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第17話「都市国家-8」

「さて、観光は明日からにして、今日はもう宿に行かないと」

 結局、私が購入したのはハルバードと呼ばれる斧と槍と鶴嘴を組み合わせた様な武器だった。

 で、このハルバードと言う武器についてだが、アスクレオ商店の店員さんによると一種の万能武器であるらしい。

 具体的に言えば、槍のリーチと突破力、斧の破壊力、鶴嘴……正確には戈と言う武器の能力を組み合わせた武器で、扱う人間が扱うならば、どのような相手にも優位に戦えるそうだ。

 うん、憧れる。

 万能と言う響きにはやっぱり憧れる。


「えーと、宿の名前は……『サーチアの宿』だったかな」

 ただ、私がこのハルバードを購入したのは、その万能性に惹かれたからだけではない。

 そう、単純にアスクレオ商店で売られている武器の中で、このハルバードが一番頑丈そうで、妖魔の腕力で雑に扱っても壊れなさそうな気配を感じたから、私は買ったのだ。


「おっ、そこの兄ちゃん。一つどうだい?」

「どうだいって……このリンゴ見るからにしなびてるじゃねえか」

「まあまあそう言わずに。安くしておくよ」

「要らねえっての……」

「……」

 うん、決して扱う人間が居なくて、他の大型武器に比べて格別に安かったから買ったわけでは無い。

 製作者が不明で、替えや整備の問題がある分だけ安くしておくと言うキノクレオさんの言葉に惹かれたわけでは無い。

 大丈夫だ。

 この武器は私の腕力に耐えてくれる。

 私の事をヒトだと周囲に誤認させるのに一役買ってくれる。


「『サーチアの宿』……」

 ちなみに、このハルバードの柄と刃の接合部分には六脚、六翼、六角の細長い生物を描いたような紋章が普通のヒトの目には見えないぐらい薄く刻まれている。

 で、もう一つちなみに言うとだ。


「何処にあるんだろう……」

 私は現在、迷子である。


「はぁ……油断した」

 不覚と言う他ない。

 アスクレオ商店を後にする際に道を教わったのだが、その道順ならこっちの方が早く着くんじゃないかなんて考えるべきじゃなかった。

 おかげで、しなびたリンゴを良い顔で売る様な店がある様な通りにまでやって来てしまっている。

 マダレム・ダーイの広さと複雑さをタケマッソ村や、今まで通ってきた普通の村と一緒にするんじゃなかった。


「とりあえず……うん、こっちにまっすぐ行ってみよう」

 仕方がないので、私は夕日を背中にする形で、出来る限り真っ直ぐに歩く事とする。

 そうすれば、マダレム・ダーイの構造上、三日月型の湖とそれに沿う形で作られた港には確実に着くはずである。


「つ、つええぇぇ……」

「女の力じゃねぇ……」

「と、見えてきたかな」

 で、それからしばらく歩く事数十分。

 私の見た目に騙されてきたチンピラたちを軽くシメつつ歩いてきた私の前に、夕日に照らされた事によって橙色に輝く湖と、その湖に浮かぶ数十隻の船。

 それに獲れた魚を売るためであろう商店と、酒場が多いのか、酒を求めてきた多くの人々の姿が目に入ってくる。

 なお、当然と言うべきか、魚を売る店については既に軒並み閉まっている。

 まあ、生の魚は腐りやすいし、これは仕方がない。

 魚が食べたければ、また明日の朝に来るべきだ。


「えーと、とりあえず道を聞くなら……うん、あの衛視さんでいいかな」

 私は周囲を見渡し、頭の上に青い羽根飾りを付けた衛視さんの姿を探し、捉える。

 困った時は衛視に相談。

 基本中の基本だ。

 それに、アスクレオ商店が紹介するような宿ならば、衛視さんたちに名前を尋ねれば直ぐに場所を教えてもらえるだろう。

 そうして私が一番手近な場所に居る衛視さんに話しかけようと思った時だった。


「「「きゃあああぁぁぁ!?」」」

「「「妖魔だああぁぁ!!」」」

「!?」

 港中に響き渡るような声量で、男女の叫び声が聞こえてくる。

 そしてその内容に私は一瞬身を強張らせ、周囲からの攻撃に備えるが……何も無い。

 何も無いが、人々の目は全て同じ方向に向いているように見えた。

 これは……うん、どうやら私以外の妖魔が見つかったらしい。


「武器を持たないものは今すぐに下がれ!」

「どけっ!どくんだ!!」

 既に周囲に居た衛視さんたちは騒動の中心部に向かって動き始めている。

 となれば、私が何かをするまでも無く現れた妖魔は狩られる事になるだろう。

 それならば、どういう妖魔が現れ、どういう風に衛視さんたちが妖魔を狩るのかを見物させてもらおう。

 そう思った私は、この場から離れようとする群衆を掻き分けて、騒動の中心部へと向かっていく。


「ギョ、ギョギョギョ……」

「あ、ああ……」

 そして、騒動の中心部に辿り着いた私が見たのは魚の妖魔(サハギン)が旅人と思しきヒトの身体を今まさに食い散らかしている姿と、そのサハギンの近くで腰を抜かし尻餅をついている妙に魅力的な少女。


「ん?」

 うん、妙だ。

 尻餅をついている少女の容姿は金色の髪と多少濃い色の肌、赤い瞳で確かに目は惹く。

 が、総合的な評価で言えば十人並と言ったところだろう。

 なのに何故か、妙に魅力的で、それこそ今この場で食べてしまいたいほどだった。


「ギョ。ギョオオォォ……」

「ひあ、あっ……」

「君!早くこっちへ!」

 と、サハギンが少女に気づいたのか、食事の手を止めて少女の方を向く。

 衛視たちは急に動いて、無闇にサハギンを刺激することを嫌ったのか、武器を構えていても、声を掛ける以上の事は出来ないでいた。


「ギョオオォォ!」

「いやああぁぁ!」

 そしてサハギンが少女に向かって飛びかかり、周囲の群衆がこれから起きるであろう惨状に目を背けようとした瞬間だった。


「死ね」

「ギョガ!?」

 私は本能的に飛び出し、背に携えていたハルバードを抜き放つと、サハギンの頭に斧を全力で叩き下ろしていた。

ヒロインと書いて獲物と読むのが本作です

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