第24話「都市国家-15」
「ん?」
私はしばらくの間、『大地の探究者』の様子を樹の枝の隙間から伺い続けていた。
「……」
「ーーーーー」
「ふうん……」
すると、三人の魔法使いが集団から離れ、丘の上の方に続く細い道へと入っていく姿が見えた。
丘の上の方には……私の記憶では何か在った気がするし、木々の間隔からしても、何かがあるのは間違いなさそうだ。
そして、私が今居る場所と丘の上の方までの道については、少なくともこの場に居る集団から、丘を登ったヒトの様子を窺う事は出来なさそうな気配がする。
これは……うん、チャンスかもしれない。
「やろう」
と言うわけで、私は魔法使いたちに姿を見られないように気を付けつつ、枝を伝って移動。
三人の魔法使いの姿が捕えられる位置にまで移動する。
「……様、それではやはり」
「ああそうじゃ。ユートリッド大老も認めておる通り、魔法にはまだまだ未知の部分がある」
「それなのに彼は……」
三人の魔法使いは一列になって山道をゆっくりと歩いている。
んー……声の感じからして、先頭から若い男、若い女、歳を取った男……かな。
ちなみに道になっている部分以外の地面にはまた例の魔法が仕掛けられているようなので、私は樹の上の方の枝に乗って隠れているが、三人が私に気づいた気配はない……と言うか、そもそも周囲を警戒している様子もない。
まあ、ここが自分たちの本拠地であり、しかも定められた道以外には警戒用の魔法が仕掛けられているのなら、警戒心が緩んでも仕方がないとは思うし、私にとっては警戒されていない方が好都合だからそれでいいんだけどさ。
「そう言えばアスクレオ様は……」
いずれにしても、チャンスは今しかないのだし、早々に仕留めてしまうとしよう。
私はそう判断すると、背負っていたハルバードを両手で持ち、音も無く乗っていた枝から飛び降りる。
「アス……っ!?」
「どうっ……!?」
そして、そのまま最後尾にいた老人の頭を斧で粉砕。
ハルバードを離すと、続けて直ぐ前に居た女性の首筋に麻痺毒の牙を浅く突き立てる。
「な……ぐっ!?」
そこから私の存在に気づいて、杖を私に向けながら魔法を使おうとした男の口を手で抑えると、私は……
「ふっ……しまっ!?」
全力で男の身体を蹴り飛ばす。
すると、男の身体が弱かったのか、それとも私の蹴りが強過ぎたのかは分からないが、男の身体は首の部分で千切れて、道の外に向かって飛んで行ってしまう。
拙いと私が思った時にはもう遅かった。
『ブーーーーーーーーーーーー!!』
「!?」
吹き飛んだ男の身体が地面に着くのと同時に、けたたましい音がそこら中から発せられ、地面に着いた男の身体が蔦のような物で縛り上げられていく。
「拙い!」
私は地面に掛けられていた魔法の効果を理解すると同時に、ハルバードと麻痺させた女を回収。
すぐさま手近な樹の上に登ると、全力で崖の方に向かって駆けていく。
「鳴子と拘束の効果を持つ魔法とか、侵入者警戒用の魔法と考えるなら最悪……ああいや、最高の組み合わせじゃないの!」
そう、地面に掛けられていた魔法は二つ。
侵入者が現れた事を知らせる鳴子の魔法と、その鳴子の魔法の発生原因になった何者かを捕える為の蔦の魔法。
どれだけの手間暇と労力を割いているのかは分からないが、こんな魔法を仕掛けているのであるならば、先程の三人の警戒心の無さにも納得がいくと言うものだ。
なにせ、私のような樹上での活動に慣れた一部の妖魔やヒトでもなければ、魔法の効果範囲外である枝の上だけを伝って移動し続けるような真似など出来るはずがないのだから。
「とうっ!」
私は崖を飛び下りると、クッションにした樹の幹につかまる。
うん、と言うか私でもこの二つの魔法はヤバい。
荷物を抱えている今の状態だと、足場にする枝の強さを一回見誤っただけで、地面に足を着かざるを得なくなる可能性がある。
「となると、早々に荷物は処分しないとね」
「……」
「何処に行った!?」
「分からない!見失った!!」
私は地面に足を着かないように、崖の上から見られない位置にまで移動する。
魔法使いたちはまだ崖の下に私が移動しているとは思っていないのか、その喧騒の出所はかなり遠い。
よし、これならいける。
「いただきますっと、うん、よし」
私は連れ去った女を丸呑みにすると、魔法に関する知識が手に入ったのかを確認する。
うん、大丈夫だ。
麻痺毒による呼吸困難で死にかけていたせいか、微妙に知識が欠けている部分もあるが、基本的な部分についてはしっかりと分かる。
今はこれで十分だ。
「くそっ!居ないぞ!」
「崖下だ!崖下に居るぞ!」
「何っ!?」
「っつ!?」
バレた!?何で!?この位置なら崖上からは確認できないはずなのに!?
しかも移動が妙に速い!?
っつ!?もしかしなくてもそう言う魔法か、崖下に通じる抜け道があった!?
「逃げる!」
このままここに居たら、何れ見つかる。
そう判断した私はそのまま北に向かって移動を続け、丘の外に出る。
そして収穫期を終えてヒトが居ない畑を駆け抜けると、ヒトの手が一切入っていない森の中へと姿を隠し……そのまま予定通りとはいかなかったが、マダレム・ダーイから去ったのだった。
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一方その頃。
「ユートリッド大老。今回の件、どう思われますかな?」
「他の流派の魔法使いに依るものじゃろうな。でなければ、説明がつかん」
「やはりそう思われますか」
ソフィアが三人の魔法使いを襲撃した現場とその周辺で、他の魔法使いたちがソフィアを探して忙しなく動き回る中、豪勢な衣服を身に着けた老人と、恰幅の良い男性が残された二つの死体を見つつ会話を交わしていた。
「儂の魔法が発動しないように動くだけならば、人間にも妖魔にも出来る。が、ただの人間に人の首から下をあそこまで吹き飛ばす事が出来るとも思えぬし、妖魔であるならば、今もまだ殺した人間の死体をこの場で貪り食っているはずだからの」
「となれば彼女をさらったのも我々の情報を搾り取るため。ですか」
「そう言う事じゃろう。若い方が口は割り易いだろうし、女の方が力で抵抗を抑えやすくもあるからの。じゃが裏を返せば、情報を喋るまでは彼女は無事だという事でもある」
二人の魔法使いが周囲の魔法使いに幾つか指示を与えた後、二つの死体に祈りをささげる。
そして、ゆっくりと丘を降り始める。
「アスクレオ」
「はっ」
「ストータスを連れて、至急マダレム・ダーイの長に連絡を取り、外道と周囲の森に警備網を敷くように言うのじゃ。犯人が何人組で行動しているにしろ、最低でも自分以外に大人を一人連れている以上、まだ遠くには行けていないはずじゃからの」
「了解いたしました」
老人から指示を受けた恰幅の良い男性……アスクレオは深々と頭を下げると、魔法使いの衣装を脱ぎ捨て、マダレム・ダーイの街中へと駆けていく。
その表情は商人のそれではなく、戦いの場に立つ者のそれだった。
既にお察しの方もいらっしゃるでしょうが、ソフィアはかなりイレギュラーな妖魔です
02/28文章改稿