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第21話「都市国家-12」

「鉄鉱石の値段がまた上がるそ……」

「西の小麦は一袋銀貨い……」

「聞いたか。南の方で妙なよ……」

 夕方。

 街の探索を終えた私は、食事だけを摂りに来た客で一階の酒場部分が賑わっている『サーチアの宿』へと戻ってきた。

 そして、酒場の端の方……人気が無い席に座ると、おかみさんから具沢山のスープとパンを貰い、食べ始めるのだが……。


「はぁ……」

 今日の探索の結果を思い出すと、溜息を吐かずにはいられなかった。

 ああ、スープが美味しいだけに余計悲しくなる。


「アイツ等完全に足元を見ているな。くそっ、俺たちの……」

「ここの小麦は一袋銀貨……」

「ああ、狩人の姿を見た途端に逃げたとか……」

 でもまあ仕方がないのかもしれない。

 考えてみれば、私とネリーの仲が半日一緒に居ても怪しまれない程の仲になったのであれば、どう足掻いてもネリーが居なくなった時点で私は疑われるのだ。

 となれば、良い場所が見つかっても、その後の事まで考えたら今私が考えている手段では絶対に駄目なのだ。


「こうなったら根本的に考え方を改めないと駄目ね」

 と言うわけで、最初から……どうやってネリーと二人きりになるかの部分から私は改めて考えようとし……、


「何が駄目なの?ソフィアさん」

「っ!?ネリー」

 当のネリーから声を掛けられ、思わず息を詰まらせる。


「ど、どうしたの?突然」

「えと、驚かせてごめんなさい。それと、昨日は助けてくれてありがとうね。今まで忙しくて言えてなかったから」

「そんな……私は当然の事をしただけよ。お礼なんて言われる筋合いはないわ」

「ふふふ、ソフィアは強いだけじゃなくて優しいのね」

「!?」

 た、食べたい。

 今すぐネリーの事を押し倒して食べてしまいたい。

 何あの笑顔。

 一瞬理性が吹き飛ぶかと思ったわ。

 でも駄目。我慢よ。我慢。ここは我慢して耐えて、後の処理の準備まで十分に整えられるまで待つの。待つったら待つの。待たなきゃ駄目なの。

 よし、妖魔としての本能は抑え込んだ。

 これなら大丈夫。ダイジョーブ。


「それでソフィアは何を悩んでたの?」

 ネリーを食べるための手段で悩んでいました。

 とは、口が裂けても言えないので、私は適当に誤魔化す事にする。


「えーと、マダレム・ダーイの大通りとそこから通じる幾つかの路地は把握できたんだけど……」

 具体的には、再びの迷子ネタである。

 うん、少々恥ずかしいけど、昨日マダレム・ダーイに来たばかりの私なら、違和感のない話題だ。


「そうなんだ。それなら……」

 で、どうやら無事に誤魔化せたらしい。

 ついでに、ネリーがずっと私と話していて問題ないのかをおかみさんに視線だけで確認してみるが……うん、問題ないらしい。

 昨日の今日と言う事で、仕事の量を控えめにしてくれているのかもしれない。


「そうなの。ネリーはマダレム・ダーイに詳しいのね」

「もう十年以上も暮らしているからね。故郷みたいなものだよ」

「みたいなもの?」

 それで、ネリーからマダレム・ダーイを普通に歩き回る場合のコツについて教えて貰ったのだけれど……故郷みたいなもの?

 どういう事だろうか?


「うん、実を言えば、私はマダレム・ダーイの出身じゃないんだ。だから私の肌の色とか、ちょっと濃いでしょ?」

「そう言えばそうね」

 ふむ、これはもしかしなくても、ネリー自身の情報について得られるいい機会?

 よし、聞けるだけ聞いてみよう。

 ネリーの事なら髪の毛の本数まで知りたいぐらいなんだし。


「と、その辺りについて詳しく聞いてみても大丈夫なの?」

 勿論、サハギンの犠牲によって上がった好感度を無駄にしないように気を付けつつだが。


「うん、大丈夫。私に近い人たちはみんな知っている事だし」

 長い話になるのか、ネリーは私の向かいの席に腰を下ろす。

 そしてネリーは語ってくれた。


「実を言えばね。私は孤児で、赤ん坊のころに行商人だった両親が死んで、その直後にアスクレオ様に拾われてね。それからずっとおかみさんに預けられてきたの」

「……」

「だからこの肌の色とかは、その行商人だった両親のもので、アスクレオ様が言うには凄く南の方……海って言うのが直ぐ近くにある様な場所が私の故郷がある場所じゃないかだって」

「そうなの」

 南かぁ……ネリーみたいな魅力的な少女が沢山居るならいずれ行ってみたいかも。


「別にしんみりとしなくても大丈夫だよ。だって両親が何で死んだのかも分からないし、今の私にとってはおかみさんが本当のお母さんみたいなものだもの」

「そう」

 ごめんなさい。

 しんみりとはしてませんでした。

 ネリーに似た少女が沢山居るかもしれない土地に対して、羨望の眼差しを向けてました。

 それにネリーが不幸せだとは思えなかったのだ。


「ネリーは今が幸せなのね」

「うん、幸せよ。妖魔は怖いし、毎日忙しいけど、とても楽しいもの」

 だって、本当に不幸せだったら、こんなにいい笑顔に笑えるとは思えないから。


「そう、それは良かったわね」

 でも、ごめんなさいね。ネリー。

 貴女の今が幸せだと言う言葉を聞いたその瞬間に、私はこう思ったの。


 ネリーの顔が不幸と絶望に染まり切ったのを見てみたい。


 そんな妖魔らしい事を私は思ったの。

 だからね。ネリー。


「うん」

 私はマダレム・ダーイと言う都市そのものを滅ぼすわ。

 そうすれば、きっと貴女はとてもいい顔を浮かべてくれるから。

やはり普通の妖魔では無かった


02/25誤字訂正

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