幼馴染が毎日のように俺の部屋に来るから、とりあえず襲ってみた

作者: 葡萄ぱたり

2,3時間かけて6000文字ちょい書いたけど読んでみると案外少ないんだなあと知った今日この頃。

 

「はぁ、また来てたのか」


 学校が終わり帰宅すると俺のベッドには保育園から一緒の幼馴染が寝転んでいた。既に見慣れた光景で今更辞めさせようとは思わないのだが、学校帰りで疲れていた俺は、ため息と共に一応文句を言っておく。


「お前さ、毎日毎日俺の部屋に来るけどよく飽きないよな」


「えぇ〜? だってぇ家にいても暇なんだもん。今日は莉里華が学校休んじゃって遊ぶ相手いないしさ〜」


 そう、つまらなそうに呟くと、スマホをいじりながら仰向けだった姿勢からうつ伏せになろうと半回転する。その時、スカートが捲れて桃色の可愛らしい下着が見える。

 毎日こうやって俺の部屋に遊びに来て、もはやわざと見せてるのではないかと思うくらい毎日のように、何かしらで蒼の下着が視界の中に入ってくるのだが、どうにもこればかりは慣れない。


「……下着、見えてるんだが」


「ふっ、甘いわね……見せてるのよ」


「……」


 もう呆れてものも言えなかった。ドヤ顔で下着が見られていることを威張るやつにドギマギさせられていると思うと、なんだか無性に腹が立った。


「“栗生高一の美少女”さんがみだりに下着を見せるんじゃねぇよ」


 そう。なんと言っても幼馴染である蒼は、神様が丹精込めて造形したんじゃないかと思ってしまうくらいに、俺らの通う高校で一番と評されるくらいには顔立ちが整っていたのだ。そんな美少女の下着が目に入ってくる事態に慣れるわけないし、少し男の本能が荒ぶりそうになってしまうのも仕方がないことだった。


「“天使の側付き”が何言ってんのよ。別にいいじゃん。もう慣れたでしょ? 十年くらい毎日遊びに来てるんだから、もう数えきれない程私のパンツなんて見てきただろうしさ。……それに昔は一緒にお風呂入ってたもんね」


 スマホから目を外しニヤニヤと揶揄うようにこちらを見てくる。これも蒼の癖だ。俺なんかを揶揄って楽しいのか知らないが、こういう時はとても楽しそうな表情をする。


「おい、前も言ったけどそのあだ名嫌いだからそれで呼ぶのやめろ。周りが呼ぶならまだしも、天使本人がそれを使うなよ」


「は〜い、ごめんなさ〜い」


 反省していないだろうことが一目でわかる謝罪の仕方だ。しかし、そんな扱い方されても、心の底から怒りを覚えることはこれまで一回もなかった。


 惚れた弱み、か。


 保育園からの十年以上の付き合い。高校一の美少女と言われるほどの美貌。今も目の前でベッドでむにゅむにゅと形を変える、平均よりは確実に大きいであろう母性の象徴。揶揄われることも多いがそれを加味しても、過ごしていて一番楽しいと思える相手。


 これだけの要素が揃っていて惚れないようなら、そいつは男じゃないか、もしくは枯れた男。


 下着が見えていることを注意するのも、蒼がはしたないからとかそういうことではなく、他の男子の前でこういった無防備な行動をしてほしくないと思うちょっとした独占欲みたいなものだった。


「おい。蒼。パンツ」


「も〜タツうるさい。いいじゃんパンツくらい。だってタツ気にしないでしょ?」


「いや、そういう問題じゃ……」


「それに──こんな色仕掛けみたいなことしても一向に手出してこないし」


「ん、なんて言った? 聞こえなかったんだが」


 何かをボソッと言ったが、声が小さすぎて聞き取れなかった。それに何故か蒼の顔が若干赤くなっているし。


「いーえ、なんでもありません! タツはヘタレ童貞だなって言っただけですぅ」


「……」


 こいつ、俺がどれだけ我慢してるか知らずに……。一回痛い目、とまではいかないでも、まず俺を男と認識させた方がいいだろ。


「おい、蒼」


「ふぇ!? え、ええ、え!?」


 蒼が寝転がっているベッドの上に俺も乗り上がり、俺が蒼を押し倒したような格好になり普段より少し低めの声で耳元で囁く。


「蒼さ、俺のこと男としてみてないだろ」


「えぅ……そ、そんなこと」


「いいや、見てないな。俺のこと男だってちゃんと分かっていれば、さっきみたいに安易に下着見せたり、無防備にベッドで寝転がったりしないだろ。だってこんな風になることくらい簡単に考えられるんだからさ」


「…………」


「俺が我慢できなくなって襲っても文句言えないぞ」


「……タツならいい──」


「なんてな。冗談だよ。ただ、今後はもうちょっと気をつけろよ」


「…………ばか」


「へ?」


「ばかあ!!!!!!!」


「うげぇ!?」


 痛え!!


 名前とは真逆に顔を真っ赤にした蒼が思い切りベッドから俺を突き飛ばし、荷物だけ回収し部屋から出て行ってしまった。


 や、やりすぎた……。


 嫌われたかもしれないと絶望する。
















「龍也、お前ばかだろ」


「うっ……」


 翌日、この絶望感に耐えられず、昨日の出来事を誰かに相談すればこの沈んだ気持ちがマシになるだろうか、とこちらも保育園からの幼馴染である祐樹に部屋でのあれこれを話していた。


「いくら幼馴染とは言え彼女でもない女の子に襲うぞ宣言はやりすぎだろ」


「う、ううぅ、蒼……」


「……にしても蒼は龍也のこと好きになっているのかと思ったけどな」


「……なんて?」


 よく聞こえなかった。


「いーやなんでもない。次だ次。蒼のことは忘れて次の恋だ」


「……お前は莉里華と上手く行っていいよな」


「まあな。俺はお前と違って正攻法で迫って行ったから」


 莉里華というのも、俺らと保育園からの付き合いがある幼馴染だ。ちなみに昨日蒼が口にしていた莉里華というのはそいつのこと。


「ねえ君達、昨日蒼に何があったか知ってる? 熱はなさそうなのに朝からずっと顔赤いし、なんだか様子が変なんだけど……」


 そんな莉里華の話をしていると当の本人がやって来た。


「おう莉里華おはよう。聞いてくれよ龍也がさ」


「お、おい!」


 と、止める間も無く昨日の出来事をスラスラと莉里華に語ってしまった。


「あぁそんなことが。たっつんが、ねえ」


「……」


 蒼のそれとは少し違うが、莉里華も俺を揶揄う時楽しそうな顔をする。

 もう傷を抉らないでくれよ……。


「あはは、まあでも大丈夫だよ、たっつん。蒼も驚いただけだろうしさ。数日もすればいつも通り仲良くできると思うよ」


「……ほんとか? なんでそんな事わかるんだよ……」


 根拠の無さそうな言い分に疑問を呈すと、莉里華と祐樹は目を合わせて愉快げに笑う。なんだか俺だけ何も知らないような、そんな疎外感を感じた。


「龍也、安心しろ。俺もそう思うぞ。多分一週間もしない内にまた話せるようになるさ。だって時間がもうそんなに残ってないしな」


「ユウ君!!」


「あ、あぁすまん。これは内緒だったか」


「……? お前ら何の話してんだ? 時間がないって」


「「んー気にしないで」」


 と、声を揃えて誤魔化されてしまった。


「まあ何度も言うけど、安心しろって。俺と莉里華が保障してやるよ」


「うんうん。大丈夫だよたっつん」


 しかしその週は一回も蒼と会話をすることがなかった。当然の事として約十年間で初めて一週間近く蒼が家に来ない週になった。



「おい」


「……ん? ってうお! 何だお前! 何でそんな暗いんだよ!」


 明くる週の月曜日、先週蒼と会話をしなかったせいで落ち込んだ気持ちのまま学校へと向かった。


「お前、俺に、言った。数日で、仲直り、できる。でも、無理、だった。嘘、ついた」


「いや句読点多すぎ。……っておい、嘘だろ?」


「あの日から一回も会話できてない」


「はあ!? だって明日には……」


「……?」


「本格的に嫌われたか龍也」


「ぐはっ」


「やめなさいユウ君……。ほらユウ君、たっつんが」


 祐樹のセリフを聞いた瞬間、体から力が抜けて気づいた時には四つん這いになっていた。

 もう、だめか……。何で俺はあの日あんな事をしたんだよ。


「だってもう明日には、だろ?」


「そのはずだけど……」


 なんか二人がコソコソとしているけどよく聞こえなかった。

 俺のばか野郎……。


 その日も学校で蒼と話すことはなかった。




 が、



「は?」


「おかえりタツ」


 家に、というか部屋に戻ると見慣れた光景が──最近では見れていなかった光景がそこにはあった。


「え、夢、か? 遂に幻覚まで見えるようになったのか。おしまいだな俺も。死のうかな」


「ちょ、夢じゃないしそんな簡単に死のうとか言わないで!?」


「夢……じゃない」


 もはやちぎってしまおうかと思うくらいの強さで頬を抓るとちゃんと痛みがあった。痛みが夢じゃないと教えてくれた。


「私さ、タツの事好きだよ」


「え…………んっ!?」


 唐突の告白だった。痛みで意識はこれ以上ないくらいにハッキリしてたはずなのに、向けられた愛を理解できずに呆けていると、気づいた時には何かが俺の口を塞いでいた。


「もうちょっと。……んっ」


 蒼にキスされていた──俺の唇を塞いでいたのは蒼の唇だった。


 頭がぼーっとする。蒼の甘美な香りが脳を溶かしていくようだった。


 十秒ほどすると蒼の唇が離れる。


「タツも私のこと、好き?」


「……好き」


 蒼で支配された頭はもう碌に仕事をしてくれず、そう返すので精一杯だった。


「えへへ〜」


「可愛い……」


「ちょ、や、やめてよ恥ずかしいじゃん!」


 もう既に薔薇色に染められた顔だったが、より一層赤らんだ。


「……あの日はごめんね。突き飛ばしちゃって。怪我は……してないよね」


「あ、あぁ別にどこを痛めたとかはないけど」


「よかったぁ」


 心底ホッとしたのかため息を吐いた後、儚げに笑顔を浮かべる。

 いつもより数倍可愛く思う。愛しい。気持ちが一緒だと確認できたからだろう、いつもの笑顔じゃない。本当に愛しい。


「恥ずかしくてつい突き飛ばしちゃった。あ、でもでも嫌だったとかじゃないからね! あの時ももうタツのことが好きで、愛してて恋してて、あの距離まで近づかれたら何だかものすごい恥ずかしくなって」


「ごめん」


「もう、何で謝るの? 別に嫌じゃなかったんだって……むしろあのまま、タツが言ってたようなことになってもいいかな、って思ってた」


 俺が言ってたことってのは……


 ── 俺が我慢できなくなって襲っても文句言えないぞ。



「……ッ!」


「あはは、タツ顔真っ赤ぁ」


「そういうお前だって」


「え、嘘! は、恥ずかしい……」


 両手で顔を包むとどれだけ顔が赤くなっているのか理解したんだろう。わたわたと恥ずかしそうにしている。

 でも、そんな行動が俺にとって


「本当に可愛い」


「だ、だからタツぅ」


 ぽかぽかと俺の胸板を叩いてくる。蒼も本気で怒っているわけではなく、そこにはほとんど力が込められていなかった。


 それから二人で数時間、ベッドに腰掛けて絶え間なく会話を続け、気づくと夜九時を回っていた。


「もうこんな時間か。今日はどうする? ちょっと遅いけどウチで飯食べてくか?」


「とても魅力的な提案だけど、ごめんね。私今日はあんまり長居できなくてさ。そろそろ帰るね」


「ん……そっか。もう帰るか」


「そんな寂しそうな顔しないでよ、タツ。私だってホントに寂しいんだからね。本当は帰りたくないもん──でも時間だから」


「うん、分かってるよ。またウチ来いよ」


「…………うん。また、来るね。そしたらまた今日みたいにキスしよ」


 それだけ言うと俺の部屋を出て行った。


「あ。あいつペンダント置いて行ってるじゃんか」


 俺ら幼馴染四人組が入学式に撮った写真が入れられているペンダント。

 まぁでも明日返せばいいか。













 しかし、次の日蒼はこの街を去っていた。


 聞くと、蒼のお母さんが体調を崩しその治療のためここを離れる必要があったらしい。既に蒼の父は事故で他界しており、蒼とそれに妹はついていかざるを得なかった。

 この事実を知らなかったのは四人組の中で俺だけ。他二人には前もって伝えていたが俺には──愛してくれていた俺には伝えたくなかったそうだ。伝えるとこの地を離れたくなくなるから。












「龍也先輩、好きです! 私と付き合ってください!」


「……こんな俺を好きになってくれてありがとう。でもごめんね、俺好きな人がいるから」


「わ、わかりました……。こ、これからも仲良くしていただけると嬉しいです」


「もちろんだよ。こちらこそよろしくね」


 そのまま彼女は涙を流しながら去って行ってしまった。


「女泣かせだね、龍也は」


「祐樹か。見てたのか。趣味悪いぞ」


「偶然通りかかっただけだ」


 たまたま、と両手を上げ首を横に振りながら弁明をする。

 俺もこんなところを見られたのは何だか恥ずかしい気もするが、本人に悪気がないようなので咎めないことにした。

 蒼が去ってから、ありがたいことに数回告白はされているものの、それら全て受け入れる気持ちにはならなかった。


「蒼……だよな」


「それも聞いてたのかよ。ああそうだよ、女々しいことにまだ引きずってるよ」


 高校一年生の夏、蒼がこの街を去ってから二年近く経って今はもう高校三年生の夏。未だに俺は蒼の事を想っていた。


「女々しいなんて思わないけどな」


「いいや女々しいよ。捨てられた男が二年も思い続けているなんてな」


「あれは捨てられたわけじゃ……」


「分かってるさ。被害者意識に陥ってなきゃやってらんないんだよ。被害者じゃなきゃ会いに行きたくなってくる。でもそれはダメだ。何も背負っていない俺が、家族を背負っている蒼に“彼女”を要求するのは」


 家族を背負っている蒼に俺という負担を背負わせてはいけない。


「家族を背負っている、ね」


「何だよ」


「いや、要は蒼のお母さんの治療が終わって、蒼の背負いこんでいることが解消出来たら、お前は蒼とまた──蒼に“彼女”になってほしいってことだろ」


「そう、だな。いや、それ以前に蒼が俺のこと今も愛してくれているか不安なんだけどな。もし愛してくれているのなら、そうだな」


「ふーん、そか。まあ今日はいい事あるかもな」

「……?」 



 今日の祐樹はよくわからなかった。












 授業が全て終わり家に帰る。家に帰っても受験生ゆえ家でも勉強しなければならない。しかしこの時間は嫌いじゃなかった。勉強に集中できてセンチメンタルな気持ちにならなくて済むからだ。


 トントン、と部屋の扉が軽く叩かれる。

 キリのいいところまで勉強を進め、一旦休憩をとっていたところ、母さんだろうか、ノックされた。


「どうぞ」


「お邪魔しまーす」


「!?!?!?」


 ここ二年聞いていなかった、聞けていなかった声だった。ここ二年見ることが出来なかった顔だった。


「え、あ、蒼……?」


「そうだよ、蒼ちゃんだよ。久しぶりタツ」


 二年ぶりに会う彼女は全く変わっていなかった。いや、唯一髪がボブくらいの長さから腰あたりまでに伸びていた。でも、紛れもなく蒼だった。


「夢か……?」


 目の前の光景が信じられず、夢なんじゃないかと頬を抓るもちゃんと痛かった。


「も〜タツ二年前もそうやってほっぺた抓ってたよね」


 クスクスと楽しそうに笑う姿も二年前と全く変わらない。徐々にこの光景が現実味を帯びてきた。


「本当に蒼……?」


「本当の本当に蒼だよ。二年間もお待たせ。やっと帰ってこれたよ」


「で、でもお母さんは」


「無事、完治いたしました! だから私戻ってこれたんだよ。タツと恋人できるんだよ……」


 目の前の蒼はもうボロボロと涙を流していた。俺も多分泣いてしまっている。


 だって、だって……


「蒼! もう絶対にどこにも行かせない! ずっと俺といてくれ」


「うん……そのつもりだよ。そのために帰ってきたんだから」


 もう絶対に離さまいと、絶対に逃さまいと思いきり抱きつく。


「もぉタツ痛いよ〜」


「ごめん、今だけは。今だけだから」


「いいよ」


 子供を慰めるように、よしよしと俺の背中が蒼の小さな手で撫でられる。

 とても、とても安心する。暖かい。


 数分間抱き合うことでお互い落ち着くことができた。


「ねえタツ、私とここでした最後の約束覚えてる?」


「勿論だろ。俺が忘れるわけない」


「そっか、じゃあ……」


 ────おかえり蒼。



 俺たちは口づけをする。