第23話「都市国家-14」
「ああ、ソフィア君。丁度良かった」
「キノクレオさん」
翌朝、『大地の探究者』の拠点に赴こうとしていた私の前に、一枚の羊皮紙を手に持ったキノクレオさんが現れる。
「君に渡したいものがあったんです」
「これは?」
と、どうやらこの羊皮紙を私に渡す為に、キノクレオさんは朝早くから『サーチアの宿』に来たらしい。
中身は……この辺りで使われている文字を一文字ずつバラして書いた感じなのかな?
で、最後の方にはいくつかの単語が書かれている。
「これはヘニトグロ地方で使われている共通文字をまとめたものです」
「なるほど」
そう言えば、キノクレオさんは簡単な文章を読み書きできる程度に学べる場を用意するとか言っていた。
と、私は一通り羊皮紙の中身に目を通したところで思い出す。
「もしも急ぐ用事が無いのであるならば、そこに書かれている文字と文章ぐらいは彼女が説明しますが?」
そう言って、キノクレオさんのお付きの女性が一歩前に出てから、私に向かって頭を下げる。
ふむ、用事……まあ、『大地の探究者』の拠点を調べるのなんて午後からでも問題ないか。
なにせ私は適当なヒトを生きたまま丸呑みにすれば、そのヒトの持っていた知識を奪えるわけだし、最悪魔法使いを二、三人食べれば必要な知識は手に入ると思う。
いやまあ、気を付けないと、ディランを殺した時のように、食べた人の記憶と感情に引きずられることもあるけど……アレは私とソフィア色んな意味で似通っていたからだと思うし……、まあ、たぶん大丈夫でしょう。
と言うわけで。
「分かりました。午前中なら問題ないので、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
私は午前中いっぱいを使い、ヘニトグロ地方の共通文字とやらを学んだのだった。
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「それじゃあネリー、おかみさん。またマダレム・ダーイに来た時はよろしくお願いしますね」
「うん、また来てね。ソフィア」
「道中気を付けるんだよ」
で、午後。
私は荷物を持って『サーチアの宿』の外に出ると、ネリーたちに別れを告げる。
そして、大通りの方に行くように見せて……細い路地に入ってそのまま屋根の上に駆け上がると、下から姿を見られないように気を付けつつ、『大地の探究者』の拠点がある丘の方へと移動を始める。
「さて……」
『大地の探究者』の拠点がある丘は、丘の中腹にある拠点以外は深い森に覆われており、森と街を分ける境界のように大人の胸ぐらいの高さの柵が敷かれている。
で、街の周囲を囲う壁は……うん、丘の中までしっかりと続いている。
ただ、丘の中と外を分ける境界部分に高めの柵のような物が取り付けられており、壁の上を通って衛視などが丘の中に入れないようにはなっていた。
ふうむ……マダレム・ダーイ南東のスラムと同じで、『大地の探究者』の拠点内も独自の秩序が築かれていると見るべきなのかも。
「侵入は……あそこからが良いかな」
私は誰かに見られないように気を付けつつ、柵を昇ると、そのまま手近な場所にあった適当な樹に跳び移り、その上に登って一度身を隠す。
そして、樹の下の方を見る。
「うん、間違いない。何か仕掛けられている」
警備と思しきヒトが居たのは拠点に向かって真っ直ぐに伸びる坂道の入り口だけだった。
私はそれを妙に感じていたのだが、他の場所に警備を置く必要が無い理由がこれだと私にはすぐに分かった。
そう、柵を越え、丘の中に入った直後の地面には、目には見えない何か……恐らくは侵入者迎撃用の魔法が仕掛けられていたのだ。
こんなものがあったのでは、ヒトでは正面から入る以外に選択肢はない。
私がこの魔法の存在に気づけたのは……たぶん、妖魔だからだろう。
「帰りも気を付けないとね」
私は樹の上を伝って、下から姿を見られないように、樹の枝を揺らして音を立てないように、丘を登り、『大地の探究者』の拠点を目指す。
その途中で城壁が丘に呑まれるように途切れているのも見つけたが……代わりにその辺りからこの丘の裏手が崖のようになっていたので、この丘経由でマダレム・ダーイの中に侵入するのは侵入者迎撃用の魔法が無くても厳しそうだった。
「見えてきた」
そうして移動し続ける事十数分。
やがて私の前に『大地の探究者』の拠点と思しき建物と、何の魔法もかかっていない普通の地面、それにストータスさんが着ていた物によく似た衣服を身に着けているヒトの集団……魔法使いたちが見えてくる。
「今度の祭りだが……」
「南に出たという妖魔だが、まだ討伐され……」
「この魔石の加工だが……」
建物は木と石を組み合わせて建てられたものであり、そこら中でヒトが集まって、何かしらの活動なり、討論なりをしていた。
で、それはいいのだが……建物の周囲に一切の遮蔽物が無いというのは問題だった。
見た所部外者が立ち入れる範囲は著しく限られているようだし。
これでは、誰にも見とがめられずに建物の中に入ることなど出来ないだろう。
おまけに魔法使いたちは全員顔見知りのようで、衣服を奪った程度で紛れ込む事は出来なさそうだった。
「うーん、予想以上に警備が厳しい……」
さて、ここからどうやって私の存在を悟られずに……いや、姿を見られずに魔法と『大地の探究者』について調べるべきか。
私は頭を悩ませずにはいられなかった。
拠点なので、これぐらいは当然です