第1話「プロローグ」
異世界『トリスクーミ』。
広大なその世界の陸、海、空には多種多様な生物が生息している。
そして、そんな多種多様な生物の中でも、他の一般的な生物とは異なる特殊な生物が存在していた。
「うん、いい感じいい感じ」
その内の一種はヒトと言う。
ヒトは肉体の強さにおいてはそれほど優れた種では無かったが、その知恵と魔法を含めた技術を以て、『トリスクーミ』に生息する他のどの生物よりも版図を大きく広げ、今では村や町、ところによっては都市国家と言うものまで築き始めていた。
「お芋にブドウに茸。今日は豪華な夕食になりそう」
だが、『トリスクーミ』では絶対的な強者と言うものは存在しない。
獅子が牛を喰らうように、ヒトにも天敵と呼ぶべきものが存在する。
「でもどうせなら、もう少し集めておきたいかしら。もうすぐこうやって好き勝手する事も出来なくなるわけだし……」
その種の名は妖魔。
ヒトによく似た姿を持つが、ヒトでは無い生き物。
「あら?」
『トリスクーミ』の獣、植物、自然現象の特徴を兼ね備え、その力を自らの意思のままに振るう存在。
「何の音かしら?」
何の前兆も無く突然この世界の何処かに現れる存在。
「……」
「え……いつの間に……」
そして今、『トリスクーミ』はシュランゲ大陸の辺境、実り豊かなアムプル山脈の山中に新たな妖魔が一体現れた。
「あ、あの貴方は……」
「……」
手に持った籠の中に山の幸を沢山入れた少女の青い目と、妖魔の目が合う。
「まさか!?」
自らの前に現れた者の正体に勘付いた少女が、手にした籠を足元に落としながら、一歩後ずさりする。
「っつ!?」
そして少女は来た道を引き返すように駆け出す。
全力で、必死の思いで、助かりたいと言う一心で走り出す。
紐でまとめられた茶色の長い髪を揺らし、粗末なスカートをはためかせ、木で作られた靴を履いた足を動かして逃げ出す。
「……」
だが妖魔の目から見れば、少女の行動は酷く緩慢で稚拙なものだった。
そして、この世に現れたばかりの妖魔にとって、少女の存在は非常にありがたい物であった。
「ニッ……」
妖魔が駆け出す。
草を掻き分ける音もさせずに、無数の木々と起伏など最初から無かったと言わんばかりの速さでもって、自らに背を向けた少女の元へと駆けていく。
「アルッ……!?」
少女は誰かの名前を叫ぼうとした。
それがこの場に居ない誰かへの警告だったのか、助けを求める声だったのかは分からない。
少女がその名を叫ぶ前に、少女の口が背後から伸びてきた手によって抑えられ、声を発することなど出来なくなってしまったからだ。
「っ!?」
そして少女が手の主から逃げるべく暴れるよりも早く、少女の身体は胸に伸びてきたもう一本の手によって完全に抑え込まれ、身動き一つとれなくなったところに少女の白い首筋に一対の牙が突き立てられる。
「あ……ぐ……」
少女は音を立てながら、その場に倒れる。
その身を少女は自分の意思で動かすことが出来ず、段々と目の焦点も定まらなくなっていく。
「……」
そんな少女を手の主……妖魔はその手で抱え上げると、周囲を見渡し、樹下からは上の様子が見え無さそうな木を探し、登る。
「だ……れ……か……」
妖魔がヒトの天敵であるのには勿論理由がある。
妖魔は『トリスクーミ』に突然現れる。
それによって、ヒトが獣からその身を守るために生み出した数々の方策が意味をなさないと言う事も理由の一つである。
妖魔はヒトより優れた身体能力と特殊な力を有する。
それによって、一対一では大抵の場合妖魔の側に軍配が上がると言うのも理由の一つではある。
だがそれよりも何よりも、妖魔がヒトの天敵であるとされる理由。
妖魔の妖魔たる由縁が存在がする。
妖魔は……
「た……す……」
「……」
ヒトを喰らわなければ生きていけない生物である。
他の獣や植物で腹を満たし、水で喉の渇きをいやす事は出来ても、ヒトを喰らわなければ消滅してしまう存在である。
故に妖魔はヒトの天敵であるとされる。
「け……」
そしてこの日も一人の哀れなヒトが妖魔に食われることとなった。
「ふう……美味しかった。それに、これで生まれた直後に餓死するなんて事態にはならずに済んだかな」
この世界の名は『トリスクーミ』。
陸、海、空に多種多様な生物を抱える世界であると同時に……
「さて、これからどうしようかな?」
ヒトと妖魔が己の命を賭けて争い続ける修羅の世界である。
初めましての方は初めまして。
お久しぶりの方はお久しぶりです。
栗木下です。
新作でございます。
が、早速カニバっている上に、今後もこんな描写が沢山出ますので、苦手な方は素直に退かれた方がいいと思います。
なお、第2話は18:00、第3話は00:00更新。
その後は毎日12:00となりますので、どうぞよろしくお願いします。