第19話「都市国家-10」
「ここが『サーチアの宿』です」
「ここが……」
日も完全に落ち、辺り一帯が暗闇に包まれた頃。
キノクレオさんのお付きの人に、ネリーと言う私視点で魅力的な少女と共に連れてこられたのは、大通りから少し路地の側に入った場所に建っている二階建ての建物の前だった。
通りに突き出る様に出された看板にベッドの絵と何かの文字が描かれている事からしても、この建物が『サーチアの宿』であることはまず間違いないだろう。
うん、やっぱりと言うか、変に近道をしようと思わなければ、直ぐに着ける位置にあった。
道に迷ったおかげでネリーを助けられたと思えば、悪い気はしないけど。
「おかみさん。失礼します」
「た、只今戻りましたー」
「失礼しまーす」
キノクレオさんのお付きの人を先頭にして、私たちは『サーチアの宿』の中に入っていく。
「ネリー!大丈夫だったかい!?帰りが遅いから、一体何が有ったのかと……」
「心配をかけてごめんなさい。おかみさん……」
宿の奥から明かりを持って現れたのは、ネリーとは似ていない恰幅の良い一人の女性。
女性は見る者に安心感を与えるような風貌をしている。
が、流石にネリーを抱きしめている今は、ネリーの事を心の底から心配していたらしく、少々体が震えている。
「それで一体何が有ったんだい?」
「えと、港の方でちょっと妖魔に襲われたの」
「妖魔!?ど、何処も痛いところは無いのかい!?妙な事をされたりしなかったのかい!?」
「だ、大丈夫だよ。おかみさん。ソフィアさんが助けてくれたから」
「ソフィア?」
ネリーが彼女の事をおかみさんと読んでいると言う事は、彼女が『サーチアの宿』の女主人なのは間違いない。
間違いないのだが……なんで品定めをするような目を私は向けられているのだろうか……。
「もしかしてアンタが、キノクレオさんが今夜はウチに泊めて欲しいって言ってたソフィアかい?」
「そのはず……ですけど?」
うーん、私はおかみさんから疑われるようなことをした覚えはないのだが……いったいどうしてこんな目を?
「確かに茶髪で青い目だね。じゃあ、やっぱりそうなのかい」
「えと?」
「ん?ああ、悪いね。キノクレオさんからの使いがこう言ってたんだよ。大男でも持ち上げられないような大剣を持てる、とても女とは思えない力の持ち主だって。だからてっきり、オークみたいな筋骨隆々な人なのかと思っていてねぇ」
「ははははは……」
どうやら、あの大剣を持ち上げてしまった余波がここで響いているらしい。
オーク、オークって……いやまあ、私は確かにヒトではないけどさ。
蛇の妖魔だけどさ。
「まあ何にしたって、アンタがネリーを助けてくれたことには違いないんだ。キノクレオさんからは安く泊めてくれと言われていたが、今日明日ぐらいならタダで泊めてあげるから、懐の心配をしないでゆっくりと休むと良いよ」
「えと、ありがとうございます」
おかみさんの申し出に、私は少しだけ頭を下げて礼を返す。
うん、宿代がかからないのは素直に嬉しい。
安かったと言っても、大量の金属が使われているあのハルバードを買って懐が痛まないかと言われたら、絶対にノーだし。
「さて、もう夜も遅いから、今晩は簡単なスープとパンだけでいいかい?代わりに明日からは豪勢な物にするからさ」
「別に構わないです」
「ありがとうね。それじゃあネリー」
「はい。今火を付けてきます」
そうして、私は優しい味わいの魚介スープに堅いパンを浸して食べると、二階の隅の客室に通され、眠ることになった。
が、
「さて、どうしようっかなぁ……」
夜は妖魔の時間であるし、ヒトの振りで昼に活動するにしても、もう少し起きていても問題ない。
「んー……」
と言うわけで、まずは部屋の中を確認。
私が通された部屋は二階の隅の客室であり、部屋の中にはシーツの敷かれたベッドが一つ。
窓は木製の物が二方向に付けられている。
窓の外は……片方は宿正面の通りに繋がっていて、もう片方は宿側面の細い路地に繋がっている。
そして、私の身体能力ならば、窓から宿の屋根の上へと登り、そこから屋根の上を伝ってマダレム・ダーイ中を駆け回る事も可能だろう。
うん、ヒトを食べに行くにあたって、実に都合が良い。
「でも一番食べたいのはやっぱり……」
私の脳裏にネリーの姿が浮かび上がってくる。
何故これほどまでに彼女を食べたいと思うのかは分からない。
分からないが、彼女は絶対に私が食べる。
それもただ食べるのではなく、私が最初に食べた
いや、これはもう食べたいと言うよりも、吸収して一つになりたいと言うべきか?
とにかくそれほどの思いであり、どうやってネリーを食べるのかと言う事を思い浮かべただけでも……
「んんんんんっっっっっ!」
興奮する。
エクスタシーを感じる。
逝ってしまいそうになる。
ああもう、ネリーの……【info:あまりにもアレな内容の妄想なので自主規制します。by
「ハァハァ……」
うん、ちょっと落ち着こう。
あまり大きな音や声を出すと怪しまれるしね。
そう、今私が考えるべきは、どうやって長時間ネリーと二人っきりになれる状況を作り出すかだ。
それも出来れば私が妖魔であると言う事も疑われず、善意のものも含めてその後長期間拘束されるような事態に陥らずにだ。
「となればまずやるべきは……」
だがそうした計画を立てる上で絶対に欠かす事が出来ない情報が一つある。
それは最低でも半日ほどの間、誰の目も手も届かない場所の情報。
「やっぱり地理の把握かなぁ」
つまりはマダレム・ダーイ全域を巡るしか、私には選択肢が無いのだった。
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