第26話「都市国家-17」
「名前?ああ、ヒトが個人を識別するために使っているものだったか。必要だと感じた事も無かったから、考えてもいなかったな」
「あらそうなの」
「どうせお前以外に俺の名前を呼ぶ奴がいるとも思えないし、俺の名前はお前が適当に決めて、呼んでくれればいい」
「ふうん……」
ギルタブリルの言葉に、私は少々悩む。
まさかこれだけの知性を持ちながら、名前が無いとは思わなかった。
うーん、私は不便だと思って、割とすぐに決めたんだけどね。
どうやら、それは私だけの事だったらしい。
いずれにしても、名前が無いというのは不便なので、本人の言うとおり適当に決めさせてもらうとしよう。
「じゃあ、サブカで」
「サブカ……か。分かった。今から俺はギルタブリルのサブカと言う事にしておこう」
ギルタブリル改めサブカは、私の付けた名前に納得したのか、小さく頷く。
しかしこうやって頷いてもガシャガシャ言わない辺り、やっぱりサブカの全身を守っている甲殻はサブカ自身の肉体の一部であるらしい。
それは戦闘面においては羨ましくはあるが……ヒトの集団に紛れ込むのは身長の面を除いても厳しそうだ。
まあ、私がサブカに頼みたい事は潜入じゃないから、別にいいんだけど。
「それでソフィア。お前は俺に何の用があって、この場に居るんだ?」
「ん?用があるって分かるの?」
「分かるさ。お前の服装と武器からして、普段はヒトの集団の中で隠れてヒトを食っているんだろう。なら、他の妖魔を頼る必要なんてないはずだ。それに……」
サブカの赤い水晶のような瞳が真っ直ぐ私に向けられる。
「妙な噂が妖魔の間で流行り始めているしな」
対する私はサブカの言葉と視線に無言の笑みで応える。
それは暗にその噂の出所が私であると認めているような物ではあったが、サブカはその点について追及しようとはしなかった。
まあ、追及されても別に困りはしないけど。
「噂ではこういう話になっていたな。『次の新月の夜。燃えやすい物を一抱え持って、三日月の湖に寄り添う街の西にやってくれば、好きなだけヒトの肉が食べられる祭りに参加できる』と」
「ええ、確かにそんな噂ね。ついでに言えば、この噂を広めれば広めるほど、たくさんの肉を食べられるようになる。だったかしら」
「噂を流した妖魔の目的は何だと思う?」
「その都市を滅ぼして、出来る限り多くのヒトを食べたいんじゃないの?」
「嘘だな。それならヒトの集団を俺たちの領域に呼び寄せるような手を取るはずだし、都市を滅ぼす必要性は今はまだない」
サブカの言葉に迷いは感じられない。
どうやらサブカは完璧に私が噂の出所である事、そしてマダレム・ダーイを滅ぼす事が手段であって目的ではない事を確信しているようだ。
うん、これだけ頭が回る妖魔はやっぱり特別な妖魔だ。
是非とも私の仲間として、今回の祭りに引き入れたい。
「ソフィア。正直に話して貰おうか。お前の目的は何だ?」
そして、サブカを仲間に引き入れるには……素直に話すのが一番だろう。
サブカにネリーを奪われるリスクが産まれるとしてもだ。
だから私は話す。
「どうしても食べたい子がいるのよ」
「食べたい子?なら普通に……っつ!?」
笑顔を浮かべて。
「でもね、ただ食べるだけじゃ満足できない気がしたの」
心の奥底から湧き出す思いのままに。
「だから、
ただありのままに語る。
「味あわせた上で彼女を蹂躙して、屈服させて、じっくりと嬲って嬲って嬲り尽くして、彼女が快楽と苦痛で死を懇願するほどの状態になったところで生きたまま呑み込んで一つになりたいの」
ネリーへの思いを。
「……」
「あああぁぁぁ!ネリイイィィィ!!ネリーが私の両腕の中に居る光景を想像していたら、何だか興奮してきたわ。食べたい。今すぐマダレム・ダーイに戻って、ネリーの事を押し倒して食べちゃいたい。でも我慢しなきゃ!我慢を重ねれば重ねるほど、その時が来た時に感じるエクスタシーは高まっていくんだもの!そうは思わない!?サブカ!」
この溢れ迸る思いのままに。
想像しただけで絶頂しそうな興奮と共に。
そして、これだけの想いを伝えたのであればサブカも……
「ソーデスネー……」
「?」
何故か憔悴している。
なんで?私はただネリーへの想いの丈を語って見せただけなんだけど……?
「いやうん、気にするな。俺は今まで自分の事を特別な妖魔、変わり者の妖魔と思ってきたが、お前に比べれば遥かに健全で普通の妖魔だと認識させられただけだ」
「意味が分からないんだけど?」
サブカの言葉に私は首を傾げるしかなかった。
いや本当にどうしてサブカがそんなに憔悴しているのかも、活力を失っているのかも分からないんだけど。
それにサブカが普通って、普通の妖魔はそこまで頭が回らないし。
んー、私ってば何か変な事でも言ったのだろうか?
まあ、サブカが気にするなと言っているし、今から何かを指摘するのも野暮かな。
話を進めよう。
「それでサブカ。貴方は噂に乗ってくれるのかしら?」
「はぁ……」
「む?」
「いいぜ、噂には乗ってやらないが、お前の作戦には乗ってやる。お前が俺に求めているのはそう言う事だろう」
「あら、話が早いわね。その方が助かるけど」
何故溜息を吐かれたのかは分からないが、とにかくサブカは私の話に乗ってくれるらしい。
そして私はサブカに、私の考えているマダレム・ダーイを滅ぼすための方策を話し……
「なるほどな……面白い」
「でしょ。そう言う事だからよろしくね」
「ああ、任せておけ」
強力な仲間を一人得る事となった。
サブカから漂う苦労人臭よ
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