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第29話「都市国家-20」

「はぁはぁ……失礼します!」

 マダレム・ダーイの政治、経済、その他諸々を取り仕切る庁舎。

 その石造りの建物の中を一人の男性が駆けていく。

 男性は全身に革製の防具を身に着け、兜には青く染められた鳥の羽根を付けていた。

 やがて男性……マダレム・ダーイの衛視の一人は一つの扉の前に立ち止まり、勢いよく部屋の中へと踏み込む。


「どうした?」

 部屋の中に居たのは老若男女合せて二十数名のヒト。

 つまりはマダレム・ダーイの政治を取り仕切る長老たち、マダレム・ダーイに店を構える商人の一部、マダレム・ダーイの治安維持や司法を取り仕切る長官たちに、『大地の探究者』の魔法使いなど、マダレム・ダーイを動かす為に欠かせない人物たちがそこには集っていた。


「報告します!先程ダイクレセ湖にて、衛視二名分の防具が入った袋が発見されました」

「それだけか?」

「いえ、発見された防具の状態についてもこのまま報告させていただきます。恐らくは今皆様方が話し合われている事に関係があると思われますので」

「分かった。話せ。皆様方もよろしいですな」

 部屋の中に入ってきた衛視に部屋中の視線が向けられる。

 が、衛視はその視線に怯む事なく、簡潔に報告すべき事柄を報告する。


「分かった。報告ご苦労。全員に細心の注意を払って犯人を捜すように伝えておいてくれ」

「了解いたしました」

 そしてそれを聞き届けた衛視の長官は苦そうな顔をしながら口を開き、衛視を部屋の外へと出す。


「はぁ……血痕の時点で考えてはいたが、二人の生存は絶望的……か」

「防具の片方は兜と鎧が縦に両断されているし、もう片方も首の周辺部に大量の血液が付着……まあ、そうだろうな」

「頭を割られ、首を刺されて生きていたら、それはそれで問題だろう」

「確かにそうではあるな」

 部屋の中の空気は幾らか重くなっている。

 だがそれも当然だろう。

 先程の衛視の報告は、数日前に突如姿を眩ませた二人の衛視の生存を絶望視させるものだったのだから。


「さて、それでどう思われますかな。この件の犯人と先日の『大地の探究者』の拠点への侵入者について」

 部屋の中に居るヒトの中で最も年老いているであろう白髪の老人が、他の人物にそう問いかける。


「どちらの件の犯人も、普通の人間でない事は確かでしょう」

「確かに。でなければ、『大地の探究者』の拠点に誰にも気づかれず侵入することも、このマダレム・ダーイの衛視二人を悲鳴一つ上げさせずに殺す事など不可能でしょう」

「気になるのは二つの件の犯人が同じ人物なのか、違う人物だとしても繋がりが有るか否かだが……」

「それも気になるが、犯人は一体どうやって……いや、何処に二人の衛視の死体を隠したというのだ?」

「それに死体と防具を別に分けているであろう点も気になるな」

「結果だけを見れば妖魔でも可能そうに見えるが、妖魔にヒトの前から逃げると言う考えはないからなぁ」

「妖魔と言えば、西の噂が少々気になるが……まあ今回は関係ないだろう」

「南のも居なくなったという話だしな」

「『大地の探究者』の件でも、女とは言え魔法使いを一人連れ去っている。碌な抵抗もさせずにだ」

「ふうむ……やはり犯人は魔法を?」

「だろうな。多くの住民が寝ている夜中と言えども、大人二人を抱えていたら誰かしらの目に着くはずだ」

「ついでに言えば、毒も使うと見ていいだろう。それならば、衛視二人を音も無く殺す事も、魔法使いを抵抗させずに浚う事も出来るはずだ」

「ごほん、つまり皆様の意見をまとめるとこういう事になりますな」

 部屋の中で活発に議論が交わされる中、ここで商人たちの一団の中から、商人の衣装に身を包んだアスクレオが立ち上がり、一度全員の顔を見回してから口を開く。


「まず犯人は魔法を使える」

 アスクレオの言葉に全員が頷く。


「そして仮に二つの件の犯人が同一人物だとした場合の話になりますが……犯人は複数の武器、毒、魔法を使いこなす事が出来る存在だと」

「それもただ使いこなせるだけではない。それらの技術をためらい無くヒトを傷つけ、殺す為に向けられるような人物だ」

「つまり、殺人と言う行為に相当手馴れている。と」

「加えて身を潜める事にも手馴れているはずだ。なにせ、我々の誰も奴の影の端すら捉えられていないのだからな」

「となれば、やはり一番有り得るのは『大地の探究者』ではない、どこか別の流派の魔法使い。それも人を害することに特化したような者と言う事になりますな」

「それならば衛視を襲った事にも納得がいくな。マダレム・ダーイには『大地の探究者』以外に魔法使いの組織は無い。つまり、別の流派に参加しているのならば、そいつは別の都市の人間だ。なら、その都市に所属する何者かか、死んだ衛視が個人的に恨みを買っていた人物から依頼を受けたのだろう」

「確かに、十分あり得そうな話ではありますな」

 アスクレオの言葉を契機に、彼らは犯人像を作り上げていく。

 だがそれは、本当の犯人(ソフィア)とはまるで異なる人物像だった。

 しかし彼らを責める事は誰にも出来ないだろう。

 彼らが作り上げた人物像は、彼らに与えられた情報と常識から考えれば、妥当と言う他ないのだから。


「しかしそうであるならば、何処かの都市国家に大規模な動きが有るかもしれませんな」

「では、我々が商売のついでに調べておきましょう」

「お願いします。我々も犯人を特定し捕まえられるように尽力いたしましょう」

「何とかして、『冬峠祭り』までには片付けたい所ですな」

 そう、彼らは知らなかったのだ。

 ソフィアと言う、今までに存在していた妖魔とはまるで異なる蛇の妖魔(ラミア)の存在を。

 そして、その無知は致命的な物に他ならなかった。

 時は冬の二の月、二週目の始まり。

 ソフィアの襲撃予定日まで後七日まで迫っていた。

知らないとは恐ろしい

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