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第33話「『冬峠祭り』-3」

 一方その頃。


「まさかこれほどとはな……」

 マダレム・ダーイに数ある衛視の待機所の一つを攻め落としたサブカは、周囲の光景に思わずそう呟いていた。

 だが、サブカがそう呟くのもやむを得ない程に、マダレム・ダーイの状況は日が暮れる前と日が暮れた後では変わっていた。


「ギギャギャギャ」

「ブヒッ、ブヒャヒャヒャ」

「たしゅ、助け……」

 街を照らしていた篝火の明かりは、街を焼く炎に取り込まれ、掻き消された。

 数多の料理を食べ、楽しんでいたヒトは、それらの料理と共に妖魔に食べられる事になった。

 街中でかき鳴らされていた陽気な音楽は、ヒトの悲鳴と慟哭、家々が焼ける音、そして少しでも多くの感情を引き出し美味く食べる為に行われている行為が出す音に変わった。

 『冬峠祭り』を楽しんでいた人々の内、今もなお街に残っているのは、妖魔に食われた後の骸か、これから食われるヒトだけだった。


「……」

 恐ろしい。

 他の妖魔が歓喜と満腹感に酔いしれる中、周囲の光景に対してサブカはそう思わずにはいられなかった。


「俺も変わり者だが、アイツに比べれば、やはりマトモだ」

 サブカは自分の事を変わり者の蠍の妖魔(ギルタブリル)と認識している。

 事実、サブカは普通のギルタブリルが四足歩行であるのに対して、二足歩行である。

 勝てるか分からない相手には挑まないという自己制御能力も持っている。

 今回の襲撃では、ソフィアに倣うように、衛視からヒトの武器である金属製の剣を奪い、四本の腕で一本ずつ持つと、武器を持っていない頃とは比較にならない早さで、多くの人々を切り殺す事にも成功している。

 端的に言って、サブカも変わり者の妖魔の中で特別変わり者の妖魔だと言ってよかった。

 だが、そんなサブカから見ても、ソフィアはなお変わり者の……いっそ、狂った妖魔だと言ってよかった。


「コケケケケケ、どうした?早く食わないと、食い物が無くなっちまうぜ!」

「分かってるよ」

 サブカは自分より多少考える力が劣っている鶏の妖魔が次の獲物に向かっていくのを眺めつつ、あちらこちらで未だに炎が燃え盛っている街中を歩いていく。


「アイツは本当におかしい」

 サブカは改めてソフィアのおかしさを思い返していく。

 ソフィアは下準備をした上で、街にヒトが使う物であるはずの火を付け、マダレム・ダーイ全体を混乱に陥れた。

 混乱を増長するように、サブカたちを西門からマダレム・ダーイへと侵入させた。

 そして、サブカのように考える力を持つ妖魔には、衛視や傭兵のように妖魔に抗う力を持ったヒトの拠点を先んじて制圧するように指示を出し、暴れる事しか能のない普通の妖魔には一つだけ命令……否、助言だけを行い、好きに暴れさせることにした。

 その助言の内容は『獲物は沢山居るのだから、好きな部位だけ食べるようにしても、お腹は十分に膨れるわ』。

 これらの妖魔としてはおかしいという他ない作戦の結果が、今の妖魔が支配するマダレム・ダーイの状態だった。

 だが、サブカがソフィアについて最もおかしいと思うのは、これらの常識外の発想では無かった。


「普通、ヒト一人食うためだけにこれだけの事をするか?」

 サブカの思うソフィアの最もおかしい点は、これほどの計画を立て、襲撃を行う理由がたった一人の少女を少しでも美味しく喰らうためであるという点だった。


「有り得ない。間違いなく」

 だからこそサブカはソフィアに対して恐怖を覚える。

 ヒト一人の為に街一つ落とそうと考える、ソフィアの思考が理解できない為に。


「と、居るな」

 と、ここで不意にサブカは足を止め、腰の鞘に挿していた四本の剣を抜く。

 そして、周囲をゆっくりと見回し、火が及んでいない一つの民家の扉に視線を固定する。


「……」

 居る。間違いなく。何処か目には見えない場所に隠れているようだが、確実に居る。

 目の前の民家に対してサブカはそう認識すると、ゆっくりと扉を開け、民家の中に踏み込む。


「臭いな……」

 ここで既に下拵えを行った上で、ヒトを食った妖魔がいる為だろう、民家の中は酷く臭く、あちらこちらに様々な色合いの液体が飛び散り、ひどく荒れていた。

 だが、そんな状態でも、サブカの身体はこの民家の中に隠れているその存在の位置を正確に把握していた。


「さてどうするか……」

 獲物は地下に居る。

 他の妖魔に気づかれなかったのは、入口の上に家財道具が載せられている上に、獲物が出来る限りじっとしている為だろう。

 それでも恐怖から来る震えによって微かに地面が揺れ、その揺れによってサブカは気づいたのだが。


「ふむ……」

 腹は十分に膨れている。

 となれば、追い詰められたヒトが決死の想いで反撃を仕掛けてくるリスクを考えれば、手を出さない方が自らの生存に繋がるだろう。

 ソフィアも追い詰められたヒトの強さを無意識に知ってか、南門については無視し、暫くは手を出さないように言っているぐらいなのだし。

 つまり、見逃してしまっても何の問題も無い。


「……」

 だがこのまま放置してこの民家にまで火が及べば?

 今の家財道具が載せられたために逃げれない状況では、結局この地下に居るヒトは死ぬことになる。

 いや、火が及ばなくても、助けが来なければ、家財道具をどかせず、外に出れなくて死ぬことになるだろう。

 それは何となくだが気分が悪い。


「死にたくなければ、明日の昼までは絶対に外へと出るな」

 だからサブカは自分でも妙だとは思いつつも、地下に居るヒトに対してそう呼びかけ、家財道具を適度に破壊し、木の蓋に剣を刺して外の明るさが分かるようにしておく事によって、地下に居る二人の小さなヒトが機を見て脱出できるようにしておく。


「そこまで待った後に助かるどうかはお前たちの運次第だがな」

 そしてサブカはその場から去っていった。

 サブカは気づいていない。

 自らもまた、妖魔の中では変わり者と言う次元では済まない程におかしい存在であることに。

変さで言えばサブカもソフィアも似たようなもの

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