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第12話「都市国家-3」

「……」

 深夜。

 かすかな物音に私は目を覚ます。


「ソフィア?」

 その音は私の目の前にあるたき火の音でも、寝ずの番でもって野営地の周囲を警戒している護衛たちの出す音でもない。

 木の葉を何者かが掻き分けるような音であり、当然だが馬車の中で眠っているアスクレオさんや御者が出すものでもない。


「コイツは……」

「全員起きて準備を整えろ……」

 野営地の外から聞こえてくるその音に、既に私以外のヒトも気づいている。

 そして、音に気づくと同時に、静かにけれど手際よく準備を整え始めている。


「ゴブッ、ゴブッ、ゴブッ」

「ひとダ。ひとガ居ルゾ」

「肉ダ。ひとノ肉ガ食エルゾ」

 やがて私の目が、未だにヒトの目では見通せない闇の中に潜んでいるそのものの姿を捉える。


「野盗じゃないな」

「ああ、野盗なら明かりを持ってくるはずだ」

「つまりは妖魔か」

 背丈は人間の子供程の大きさで、大きい者でも私の胸の下ぐらいまでだ。

 だが、その顔は見るからに大人のもので、声も同様。

 しかも口からは長い前歯が生えている。

 加えて、身に着けているものはボロい布きれ一枚で、見るからに汚らしく、腰の辺りからは鼠の尾のような物が生えているようだった。


「全員構えておけ。音からして複数だ」

「てことは奴らか」

「なら、まだマシだな」

 ああこれはもう間違いないな。

 こいつらは少女の方のソフィアでも知っている程に有名な妖魔の一体……


「「「ギャハハハハッ!」」」

「来るぞっ!」

 鼠の妖魔(ゴブリン)だ。


「全員、確実に一匹ずつ……」

 まず私は考える。

 ゴブリンたちと協力すれば、ラスラーさんを筆頭とした護衛役を殺し、アスクレオさんたちも狩れるかを。

 そしてすぐに結論を出す。

 うん、無理。


「オ前ハ……」

 ゴブリンの身体能力は妖魔の中でも特に低く、普通の成人男性と同じ程度だ。

 だから彼らは最初から複数体で現れ、数を頼みにヒトを襲い喰らうとされている。

 そして、実際にそれを見たことが有るので、私はそれを事実だと知っている。

 逆に言ってしまえば……数で負けている時点でゴブリンの側に勝ち目はないのだ。


「はっ!」

「ぎっ!?」

「っておい!?」

 と言うわけで、何か妙な事を口走られる前に、私は最も宿営地に近い場所に迫っていたゴブリンに接近すると、腰に提げている剣の一方を右手で持って抜き放ち、力任せにゴブリンの首を刎ねる。


「ナ……」

「ふっ!」

 そして、続けざまに逆手でもう一本の剣を抜くと、近くに居たゴブリンの額に突き刺し仕留める。


「あっ……」

「「「殺セ!殺セ!殺セ!」」」

 で、死んだ妖魔が石になるまでに多少の時間が有るので、ゴブリンの額に刺した剣を抜こうと思ったのだが……抜く際に捻ってしまったのか、粗悪な造りだった剣はあっけなく折れてしまう。

 まったく、これだから粗悪品は……なんて言っている状態じゃないか。


「「「殺セ!殺セ!殺セ!!」」」

「ああもう……」

 既にゴブリンたちは奇襲をかける事を諦め、野営地に向かって真っ直ぐに突撃を仕掛けて来ている。

 その数は八。

 こちらの戦力が十人以上いる事を考えれば、やはり勝負にはならないだろう。

 が、それは決して被害なく倒せると言い切れるものではない。


「やれ!」

「了解!」

「よっ……っつ!?」

 と言うわけで、私は野営地まで退こうと後ろに飛び退いたのだが、その瞬間に私の顔の横の空間を巨大な石の塊が突き抜けていき、そのまま私に跳びかかろうとしていた妖魔の顔面に直撃。

 妖魔の顔面が文字通りに弾け飛ぶ。


「何が……」

 あんな石の塊をヒトの身体能力であれほど速く真っ直ぐに飛ばす事は出来ない。

 そう思った私は慌てて自分の背後を見る。

 するとそこに居たのは、先端に緑色の石を填め込んだ木製の杖をこちら……いや、ゴブリンへと向ける護衛役の一人だった。


「なるほど。これが魔法……」

「今だ……」

 私はその護衛役の男性が何をしたのかを何となくだが理解した。

 恐らくあれが村や旅の途中で聞いた魔法と言うものなのだろう。

 ヒトの顔程もある大きさの石を、矢のような速さで飛ばせると言うのは流石に想定外であり、出来れば敵には回したくないと思わせるものではあるが。


「かかれええぇぇ!」

 と、私が考え事をしている間にも、ラスラーさんを先頭にして、護衛の男たちの中でも武器の扱いに慣れた者たちがゴブリンに対して切りかかり始める。


「ゴギャ!?」

「ブギイッ!?」

「ギギャア!?」

 勿論ゴブリンたちも抵抗しようとはした。

 が、子供程の身長で大人並の身体能力を持っていると言う特徴はあっても、単体ではそれしか特徴が無く、武器の一つも持っていないゴブリンでは、武器を持ち、数で上回るヒトの集団を崩すことなど出来るはずも無かった。

 一匹、また一匹と仕留められていき、この場から逃げ出そうとした者も弓を持ったヒトの攻撃や、先程の石の魔法でもって仕留められていく。


「ふぅ、終わったな」

「だな」

「ソフィア。最初に切り込んでくれて助かった。おかげで簡単に敵の連携を乱すことが出来た」

「あ、ありがとうございます」

 結局、ラスラーさんたちがゴブリンの集団に切り込んでから、ほどなくして戦いは終わった。

 言うまでも無くヒトの側の勝利で。

 まあ、妖魔である私が言うのも何だが、今回は仕方がないよね。

ファンタジーですもの、魔法ぐらいは出ます

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