第3話「妖魔ソフィア-2」
「よっ、ほっ、っと」
既に日は地平線の彼方へと沈み、明かりとなるものは夜空に浮かぶ三日月と無数の星々だけになっており、樹下では普通のヒトの目には一寸先にある樹の存在すら分からないような深さの闇が広がっていた。
「まあ、私には関係ないけどね」
ただ、枝を伝って木の上を移動していく上に、熱源による探知も可能で、夜目も利く私にとっては全く関係のない話である。
ちなみに、普通の獣が私たちを襲ってくることはないらしい。
理由は知らないけれど。
「と、見えてきたかな?」
さて、私が今向っているのは、今日食べた二人の少女が住んでいた村だ。
村の名前はタケマッソ村。
アムプル山脈の山中に僅かに存在する平地部分に造られた小さな村である。
「ん?」
村の構造は、中心部に藁ぶきの屋根に石の壁の家が十数軒並び、その周囲に畑がある。
そして、二ヶ所ある村の出入り口以外には、畑を取り囲むように木の柵と鳴子が仕掛けられており、柵の外が私の居るアムプル山脈の森である。
なお、この木の柵と鳴子は対妖魔と言うよりは、対獣の備えとして仕掛けられている物である。
まあ、村の中に突然妖魔が生まれたりしたら、柵も鳴子も意味を為さないのだから、当然なのかもしれない。
「随分と明かりが多いような……」
で、そんなタケマッソ村だが、今日は妙に騒がしかった。
もう月が私たちの真上に登っているような時間だと言うのに、大量の篝火が焚かれ、村の男たちが武器を手に、村の建物の中でも一際大きい村長の家の前に集まっているのが見えた。
それは、少なくとも平時のタケマッソ村とは明らかに違う異常な状態だった。
「私が食べた二人を探している?いや、それにしては……」
その光景を見て、私は私が食べた二人をタケマッソ村の男たちが探そうとしているのかと最初思った。
だが私はその考えをすぐに捨てる。
私が食べた二人を探そうと思うのなら、こんな夜遅くでは無く、もっと明るい時間帯に探すはずだからだ。
それに、タケマッソ村の男たちの雰囲気は誰かを探すと言うよりかは、目の前に差し迫っている脅威に対抗するためのような物々しい雰囲気だ。
「ーーーーー!」
「ーーーーー!」
「ん?」
と、そうして村の様子を観察していた私の耳に、男のヒトの声とヒトでは無い何かの声が聞こえてくる。
そして、その声に応じるように、タケマッソ村の男たちが一斉に動き出す。
どうやら何かが有ったらしい。
が、私が居る位置からでは何が起きているのかは良く分からない。
「……よし」
うん、少々どころでなくリスキーかもしれないけれど、何の情報も無く村の中に入り込むよりかは、今タケマッソ村で何が起きているのかを把握してから行動した方が良いのは間違いない。
と言うわけで、私は物音を立てないように気を付けつつ、村を囲う森の樹上を移動して、騒動の現場が見え、声も聞こえるような位置に移動。
木陰に身を隠して、状況の推移を見守る事にする。
「こっちだ!」
「ブヒャヒャヒャ!」
鳴子を派手に鳴らしつつ森の中から現れたのは?
一人は普通のヒトだ。
もう一人は……
「オーク……かな?」
猪のような鼻と牙を生やし、口の端から涎のような物をダラダラと垂らす筋骨隆々な巨漢。
その身長は小さく見積もっても、追いかけている男の倍近い。
が、その巨体以上に意識を引かれるのは、見るからに不潔そうな腰巻と髪の毛、それに明らかに盛り上がっている股間だ。
何と言うか、少女から得た記憶のせいか、見ているだけで不快感が湧いてくる。
うん、間違いなく妖魔だ。
それも数ある妖魔の中でも数が多めで、タケマッソ村の娘である少女も知っているぐらいに有名な豚の妖魔……オークだ。
「撃てええぇぇ!」
「ブヒャ!?」
と、オークに向けて男たちが一斉に矢を放ち始める。
が、殆どの矢はオークの分厚い皮膚を貫くことが出来ず、刺さった物にしても致命傷には程遠い物だった。
だがしかし、反撃があるとは思っていなかったのか、オークは思わず怯み、足を止めてしまう。
「抑えろ!」
「ぶち殺せ!」
「死ねエェェ!!」
ああ、これは終わったな。
私は目の前の光景に対して、至極冷静にそう感じていた。
「ブ……!?」
オークの動きが止まったその一瞬の間に、タケマッソ村の男たちはオークの両足に紐を掛けて体勢を崩した。
そして、オークを取り囲んだ男たちは一斉に槍を、斧を、鍬をオークの身体に振り下ろしていく。
何度も、何度もだ。
「ブ……」
「手を緩めるな!」
「まだ生きてるぞ!」
勿論、オークも抵抗しようとはしている。
が、何かをしようとする前に何度も攻撃が加えられ、碌に暴れる事も出来なくなっていた。
「ぶっ潰れろ!!」
「!?」
そして一人の男が振り下ろした鍬によってオークの頭は打ち砕かれ、血と脳漿が周囲に飛び散り、オークはその動きを止める。
「はぁはぁ……よし。仕留めたようだな」
地面に倒れたオークの身体も、周囲に飛び散った血と脳漿も、徐々に薄れていき、やがて小さな石一つをその場に残してオークは消え去る。
「ーーーーー」
「ーーーーー」
「……」
そして、指揮をしていた人間が石を回収し、男たちは村の中へ戻っていく。
その光景を見届けた私はその場を後にすると、アムプル山脈の方へと幾らか移動する。
「此処なら大丈夫かな」
そうして、先程見た光景をしっかりと頭の中で反復していく。
そう、妖魔はヒトの天敵だ。
けれどそれはヒトが相手ならば、絶対に勝てると言う事では無い。
ヒトの方にしっかりとした備えがあるならば、妖魔が破れる事も普通に有り得るのだ。
「さて、しっかりと考えないとね」
だから私は考える事にする。
どうやれば、次のヒトを確実に食べれるのかを。
妖魔はヒトの天敵ですが、圧倒的な数の差までは埋められません。
次話からは毎日12:00更新となります。
02/09誤字訂正