第15話「都市国家-6」
「本当にヒトが多い……」
ここで改めてマダレム・ダーイの地理について確認しておく。
マダレム・ダーイはヘニトグロ地方の北東に位置する都市国家であり、都市の東には三日月型の湖が、北側には丘があり、それ以外の方位……北東、北西、西、南西、南、南東には高い石の壁が築かれている。
で、石の壁の内、南東以外の方角の壁には大きな門が設置されているので、出入りは必然的に五つの門と港になっている東側に限られている。
なお、私がやってきたのは、北東の門からである。
「でも食べられない。今本性を出したらタコ殴りにされる」
でまあ、丘の頂点には岩を直接くりぬいて作られたかのような建物があるのだが、衛視さんの話からして、あの建物が『大地の探究者』に関わりのある建物なのだろう。
うん、情報が出るまでは近づかない。
迂闊に近づいたら、何が有るのか分かったものじゃないし。
「と、あっちかな」
『大地の探究者』についてはさて置いて。
このマダレム・ダーイには大きな通りが三本ある。
一つは北にある丘から南の門に向かって真っ直ぐに伸びる通りで、この通りがマダレム・ダーイの中では最も太くて長く、賑わっている通りだ。
で、残りの二つは、西門から東にある港に通じる通りと北西の門から南西の門へと弧を描くように伸びている通り。
この三つの通りは綺麗に地面が均され、更には地面には小石一つ落ちていない程に整備されており、街の中心で一点に交わるように設置もされている。
「おいし……駄目駄目っと」
「「「ーーーーーーー!」」」
さて、そうして通りが設置されているので当然と言えば当然だが、この三つの通りには大量のヒトがひしめき合い、道の左右で開かれている多くの商店が客を自分の店に呼び込もうと大きな声を上げている。
だが、賑わい活気に満ちてはいても、荒事は起きていない。
これは頭に青い羽根を付けた衛視たちの仕事の賜物だろう。
よくよく見れば、私が今居る通りから一本離れ、建物が石造りから木と石を組み合わせた物に変わっている裏通りにも、決して少なくない数の衛視が巡回しているようであるし。
「と言うかもしかしなくても、妖魔対策も兼ねているんでしょうね」
なぜこれほどの数の衛視が存在しているのか。
それはもめごとの解決だけではなく、街中で突然妖魔が発生した場合に、すぐさま対応する為でもあるはずだ。
何せ妖魔は前触れなく突然現れるのだから。
それはここマダレム・ダーイでも変わらないはずである。
「いらっしゃいませぇ!いらっしゃいませぇ!旅に欠かせない物が欲しいのならアスクレオ商店!アスクレオ商店でございます!」
「と、見えてきた」
さて、そうやって通りを歩き続けていると、やがて三本の通りが交錯する場所。
中心に一本の柱が建てられた、とても大きな広場に私は出る。
そして、広場の一角に私が探し求める店が大きな看板を掲げる形で存在していた。
「ふうん……」
「いらっしゃいませぇ!いらっしゃいませぇ!他の商店では決して手に入らない、南の都市国家マダレム・イジョーの品ならアスクレオ商店ですよ!!」
私は他の客に混じって、アスクレオ商店の中に入る。
店内は広かったが、その広さを感じられない程にヒトで込み合い、所狭しと数多の商品が陳列されている。
売られている物は……塩やロープ、水筒と言った、ヒトが旅をするのに欠かせない物から、何処かの別の都市国家で作られている物なのだろう、使い方がまるで分らない妙な品物もあった。
けれどそれ以上に目を惹くと同時に、アスクレオ商店がここマダレム・ダーイでどれほどの力を持っているのかを如実に感じさせる商品群があった。
「やっぱりアスクレオさんは凄い人みたいね」
「いらっしゃいませぇ!いらっしゃいませぇ!妖魔に対抗するには丈夫で切れ味のいい武器を!倒した妖魔から得た魔石の買い取りもやっています!アスクレオ商店ですよー!」
そこには槍や剣と言った私もよく知る物から、斧と槍を組み合わせた様な妙な武器まで置かれていた。
それも野盗が使うような粗悪な造りのものでは無く、きちんとした金属製の武器の数々がだ。
おまけに、そう言った金属製の武器が売られている場所の近くには、魔石を買い取るためのカウンターも用意されていた。
「でなければ、こんな商品は売れないもの」
私はマダレム・ダーイにおけるアスクレオ商店……いや、アスクレオさんの実力の一端を理解する。
と言うのもだ。
まずアスクレオ商店の立地と広さからして、アスクレオさんがマダレム・ダーイ有数の商人であることは疑いようがない。
そして、武器と言う上の許可なしに売る事が出来るはずがない品物を扱っている時点で、アスクレオ商店とマダレム・ダーイを統べる者との繋がりの強さが窺える。
加えて魔石の買い取りと言う、加工して利用する技術を持たない者にとっては一文の価値も無いものを扱う点からして、『大地の探究者』ともそれ相応の繋がりがある事は想像に難くない。
うん、現状では間違ってもアスクレオさんを直接的に敵に回すような状況になったら駄目だ。
間違いなく詰む。
「お客様どうされましたか?」
「ん?」
と、ここで武器を眺めているだけの私を妙に思ったのか、店員と思しきヒトが私に声をかけてくる。
「何かお求めの品があるのでしたら、ご相談に乗りますが」
「えーと、そうね……と、そうだわ。とりあえずこれを」
お求めの品と言われても、正直思いつかない。
思いつかないが……とりあえず私はアスクレオさんから貰った紹介状を店員に渡した。
うん、いい加減にこの紹介状になんて書かれているのかを、知るべきだと思う。
「ふむ、なるほど」
そうして店員さんはざっと一通り紹介状を読み……
「お客様。奥の方へどうぞ。対応させていただきます」
「分かったわ」
私をカウンターの奥へと招いたのだった。
道路が舗装されていないのが当たり前の時代です