第16話「都市国家-7」
「やぁやぁ、遅くなって済まない。君がソフィア君だね」
「あ、はい。よろしくお願いします。えと……」
「私の名前はキノクレオ。アスクレオ商店の店長代理を務めさせてもらっている」
「よろしくお願いします。キノクレオさん」
カウンターの奥の通路を抜けた先の小部屋で待つように言われた私の前に、何処と無くアスクレオさんに似た容姿を持つ細身の男性……キノクレオさんが現れる。
うん、たぶんだけど、アスクレオさんの弟とか、甥とか、そんな所じゃないかと思う。
「それで……」
「分かっています。まずはこの紹介状の中身についてでしょう」
キノクレオさんが、先程店員さんに渡した紹介状を私に返す。
一応中身を改めてみてみるが……特に書き換えられた点などは無さそうだった。
私は文字が読めないから何とも言えないけど。
「その紹介状の中身は、簡単に言ってしまえば貴女は優秀な人間なので、出来る限りの便宜を計ってやってほしい。と言うものでした」
「そんな簡単な物なのですか?」
「勿論、実際には貴女以外の人間の手に渡ってしまってもいいように、貴女の容姿についても出来る限り詳しく書かれていますし、貴女が兄に話した貴女自身の情報についても書いてありましたよ」
「なるほど」
どうやらアスクレオさんが書いてくれた紹介状は、本当にただの紹介状だったらしい。
それにしても便宜かぁ……一体何をしてくれると言うのだろうか?
後やっぱりキノクレオさんはアスクレオさんの弟だったらしい。
「さて、それでは便宜の件について話しましょうか」
「はい」
さて、本格的な話が始まると言う事で私は軽く身構える。
「単刀直入に言わせてもらいますが、無償で貴女に便宜を図る事は出来ません。これは商人として絶対に譲る事が出来ない点です」
「はい……」
まず無償……つまりはタダで私に対して便宜を計る事は出来ない。
これはまあ……むしろありがたいかもしれない。
タダより高い物はないとよく言われるし、無償で便宜を図られたりしたら、裏を疑わずにはいられない。
「そして紹介状によれば、貴女は旅をしていると言う。そこで確認ですが、貴女がマダレム・ダーイに滞在するのも限られた期間の話であり、今後も様々な場所をめぐる。この考えで間違っていませんか」
「はい」
それにだ。
私はタケマッソ村と言うド田舎からやって来て、こちらの常識も知らず、文字も読めないような存在なのだ。
こう言っては何だが、至極簡単に騙せる相手だと思う。
そんな私に対して、表情と態度を見る限りでは至極誠実に対応してくれている相手に対して、一方的に寄ってかかるのは流石にどうかと思う。
こんなの妖魔の考え方じゃないかもしれないけどさ。
「よろしい。ならば、アスクレオ商店の店長代理として一つ提案させていただきます。これを呑んでいただけるなら、幾らかの便宜は図りましょう」
「提案……ですか」
「なに、簡単な話ですよ」
キノクレオさんの言葉に私は多少身を強張らせる。
うん、キノクレオさんが誠実な人間だと言うのは信じているが、提案の中身次第では妖魔としての能力を使ってでもこの場を脱する必要が有る可能性だってあるのだから、こればかりは仕方がない。
ただ……
「今後、貴女が手に入れた魔石を出来る限りアスクレオ商店に売ってほしい。ただそれだけの話ですよ」
キノクレオさんの提案は、そこまで身を強張らせる様な物では無かった。
「それだけ……ですか?」
「ええ、それだけです。この約束を守ってくれるのなら、貴女に合った武器や装備品も割安で用意させていただきますし、簡単な文章を読み書き出来る程度に学べる場や、安全な宿と言うものも準備させていただきます」
「……」
魅力的な提案ではある。
魅力的な提案ではあるが、どうしてその程度で武器や文字、宿と言った物を用意してもらえるのかが私には少々気になり、考え……納得した。
「なるほど……そう言う事ですか」
「ふむ、紹介状に書いてあった通り、中々に察しが良いようですね。大方は貴女が考えている通りで間違ってはいないと思いますよ」
私はマダレム・ダーイの北にあると言う『大地の探究者』の建物の方へと目を向ける。
それだけで、キノクレオさんも私の考えを察したのか、笑みを浮かべて頷く。
「一応聞いておきましょうか。なぜ私があのような提案をしたと思いますか?」
「魔石……いえ、魔石を加工することによって使えるようになる魔法が強力な武器になるからですね」
「正解です」
そう、魔石は強力な武器である魔法を使うために欠かせない物だ。
そして、魔法は決して妖魔だけに向けられる力ではない。
となれば当然……
「そう、残念ながら妖魔と言う目に見える敵がいる現状であるにも関わらず、『大地の探究者』にもマダレム・ダーイにも、勿論我々アスクレオ商店にもヒトの敵が居るのです。そう言った敵に魔法と言う力が出来る限り渡らないようにするためにも、世に生まれ出た魔石は出来る限り我々の手の届く場所に収めておきたいのですよ」
出来る限り自分の所有下に置いておきたいのがヒトとしての性と言う物なのだろう。
まあ、そう言う事なら何の問題も無い。
「さて、ソフィア君。貴女は私の提案を受けてくれますかな?」
「そう言う事なら、気兼ねなく受けさせてもらいますわ」
私はキノクレオさんの提案を受け入れる。
私が彼らにヒトだと思われている内は、私にその力が向く事は無いのだから。
「ありがとう。歓迎させてもらうよ」
「こちらこそ」
そうして、私とキノクレオさんは握手を交わした。
「なんつう力だ……」
「これがアムプル山脈に住む人間の力か……」
「凄い……」
「……」
余談になるが、この後私に合わせた武器を買う際に、大男でも持ち上げるのがやっとな大剣を軽々と持ってしまったために、私は慌ててウチの村の人間なら普通だったと言い繕うことになってしまった。
うん、もっと気を付けてヒトの振りをしないと。
何処で正体がバレるか分かった物ではないのだし。
タケマッソ村が魔境化しました(笑)