁を破壊。門の向こう側に回り込めるような道を作るように指示して」

「分かった」

「で、それ以外の妖魔には燃えやすい物を持てるだけ持って、砦を囲むように指示。勿論、種火も用意しておくのよ」

「ん?待て、ソフィア。あの砦は土で出来ているんだぞ。土は……」

「いいから行く。まだ街中は燃えているんだから、時間が経てば経つほど、私たちが利用できるものが少なくなって、勝率が下がるわよ」

「わ、分かった」

 サブカが建物の外に出て、私とサブカほどではないが、知恵のある妖魔たちに私の話を伝え、それらの妖魔たちと協力して普通の妖魔たちにも話を広めていく。

 さて、上手くいくといいのだけれど……。



■■■■■



 急造された砦の中。


「アスクレオ様。妖魔たちに動きがありました」

「何をしていた?」

 明かりも碌に無いその場で、アスクレオ商店の店主アスクレオは部下からの報告を受けていた。

 そして、報告を受けていたアスクレオは一度大きく息を吐くと、報告をしてくれた部下に監視を続けるように命じる。


「アスクレオ様。どうしました?」

「ラスラーか。どうやら、例の指揮官殿が到着したらしい。妖魔たちの動きが明らかに変わった」

「っつ!?」

 妖魔たちの火による攻撃を防ぐために、砦の壁には殆ど隙間が無く、中は非常に暗い。

 が、それでもラスラーが息をのんだ事がアスクレオには分かった。


「知恵ある妖魔……ですか」

「そうだ。今までどこに行っていたかは知らないが、どうやら動き出したらしい」

「ピンチではありますが……チャンスでもありますね」

「そうだな。出来れば生き延びたかったが、こうなれば最悪その妖魔だけでも仕留める方向で動き始めるべきだろう。既に他の都市へ伝えるべき情報を書いた書状はストータスに任せたわけだしな」

 ラスラーが腰に提げている剣の調子を確かめ、アスクレオも右手に填めた指輪の嵌り具合を確かめる。


「今南に打って出れば十分に逃げられますがね」

「代わりに、着の身着のまま南に逃げた人々が犠牲になるがな。それに知恵ある妖魔にも逃げられる」

「役目も果たさず逃げるような連中より、貴方の命の方が私としては重要なんですがね」

「こうなれば意地のようなものさ。この場に残っている者には悪いと思うが、貧乏くじを引いたと思って諦めてくれ」

 アスクレオの生き残る事を諦めたような言葉が砦の中に響く。

 が、今もなお砦の中に残っているような人々の意思が、この程度で揺らぐ事は無かった。

 それどころか、闘志に限って言えばむしろ高まっている様だった。


「さて、我々の故郷を蹂躙してくれた妖魔共に一矢報いるとしようか」

「「「応っ!」」」

 そして砦の中の人々がアスクレオの言葉に応じた時、砦から離れた場所の城壁が壊れる音がした。

<< 前へ次へ >>目次  更新