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第31話「『冬峠祭り』-1」

 『冬峠祭り』

 マダレム・ダーイにて、冬の二の月は新月の日に行われる祭りだ。

 祭りの内容は冬が半分終わった事を祝い、残り半分の冬を無事に越せる事を祈ると共に、越せるだけの活力を付ける為に街中で盛大に飲み食いをする事。


「ははははは、この肉うめえな!」

「こっちのパンも中々だ!」

「かああぁぁ!酒が美味い!!」

 そのため、街中に北から乾き冷たい風が吹く中でも住民たちは大して気にした様子も見せずに、南の森で狩った獣の肉を、マダレム・ダーイ東に広がるダイクレセ湖で獲った魚を、秋に収穫し保存しておいた麦と野菜を、今年採れた麦で造った麦酒を、食べ続ける。


「それじゃあ、次の曲行くぜー」

「よっ、姉ちゃん。俺と踊らねえか!」

「よろこんで」

 そして、これ以上食べれなくなれば腹ごなしと言わんばかりに、街中に溢れている陽気な音楽に合わせて踊り、腹が空けばまた満腹になるまで食べる。

 正に私が以前内心で思ったどんちゃん騒いで、沢山飲み食いしましょうと言う祭りだった。


「ソフィア!向こうのテーブルにこれを持っていておくれ!」

「分かりました!」

 ただ、とにかく沢山飲み食いしましょうと言う祭りである以上、全員がひたすら飲み食いをしているわけにも行かない。

 と言うわけで、食事を作り運ぶ料理人や給仕、場を賑やかす旅芸人、治安を維持する衛視などは、むしろ普段よりも忙しいくらいだったりする。


「ゴメンねソフィア。手伝ってもらっちゃって」

「別に構わないわ。こういうのも祭りの楽しみ方ではあるもの」

 なので、私はネリーの手伝いとして『サーチアの宿』で朝から給仕の仕事に就いていた。

 うん、これは仕方がない。

 ネリーに「どうしても人手が足りないの。お願い手伝って」なんて言われたら、私が断れるわけがない。

 断るはずがない。

 むしろ、断る奴が居たら全力で殺りに行く。

 あ、でもそいつに対してネリーが抱く感情が悪くなることを考えたら、放置しておいた方が都合がいい……


「ソフィア。次はこれだよ!」

「あっ、はい!」

 おかみさんの言葉で私は意識を現実へと引き戻す。

 危ない危ない、今はそれどころじゃなかった。

 なにせ今は私にとっても都合のいい仕事中なのだから。

 途中でもう仕事をしなくていいだなんて言われたら、この後が大変な事になる。

 それにだ。


「お客様、困ります!」

「へへっ、いいじゃね……だだだだだぁ!?」

 私は服の上からではあるが、ネリーの尻を触っていた男の手首を掴むと、溢れ出る殺意と妖魔としての筋力をどうにか意思の力で抑え込み、普通の人間より多少強い力でもって男の手首を捻り上げる。


「お客様ー、給仕にむやみやたらと触るのはご遠慮くださいねー」

「ひっ、ひいっ、すみません」

 ふふふふふ、本音を言えば、私のネリーの尻を我が物顔で触るような男なら、全力で手首を捻って、そのまま手を捻じり切ってやっても良かったんだけどね。

 でも、今それをやるわけには行かないからね。

 我慢しなきゃねー……ふふふふふ。


「よ、酔いを醒ましてきまーす!」

「良いぞ姉ちゃん!よくやった!」

「ざまあぁぁ!」

「まったく、これだから男は……」

「やれやれ」

「はいはい、よくやったと思うならたくさん食べて飲んでくださいねー」

 と、男が『サーチアの宿』の外に出ていくと同時に、他の客から歓声の様な物が上がる。

 良かった良かった。

 どうやら私の対応は間違っていなかったらしい。


「ありがとうね。ソフィア。あの人普段は良い人なんだけど、酔うとどうにもね……」

「困った時はお互い様よ。ネリー」

 ネリーが私に微妙に困った表情を混ぜた笑顔を向けてくれる。

 ああ、これだけでもパン一斤は行けそうな気がするわ……。

 と言うか、ネリー自身を今すぐにでも押し倒したい……と、まだ我慢しなきゃ。

 まだその時じゃないわ。

 もうすぐではあるけれど。


「おーいお前ら!そろそろ日が暮れるぞ!」

「おやっ、もうそんな時間かい」

 さて、この『冬峠祭り』だが、基本は本当にただ飲み食いするだけの祭りである。

 が、多少は儀式的な側面を持っている部分もあるのだ。


「ソフィア。店の奥に行って、例の酒を持って来てくれるかい?」

「はい、分かりました」

 それは、今年採れた麦で造った麦酒を一人一杯ずつジョッキに注ぎ込み、陽が完全に暮れるのと同時に乾杯、みんなで一緒に一気に飲み干すというもの。

 そして、この時の一杯だけは衛視も、料理人も、旅芸人も、給仕も関係なく飲み干す事になっており、もしもこの一杯を呑む事が出来なければ、少なくない恥をかくことになるのだ。


「あった。あったと」

 私は店の奥に行くと、この日の為に用意された酒樽を見つけ、とある細工を施してから持ち上げると、店の方へと持って行く。

 そんな私の姿に疑問を抱く客は居ない。

 私の怪力はよく知られているし、酒樽を持ってくる役目を任される程度には信頼されるように、街中では振る舞っていたからだ。


「さ、これが今年の酒だよ。皆持って行きな」

「おう」

「ありがとな」

「毎年この一杯の為に生きているんだよなぁ」

「はいネリー」

「あっ、ありがとうね。ソフィア」

 客たちが酒樽から直接酒を貰って行く中で、私はネリーにジョッキを手渡す。


「えと……」

「ふふ、先に貰っちゃった」

「もう、駄目じゃないの」

「ごめんなさいね。でもこうしないと、私たちの分が無くなりそうだったから」

 ネリーは私が酒樽から酒を出した姿を見ていない事に疑問を抱いたようだったが、私の言い訳に多少怒りつつも納得をしてくれた。


「それじゃあ、冬が半分終わった事を祝し、残り半分の冬を無事に越せる事を祝って……」

 やがて、店の中に居る全員に麦酒が渡ったところで、客の一人が口上を言い始め……


「「「乾杯!」」」

 全員でそう言い合い……


「「「ゴクゴクゴクッ」」」

 ジョッキの中身を飲み干し……


「ぷはぁ!」

「今年も旨い!」

「むしろ今年のが美味い!」

「美味しい?別に何時ものと……」

「さて……」

 簡単な感想を言い合ったところで……


 ゴトッ!?


「変わら……えっ?」

「カーニバルの始まりね」

 私とネリー以外の全員が倒れた。

当然のように皆殺しです

と言うわけで、暫くは普段以上にグロ注意です


03/07誤字注意

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