<< 前へ次へ >>  更新
18/322

第18話「都市国家-9」

「「「!?」」」

 サハギンの頭をたたき割り、弾けさせた斧はそのままの勢いで地面に突き刺さると、周囲に大量の砂埃を巻き上げる。


「……」

 やってしまった。

 私は自分の起こした惨状を、ヒトの目では何も捉えられない砂ぼこりの中で確認し、内心でそう思う。

 いやうん、本当に私は何をやっているんだろうね。

 いくらあの少女がとても魅力的で、その価値も理解していないようなサハギン(クズ)に食われるのが嫌だからと言って、このマダレム・ダーイの治安を守る衛視さんたちを差し置いて飛び出るとか、余計な注目を集めて、私の正体がばれる危険性を高めるだけの行動でしかないのにね。

 でもまあ、飛び出てしまった以上は仕方がない。

 ここは今すぐに彼女を食べて……


「あ、あの……」

 違う!ここマダレム・ダーイ!

 しかも、大量のヒトが見ている真ん前だから!

 食べようとしたら、リンチにされるから!!

 落ち着け私!

 と言うわけで……


「大丈夫?」

「は、はい……」

 絶命したサハギンの姿が薄れ、魔石に変わっていくのを横目で確認しつつ、私は少女をこの場で今すぐ食べてしまいたいと言う欲求を理性で無理矢理抑え込み、少女の肩に手を置くと安否を気遣う声をかける。


「大……丈夫……です」

 少女の声と身体は震え、赤い瞳の目尻にも涙のようなものが溜まっているのが見えている。

 が、私に恐怖するような感情は感じられない。

 どうやら、少女には私が妖魔であると言う事は分からなかったようだ。

 ふう、良かった。

 なら後はちょっと人目が付かない所に連れ込んで……


「退いて!退きなさい!」

「君たち!大丈夫か!?」

「野次馬は速く散りなさい!」

「ちっ」

 と思ったが、既に衛視さんたちは混乱から立ち直ってしまっている。

 そして、私たちに近づいてくる。


「ちっ?えと……」

「こんな時に舌打ちだなんて。誰かしら?」

「んんん?」

 どうせならもう少し混乱していてくれれば良いものを……まあ、衛視さんたちは私たちの心配をして近寄ってきているだけだし、ここで暴れたりなんだりをするわけにはいかない。

 今は諦めるしかない。

 今はだ。


「二人とも大丈夫か?」

「ええ、私は何とも」

「は、はい。私は大丈夫……です」

 とりあえず、今は少女を私の視界から外すようにしておこう。

 これ以上は私の理性で本能が抑えきれなくなってくる。


「まったく、なんて無茶をするんだ!一撃で仕留められたから良いものを……」

「落ち着け、彼女のおかげで、この子は無事で済んだんだぞ」

「すまない。我々が刺激することを恐れて動けなかったばかりに」

「いえ、もう終わった事ですから」

 私は地面に突き刺さったままになっているハルバードを持ち上げると、念のために斧の部分に痛みなどが無いかを確かめた後、備え付けのカバーに入れる形で背中に括り付ける。

 うん、だいぶ荒く振り下ろしたつもりだけど、刃には歪み一つ無かった。

 やっぱり、頑丈さは確かだ。


「と、そう言えば君の名前は?見た所マダレム・ダーイの人間では無さそうだが……」

「私ですか?私はソフィアと言って、今日マダレム・ダーイに来た旅人です」

「その武器は?私の記憶が確かならアスクレオ商店で売られている物のようだが……」

「それは……」

 で、私としては早いところこの場を去って、今日の所はもう『サーチアの宿』で休みたいと思ったところなのだが……衛視さんたちの目は鋭く、私が何者であるかを確かめずにはいられないようだった。

 まあこれは仕方がないか。

 ゴブリンのような小型の妖魔ならともかく、サハギンのような普通の妖魔を一撃で仕留められる人間なんて早々居るものではないのだから。

 となれば、ボロを出さないように気を付けつつ、地道に聞かれた事だけを適当に答えればいい。

 そう私が判断して口を開こうとした時だった。


「そのハルバードは先程、我々が彼女に売った物ですよ」

「キノクレオ様!?」

「キノクレオさん」

 中央広場の方から、何人かの男女を引き連れてキノクレオさんが現れる。


「ど、どうしてこちらに!?」

「店の近くでこれだけの騒ぎ……それもウチの商品が関わる形で騒動があったのですよ。仕留めた後に見に来る事ぐらいは普通だと思いますが?」

「そ、それはそうですが……」

 衛視さんたちは明らかに動揺している。

 やはり、アスクレオ商店の力はこのマダレム・ダーイではかなり大きな物であるらしい。


「まあいずれにしても、彼女の人柄についてはご安心を。兄から紹介状を受け取ったほどですしね。それに、泊まる宿も我々が紹介した『サーチアの宿』で決まっています。そう言うわけで、もうすぐ日も暮れてしまいますし、何か聞きたい事が有るならば、また明日以降にでも『サーチアの宿』まで彼女を訪ねて来てください」

「わ、分かりました……キノクレオ様がそう言うのならば仕方がありませんね……」

 そうして、私の周囲に居た衛視さんたちは周囲の野次馬たちを散らしつつ、サハギンの犠牲になったヒトを担当している衛視さんたちの方へと向かって行く。

 これで衛視さんたちの面倒な質問は受けずに済んだ。

 済んだが……


「で、ソフィア君?どうして君はここに?君のおかげでネリーは助かりましたが、私はてっきりもう『サーチアの宿』に着いている頃かと思っていたのですが?」

「いやー……それはですね……」

 代わりに、私が迷子になり、『サーチアの宿』に辿り着けなかった事はキノクレオさんに伝えざるを得ないようだった。

 ちょっと恥ずかしい。

ここで我慢できるのがソフィアちゃん

我慢できないのが普通の妖魔


あ、活動報告の方にちょっとしたお知らせがありますので、もしよかったら一読してくださいませ。

<< 前へ次へ >>目次  更新