第11話「都市国家-2」
「ふう。やっと着いたわね」
夕方。
私は道の途中で、森を左右に大きく切り開いて造られた広場のような場所にやって来ていた。
ここは道沿いに造られた、あるいは複数の道の交差点として自然に出来上がった野営地である。
「ここは……自然に出来たパターンね」
で、私がやってきた野営地だが、どうやらここは三つの道の交差点と言う事で、自然に出来上がったパターンの野営地であるらしい。
広場の何処を見渡しても、整備されている感じがしないからだ。
「で、ヒトは……居るわね。思いっきり警戒されてるけど」
さて、この野営地だが、私が踏み込んだ時点で、三台の馬車がまとまった形で止められており、その前には馬車の持ち主、御者、護衛役と思しきヒトがたき火を中心にする形で二十人以上集まっていた。
そして、持ち主と御者についてはただ驚いているだけだが、護衛役と思しき人は私の姿を見た途端に警戒の色を濃くしていた。
まあ、警戒されるのは仕方がないだろう。
私が妖魔だと言う事は分からなくても、夕暮れに全身血まみれの状態で野営地に踏み込んでくる者が怪しくないはずがない。
「悪いがそこで止まってくれ」
「分かったわ」
私が一足で踏み込める距離のギリギリ外から、護衛役の中でもリーダー格と思しきヒトにそう言われ、私は野営地に数歩踏み込んだところで足を止める。
うん、いい護衛役だ。
この距離なら、仮に私が何かをしても、直ぐに対応が出来る。
と言うわけで、この時点で彼らを襲う事は考える事もやめる。
まあ、元々妖魔と野盗対策できちんと野営地に集まる事を選べるヒトたちを相手にするのはリスクが大きいから避けたいし、今日は野盗たちを食べたおかげで十分腹が膨れているから、襲わないと言う選択肢に問題は無い。
「君の名前は何だ。目的は何だ。それと……その血は何だ?」
「私の名前はソフィア。目的は……野営地に来たのは、少しでも安全に眠るため。旅をしているのは都市国家と言うのを目指しているから。血は野盗に襲われた時に着いた返り血よ」
仮称リーダーさんから質問が来たので、私は素直にそう答える。
ここで嘘を吐いても疑われるだけだしね。
「野盗だと?」
「ええ、半日ほど前に襲われたの。それで、道の近くに川や湖の類もなさそうだったから、止むを得ず此処まで血まみれのまま来たのよ」
「その割には君の付けている革の鎧にはさほど血が付いていないようだが?」
「ああこれ?元のは戦っている間に壊れちゃったから、野盗が使っていたのを剥いだのよ。剣もそうね」
「ふうむ……」
リーダーさんは私の言葉を訝しむように眉根を顰める。
でも残念、私はほぼ本当の事しか言っていません。
ちなみに、不慣れな土地で川や湖を探して森の中に入るとか、命を半ば捨てるような行為だと言ってもいい。
体を洗うための水を探して、命を失うだなんて本末転倒もいい所だ。
「ラスラー。それぐらいにしておいていいのではないかね。彼女はただの腕が立つヒトと見てよさそうだ」
「ですが……」
「野盗なら有無を言わさず襲い掛かって来ているし、妖魔なら尚更だ」
「依頼主である貴方がそう言うのであれば、仕方がありませんね」
と、ここで馬車の持ち主と思しき、立派な服装かつ恰幅の良い男性の言葉によってリーダーさん改めラスラーさんが退く。
ふう、何とか乗り切ったかな。
別に森の中で一夜を明かしてもいいんだけど、普通のヒトがやらない行動は出来る限り避けておきたいんだよね。
どこで私が妖魔である証拠を目撃されるか分かったものじゃないし。
「ソフィア……だったかね。そこの道を行くと川に出るから、服を洗ってくるといい」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきますね」
とりあえず、受け取れる好意は受け取っておくべきだろう。
私は馬車が置かれている場所の裏から伸びていた細い道を通って川へと向かい、血まみれの服と体を洗う事にした。
「さて、それでソフィアだったかね。君は都市国家を目指していると言っていたが、具体的には何処の都市国家を目指しているのかね?」
体を洗ってきて、多少はマシな状態だった替えの服に着替えて野営地に戻ってくると、日はすっかり落ち、野営地の外は深い深い闇に包まれていた。
で、そんな中で、私はヒトらしくたき火で髪の毛と服を乾かし、ついでに川で取ってきた魚を焼いていたのだが……先程の馬車の主さんからこんな質問が飛んできた。
なお、妖魔はヒトを食べなければ死ぬが、普通に餓死することもあるので、魚を食べる意味はきちんとある。
「何処と言われても……特に決めてはいませんね」
「決めていない?」
「ええ、私はアムプル山脈の山奥の方の出なので、都市国家と言う物についてほとんど知らないのです」
「ああなるほど……それならば知らなくて当然か」
さて、質問についてだが……これも素直に答えるしかないだろう。
実際、タケマッソ村の人間で都市国家について知っているとしたら、村長ぐらいのものだろうし。
「ではそう言う事なら、明日はそちらの道を行くと良い。そうすれば、昼過ぎには都市国家マダレム・ダーイに着くはずだ」
「なるほど」
「で、マダレム・ダーイに入ったら、アスクレオ商店と言う所で買い物をしてくれ。私の店なんだ。何なら紹介状も書いておこう」
「は、はあ……」
で、どうしてそんな質問をと内心で思っていたら……宣伝だったらしい。
何かしらの文章が書かれた羊皮紙も渡された。
まあ、お金は有るし、旅やヒトを狩るのに有用そうな物が有れば、買ってもいいだろう。
「では、私はこれにて」
「あ、ありがとうございます?」
とりあえず、いい笑顔を浮かべる強かな商人アスクレオさんに対して、私は曖昧な笑みを返すしかなかった。
嘘は言っていない
02/16誤字訂正