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第43話・白虎にまっしぐら


 ルーリアは間を置かず、ガインの足元に鋭く尖った氷を出現させた。それはもう、大きな針の塊のようにザクザクと。


 しかし無詠唱で出したにも関わらず、ガインは身を(ひるがえ)してそれを避けた。

 地面を蹴って飛び退き、氷の出現ポイントが分かっているように何もない場所へ着地しようとする。


 ……! さすがに反応が速いですね。


 最初から魔法が当たるとは思っていない。

 その場所を空けていたのは、わざとだ。


出現せよ、氷塊シューツ・スェル・リンツェ!』


 ガインに向かって延びるように、アーシェンが氷で段状の道を空中に作る。ユヒムがその上を渡り、ガインの着地に合わせて背後から斬りかかった。


「はあぁっ!!」


 念のため、ユヒムの剣にはルーリアの風魔法が掛けてある。当たっても斬れたりはしない。

 ユヒムの攻撃に合わせ、ルーリアは風と地の複合魔法をガインに掛けた。上から押さえつけ、身体を何倍も重くする。


「ッ……ハァッ!」


 短く()え、ガインが全身に紫電をまとう。

 バリッ! と、木を裂くような音を立て、ガインに掛けた複合魔法がいとも簡単に相殺されてしまった。


 ──ッ! な、何ですか、あれッ!?


 まさかガインの魔法耐性がここまでとは。

 一瞬だけ見えた雷魔法のようなものは何だったのだろう?


 ガインは素手でユヒムの剣を掴むと、流れる力を利用してグンと引き寄せた。そのまま自分から引き離すように、円の動きでユヒムの身体を剣ごと放り投げる。が、そこにはすでにアーシェンが氷で足場を作っていた。


 ユヒムは投げ出された勢いを着地と同時に蹴る力に変え、力を込めてガインに剣を振り下ろす。

 避けるのは間に合わないと、ガインは身体の前で腕を交差させ、攻撃をそのまま受け止めた。


 痛いッ!


 鈍い音が響き、ルーリアは思わず目を(つぶ)る。

 見ているだけでジンと腕が痛くなりそうな防御だが、ガインはわずかに足を引いただけで涼しい顔をしていた。特にダメージはなさそうだ。


 ……わ、防御も硬いんですね。


 ルーリアはユヒムに風魔法を重ね掛けし、速度をもう一段階上げた。最初から速さを上げ過ぎると目も身体も付いて来ないため、ガインに一撃を入れることが出来たら上げるようにしている。


 ……では。


 ルーリアはガインを火魔法で大きく囲んだ。

 そこに地魔法を混ぜ、物理的な炎の檻を作り出す。さすがにこれは熱いだろう。


 素手のガインがどうするのか、ヤケドの心配もあるからルーリアは注意深く見ていた。

 燃え盛る炎の檻の中で、ガインは何かを考え込んでいるようだ。


「行動不能ですかー?」


 ガインは訓練中であることを忘れ、ルーリアの魔法の使い方に疑問を感じていた。

 攻撃魔法は習っていないと言っていたが、その線引きがどこかおかしい。逆に言えば、どこからを攻撃だと思っているのだろう?


「済まん。正直、舐めてた。ちょっと真面目にやってもいいか? 面白そうだ」

「いいですよー」


 やっぱりお父さんは遊んでいた、とルーリアは胸を撫で下ろす。心配する必要はなさそうだ。


 じゃあ……と、ガインが身を低くする。


 と、次の瞬間。


 炎の檻があっさりと壊され崩れ落ちた。

 檻には金属を混ぜ、それなりに強度を出していたのに、何をされたのか分からない。

 そしてガインの手には、弾き飛ばされたはずの鞘に入った剣があった。


「えっ! いったい、いつの間に!?」


 目に見えない動きは、まるで魔法のようだ。

 それでも、ユヒムはすでに動いていた。

 果敢にもガインの懐近くに飛び込み、かすかに隙が見える箇所を的確に狙う。


 だが、ガインはそれをさらに上回っていた。

 二人は剣術の試合でもしているかのように、正面から何度もぶつかり、刃と鞘の当たる音を立てながら攻防を繰り返す。


「……う~ん」


 ユヒムも決して悪い動きではないのだが、ルーリアにはどうしてもガインが小枝で軽く払っているようにしか見えなかった。どうにも遊ばれている感が拭えない。

 剣の腕は明らかにガインの方が上のため、ルーリアはせめてとユヒムの速度をガインに合わせていった。


 次の作戦だ。魔虫の蜂蜜で魔力を回復させたアーシェンとルーリアは視線を交わす。


 ……では、行きます!


出現せよ、氷塊シューツ・スェル・リンツェ!』


 ユヒムの足元にアーシェンが氷を出す。

 乾いた滑らない氷だ。

 そしてガインの足元にはルーリアが氷を張って水を撒いた。めちゃくちゃ滑るはずだ。


 アーシェンのタイミングが一瞬でもずれると、ユヒムは大ケガをする。息がピッタリと合う二人だから出来る技だった。


 一方のガインは着地が上手く出来ずにいる。

 足元がツルツルだから、バランスを取るだけでも苦労するだろう。転びはしないが重心を低くするため、動きはかなり遅くなっていた。


 それでもユヒムより、まだ少しだけ速い。

 ユヒムの速度が上がると、ガインはそれよりほんの少しだけ速く動けるように調整しているようだった。


 次にルーリアはユヒムの剣に風と地の魔法を重ね掛けする。これで一撃一撃が速く重くなるはずだ。

 ガインの足場が悪くスピードも落ちているため、パッと見では二人が互角に戦っているように見える。

 しばらくルーリアはガインの足場を崩し、アーシェンはユヒムの足元を支えた。


 ……なんかちょっとだけ楽しそう?


 剣を交えている二人が少し笑っているように見えた。


彼の者に癒しの光を(ルクリ・ノアージ)


 そろそろ体力的にきつい頃合いかと思い、ユヒムに回復魔法を掛ける。その様子を、なぜかガインは羨ましそうな顔で見ていた。


 ルーリアはユヒムとアーシェンに目配せをして、最後の仕掛けへとガインを誘い出すことにする。

 今まで掛けた火、風、地、水の魔法で、地面を削って作った物理型の複合魔法陣。その真ん中へ、ガインを押し込む作戦だ。

 バレないように魔法陣の表面には目隠しの魔法が掛けてある。今までの魔法はこのための偽装だった。ちょっと反則っぽいが、これも補助魔法だから大丈夫だろう。


 ユヒムとガインが激しくぶつかり合う中、アーシェンとルーリアはタイミングを合わせ、火と風の魔法を大きく放った。

 そしてユヒムが離れ、ガインが魔法陣の真ん中に足を着けた、その瞬間。


 ──勝った!


 ルーリアはすぐに魔法陣を起動させた。

 四属性の複雑な檻を作り、完全に動きを封じる仕掛けだ。さすがのガインでも、この檻からは簡単に抜け出せないはずだ。


 しかし、その術式が積み上げられていく魔法陣の真ん中で、ガインはこちらに幻惑の金色(クライオフェン)の瞳を向け、フッと口の端を上げて不敵に笑った。


「──!!」


 その時、何が起こったのか。

 ルーリアには分からなかった。


 突然、目が眩む真っ白い光が辺りに溢れ、気付けば目の前に、白い毛に黒のしま模様の大きな獣が姿を現していたのだ。


「な……ッ!?」


 その獣は大きな手爪で魔法陣と檻を壊し、ユヒムにバチッと雷撃を当てた。


「──」


 呆気なく、ユヒムがその場に倒れ込む。

 すると、その獣はユヒムの襟首を咥え、ヒョイッと身軽くルーリアの元へやって来た。

 靭やかな体躯に柔らかな毛がふわりと揺れ、黒で描かれた模様は高貴な雰囲気さえある。


「…………っ」


 それは、ほんの一瞬の出来事だった。



『なかなか面白かったぞ』


 咥えていたユヒムを離し、見たことのない白と黒の獣がガインの声でルーリアに話しかけてくる。


「!? えっ、お、お父……さんッ!?」

『……そうだが』


 その返事を聞いたルーリアは、考えるより先に身体が動いた。ぎゅ~~~~っと、ガインに抱きつく。


『ッ!?』


 そんなルーリアの突然の行動に慌てたのは、怖がって泣いたらどうしようと思っていたガインの方だった。


『な、なな何だッ!? どうしたっ!?』

「すごい! 可愛いっ!」

『は!? か、可愛いだとッ!?』


 ガインはルーリアの予想外の反応に声が裏返った。

 どこからどう見ても獰猛な猛獣の白虎だ。

 娘からそんなことを言われるとは思ってもいなかったし、しかもルーリアが自分から抱きついてきている。


 ……俺は夢を見ているのか。


 少し前に『好き』とか『素敵』とか言われた気がしたが、あれは空耳ではなかったのか。

 思わぬ展開にガインは呆然となった。


『……俺は今日、死ぬのかも知れない』


 ルーリアがはしゃいでガインの首に抱きついていると、面白いものを見た顔でアーシェンは口元を押さえる。


「ふふっ。エルシア様とはまた違った反応ですね、ガイン様」


 アーシェンは気を失っているユヒムに微笑みを向け、回復魔法を掛けた。


「……今日は今までで一番楽しそうだったわよ、ユヒム」



 少し経つとユヒムも目を覚まし、目の前の緊張感のない光景を見て戦闘訓練が終わったことを察した。


「……触ったら嫌ですか?」


 ルーリアは逃げ腰になっている白虎のガインに、じりじりと詰め寄っていた。


『ルーリア、落ち着け』

「触りたいです」


 もふもふ! もふもふしたいっ!


 ルーリアの獲物を狙う目はガインもたじろぐほどだった。ここまでストレートに自分の欲求を口にするルーリアは初めてだ。


『お前といい、エルシアといい、エルフは変な呪いにでも掛かっているのか?』


 呆れた声を上げるガインに、ルーリアは爽やかな笑顔で返す。


「良いではないですか、減るものでもないのでしょう?」

『……ルーリア。お前、性格が変わってるぞ』


 ばふっとガインの身体に飛びつき、ルーリアはぐりぐりと存分に顔をうずめた。


 はあぁぁ~~……。

 ふわふわしてて気持ちいぃ~~っ。


 ガインはルーリアを背中に乗せたまま、その場に横たわって深くため息をつく。


『……お前ら、言いたいことがあるなら言え』


 生温かい目で見ているユヒムとアーシェンに、ガインはムスッとした顔を向けた。


「ふふっ、何か、微笑ましいですね」

「ルーリアちゃんがここまで変わるとは思いませんでした。どうして今まで見せてあげなかったんですか?」


 ユヒムたちはガインが白虎であることをルーリアには教えないように言われていたが、その理由を聞いたことはなかった。


『……ただでさえ怖がられていると思っていたんだ。この姿を見たらもっと怖がると思うだろ、普通』


 そんなガインの気苦労などお構いなしに、ルーリアは背中に張りついて至福の顔でもふもふを堪能しているのだからどうしようもない。


「はは、それは……取り越し苦労でしたね」


 長年の気遣いが全くの無駄だった。

 そんなガインに、ユヒムは気の毒そうに苦笑いを返すことしか出来なかった。



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