第52話・危険物と書いてフェルドラル
「……あの、フェルドラルはどうしてお母様の魔力を受けつけなくなったんですか?」
自分の時は普通に魔力供給が出来ていたし、どこにも問題はなかった。そう思い、ルーリアはずっと気になっていたことを尋ねてみる。
「エルシアは乱暴すぎます。わたくしは今までに何度も放り投げられ、踏まれ、宿に置き去りにされ、叩き落とされたのです。わたくしの我慢はとうに限界を超えました。もうエルシアには手を貸したくありません」
「ええっ!?」
なんと、まさかのストライキだった。
その話が本当なら、エルシアのしたことはひどいことだが……。
「外に置き忘れをされることも多く、その度にエルシアの仲間が探しにくるのを待つのですよ? こんな屈辱は初めてでしたわ」
その話をガインは何とも言えない顔で聞いていた。反論しないところを見ると、やりかねないのだろう。
フェルドラルは話しながら当時の怒りが込み上げてきたのか、握った拳をワナワナと震わせている。
「置いていかれるくらいなら、自分で付いて行けば良かったのではないですか?」
「わたくしは美少女の主以外の前で、この姿を見せるつもりはございません」
…………どんな拘りですか、それ。
「では、お母様はフェルドラルのこの姿のことは……」
「一度も見たことはございません」
きっぱりと言い切り、つんと横を向いてフェルドラルは腕を組んだ。
エルシアがこの姿のことを知らないのであれば、ガインに判断してもらうしかない。ルーリアの無言の視線を受けたガインは、深いため息をつき、フェルドラルに真剣な声で尋ねた。
「お前は今でもミンシェッド家と関係があるのか? それとも全くないのか?」
ガインに話しかけられた途端、フェルドラルはムッと眉を寄せ、不快感をあらわにする。
「わたくしを『お前』と呼ぶのは止めていただけますか? だいたい、わたくしは男という生き物が好きではありません。人によっては虫ケラ以下だと思っています。貴方と話すことなど何もございませんわ」
そう言って、ふん! と顔を背ける。
「……く……っ」
このままでは話が進みそうにない。
ルーリアはフェルドラルの服の端を掴んだ。
「……フェルドラル。お父さんはわたしにとって、とても大切な人です。だから二人が言い争いをしていると、すごく悲しいです」
切なげな瞳でじっと見つめれば、フェルドラルは諦めたように長いため息をつき、渋々といった様子でガインの質問に答えてくれる。
「……わたくしは確かに神の手によりミンシェッドの一族に下賜されました。ですが、わたくし自身があの一族に仕えている訳ではありません。わたくしは自分の主は自分で決めます。今は姫様だけが、わたくしの主ですわ」
フェルドラルの話す様子をガインは注意深く見据えていた。口にした言葉を嘘ではないと判断した顔で頷く。
「…………そうか。分かった」
あの一族と繋がりがないのであれば、今はそれでいい。フェルドラルの強さが読めないから、まだ完全に気は抜けないが、ガインはひとまず息をついた。
「ところで、いつわたしがフェルドラルの主に決まったんですか? 家にいる時は弓のままでしたよね?」
「あの時は単純に魔力が足りなかったのです。姫様が魔力を与えてくださった時に、運命の出逢いは果たされました」
契約のようなものを交わした覚えはない。
魔石に魔力を流したことが、それに当たってしまったのだろうか?
フェルドラルは「エルシアに子がいることは知っておりましたが、まさかこれほどの美少女だったとは……」と、今までルーリアに気付かなかったことを後悔していた。
基本的にエルフの女児は母親に似る。
だからフェルドラルが容姿を褒める度に、憧れのエルシアに似ていると言われているような気がして、ルーリアは嬉しくなった。
「そういえば魔力供給の時、あんなに大きな魔法陣なのに、あまり魔力が減らなかったんですけど。……あれは?」
「わたくしは自力で魔力の供給が可能です。出来るだけ姫様から奪わないように気をつけていたのですわ」
「自力で!? 魔術具なのにですか?」
それはもう魔術具の域を超えているのでは?
「じゃ、じゃあ、どうして魔力が足りなくなったんですか?」
「全部、エルシアのせいです」
あ、ストライキしてたんでしたっけ。
お母様に使われたくなくて。
「でもそれなら、わたしが魔力供給をする必要はなかったんですね」
するとフェルドラルは素早くルーリアの手を取った。
「いいえ、姫様。そのようなことは決してございません。姫様に触れていただければ、わたくしはそれだけ早く魔力を回復することが出来ますので」
「え? どうしてですか?」
「萌えますから」
「……も、え……?」
フェルドラルが何を言っているのか分からないが、何となく身の危険を感じたルーリアは手を引っ込めた。
「姫様がお顔を赤くされ、悶えていらっしゃったお姿は、とても素晴らしかったですわ。あれこそ萌えです。おかわりを要求いたします」
……わたしが、顔を赤く?
「あ! もしかして、あの時ですか!?」
たぶん、ガインのしっぽに飛びつく自分に恥ずかしくなっていた時だ。やけに早く魔力供給が終わったと思ったら、そんな理由だったなんて。
「わ、忘れてくださいっ! 今すぐに!」
ルーリアが赤くなった顔を手で隠すと、フェルドラルは頬に手を当て、その様子を愛でた。
……あれ? でも、あの時は確か……。
心の中で思っただけで、ルーリアは声を出していなかったはずだ。
「ま、まさか、わたしの心の中を覗いたんですか? えっ、それは魔力を流している間だけ? それとも、触れている間、ずっと……?」
顔色を悪くするルーリアを見て、フェルドラルはゆっくり口の端を上げていく。
「んふ。それはご想像にお任せいたしますわ」
いやあぁぁぁ~~……!
ルーリアは心の中で絶叫した。
「じゃ、じゃあ、最後にわたしからたくさん魔力を吸ったのは? あれは?」
「あれは、姫様の味を確かめたのですわ」
味!! 魔力に味あるの!?
「とても美味でしたわ」
フェルドラルは優美な笑みを浮かべ、ルーリアの耳元で甘く囁き、そして唇に艶を出すように妖しくひと舐めした。
────!……っ。
ピシッと、ルーリアは涙目で固まる。
遊び道具にされていたのは、自分の方だった。
魔術具の武器、恐るべし。
「おい、娘にあまり変なことを言うな」
「ああ、そういえば貴方。一応、姫様の親でしたね」
「……ッ、この──」
目には映らないが、二人の間には火花が飛び散っているように見えた。「ハッ」とフェルドラルが一笑し、ガインに冷やかな視線を向ける。
「姫様と共に暮らしておきながら、大切なことを教えて差し上げもせず、貴方は何をしているのです? 貴方の怠慢は、そのまま姫様の涙となっていますが、それでも親ですか?」
「何っ!? 何かあったのか?」
ルーリアの涙と聞いたガインは表情を一気に曇らせた。そろっと心配そうな目を向け、返事を待つようにじっとルーリアを見つめる。
……うぅっ。
フェルドラルが言っているのは、間違いなく鹿のことだろう。ルーリアは言葉を探したが、目を逸らして俯くことしか出来なかった。
自分の意思で生き物の生命を奪ってしまったことを、ガインに知られるのがすごく怖い。
「姫様を傷つけまいと現実から遠ざけて見せないようにすることと、傷つかないように見守り、それを避けられるように導いていくことは似ているようで違います」
その言葉にガインは耳が痛くなった。
ルーリアを外の世界から遠ざけていた自覚はある。
「貴方は姫様を大切にしてはいますが、それが成長の妨げになっていることもあるのです。『親だから』と、必要以上に過保護にするのは良くありませんわ」
それはエルシアからも言われていたことだった。何ならユヒムやアーシェンにも言われたことがある。ガインはぐうの音も出ない。
そんなガインを見つつ、フェルドラルは勝ち誇った顔でルーリアの背後に立ち、抱き込むように腕を回した。
「という訳で。姫様のお側には、今後わたくしがお供いたします。今まではエルシアの手にありましたが、それが姫様に変わるだけの話です」
持ち主が変わるだけ。その言葉で、ガインは自分がフェルドラルをそこまで危険視していない理由に納得がいった。
フェルドラルが本気でエルシアやルーリアに危害を加えるつもりなら、とっくにどうとでもなっていたからだ。
「わたくしは何があっても姫様の味方です。裏切りは有り得ません。わたくしの名に懸けて姫様のお力になりましょう。……そういった存在が貴方には必要不可欠なのでしょう?」
フェルドラルが鋭い視線を向けるとガインは真剣な目で受け止め、それからフッと表情を和らげた。
「……分かった。俺の負けだ。ルーリアを頼む」
「んふ。引き受けて差し上げましょう」
こうしてガインに自分を認めさせたフェルドラルは、この時から晴れてルーリアのお供となったのだった。
…………わたしに選択権はないんですね。
この先も選択権がもらえる日は来ないと思う。
その後、ガインの言いつけを破ったことについて、ルーリアはこんこんと説教をされたのだった。