第28話・残された爪痕
どうする? エルシアを呼ぶべきか!?
そう思った時、ギーゼたちに回復魔法と癒しの加護が掛けられた。
エルシアか、よく見てくれている。
これなら任せておいても大丈夫か。
後方への心配はなくなった。
ガインはギーゼたちに攻撃された怒りを込め、黒い巨体に斬りかかる。二人から引き離すように、邪竜を山の方へ力任せに圧して行った。
「はッ!」
渾身の力を込め、邪竜を地面に叩き伏せる。
短い間だったとは言え、ガインは神殿の騎士団長に選ばれるだけの実力はある。深い傷を負い、弱っている邪竜はガインの敵ではなかった。
怒りをぶつけることで少しだけ溜飲は下がったが、冒険者たちの目もある。このまま邪竜にとどめを刺してもいいものか、ガインは迷った。
すると、邪竜が最後の力を振り絞るように、唸り声を上げて傷んだ翼を広げる。飛んで逃げる気だ。
「させるか!」
ガインは邪竜の片翼を斬り落とし、金色の瞳で冷たく見下ろした。もはや勝負はついている。
とそこへ、冒険者の一人が合流してきた。
さっき黒いブレス攻撃を受けた剣士の一人だ。
確か、オズヴァルトと呼ばれていたか。
その剣士は今から極大スキルを使い、一撃で邪竜を仕留めると言ってきた。青年になったばかりのような、若い剣士が、だ。
……一撃で、だと? 任せても大丈夫か?
邪竜ほどではないが、オズヴァルトもボロボロに傷つき、力が尽きかけているように見える。
それなのに、なぜか他の冒険者たちは『そいつに全てを託した!』といった、期待に満ちた顔を向けている。
……変なイジメとかじゃないよな?
本人がそれでいいなら別に構わないが、どうなっても責任は取らんぞ、と思いつつ、ガインはとりあえず任せてみることにする。
邪竜をここまで追い詰めたのは、この冒険者たちだ。本当にやばいと思った時は助けに入ればいい。
力を溜める間、邪竜の注意を引きつけて欲しい。スキルを確実に当てるため、攻撃に合わせて隙を作って欲しい。
補助として協力を求められたガインは、オズヴァルトからその二つを依頼された。タイミングとしては、剣先まで刃が光ったら準備完了だそうだ。
……まぁ、やってみるか!
「ふっ!」
ガインは邪竜の正面に立ち、反撃する隙さえ与えないように素早い動きで斬り込んだ。
オズヴァルトが狙われないように徐々に速度を上げていく。
オズヴァルトの周りに光の粒子が集まり、剣が光を帯び始めた。淡い光の粒が剣刃に集められていく。
……光の攻撃スキルか。まさか、な。
ガインは攻撃を加速させ、一撃ごとに深く、重く力を込めていく。攻撃が足の付け根に入り、邪竜が大きく揺れてよろめいた。
リイィィ──────ン……
高く、鈴のような音が響く。
剣先まで強い光が満ちるタイミングを見計らい、ガインは思いっきり邪竜を下から斜めに斬り上げた。大きな隙が出来る。
「今だ!」
ガインの声を受け、オズヴァルトはカッと目を見開いた。
『はぁああッ!! 遍く天の力よ、光に帰せ!!』
オズヴァルトは光る刃を邪竜に向け、一直線に振り下ろす。
「──!!」
目も眩むほどの、まばゆい光。
同時に起こる、時を削るような音と衝撃波。
そして──、その後の静寂。
それは、まぎれもなく極大スキルだった。
宣言通り、一撃で邪竜を葬り去ったのだ。
巨大な黒い竜は、その場から綺麗さっぱりとその姿を消し去っていた。
光の極大スキルで邪竜を討ち取った青年剣士、オズヴァルト。あとで知ったのだが、彼が現役の『勇者』であった。
◇◇◇◇
「そいつは俺が背負うから、他は悪いが歩いて付いて来てくれ」
ガインとエルシア以外、その場にいた者は何かしらのダメージを負っていた。勇者パーティに至っては、全員が満身創痍だ。
「……何から何まで済まない」
長時間、冬の雪山にいた勇者パーティは、早く温かい場所で休ませてやる必要がある。
動ける者には自分で歩いてもらい、ひとまずガインは山小屋へと向かった。
エルシアはひと足先に、結界の魔術具の修復に向かっている。ガインにとっても邪竜の後始末より、そっちの方がよっぽど大事だった。ほんの少しでもルーリアを危険に晒す訳にはいかない。
「さっきは本当に助かりました。ありがとうございます」
勇者は、オズヴァルト・タウセルと名乗った。
輝くような金の髪に整った顔立ちで、いかにもといった好青年だ。歳は16、7といったところだろうか。
若いからか、勇気、希望、仲間……そういったものを強く信じている光を宿し、澄みきった海のような深い青色の瞳をしている。
山小屋に着いたガインはすぐに暖炉前にオズヴァルトたちを案内し、薬草茶を振る舞って身体を温めさせた。
家に入れたはいいが、エルシアに会わせるかどうかでガインは迷う。口封じの魔術具をオズヴァルトたちが身に着けてくれるとは思えない。
そんな風に悩んでいる内に、ギィッと裏口の扉の開く音が聞こえ、エルシアが家の中に入ってきた。黒い髪、黒い瞳の、人族の姿で。
「っ!?」
ガインは思わず吹いた。
そんな特技があるとは聞いていない。
エルシアは誰にも見えないようにガインをひと睨みすると、オズヴァルトたちに向かって貼りつけたような微笑みを浮かべた。ちなみに人族に変身していてもエルシアは美人だ。
「初めまして。ガウルの妻のエーシャです」
ガインは口の形だけでエルシアに『は?』と言った。
何だ、その設定は!? 誰だよ、ガウルって!
突然始まったエルシアの寸劇に、ガインは心の中で突っ込む。何の打ち合わせもなしで、これはきつい。
ギーゼもシャズールもポカンと口を開けていた。自分もそっちの仲間に入れて欲しいとガインは思う。
「初めまして。オズヴァルトと言います。突然、押しかけてしまってすみません」
若い勇者は申し訳なさそうに、エルシアに挨拶をした。誠実そうな姿勢と言葉遣いには、その人柄の良さがにじみ出ている。
「いいえ、こんな山奥ですから気になさらないでください。良かったら傷を見せてもらえますか? 回復魔法を掛けますので」
「いえ、そんなご迷惑はかけられません。さっきもガウル……さんに回復薬を分けてもらいましたので」
オズヴァルトはチラッとガインの方を見ながら、丁寧に感謝の言葉を口にする。
そんな二人の会話に『止めてくれ。俺はそんな名前じゃない』と、ガインは無言で抗議するが、エルシアは全く見ていない。
「そんなに遠慮なさらなくても大丈夫ですよ。回復薬は取っておいてください。……あら、これは……?」
オズヴァルトや他の者の肌にある黒色の異状を目にしたエルシアは、回復魔法を掛けた後、眉を寄せて難しい顔をした。合わせて四人が受けた、邪竜の黒いブレス攻撃の痕だ。
勇者は左腕。もう一人の剣士は両手両足。
ギーゼは首から右肩にかけて。シャズールは左足だ。
「お二人はこちらの部屋へどうぞ」
エルシアはギーゼとシャズールを奥の音断部屋に案内した。普段なら密室に男と入るなど決して許さないが、今はそんなことを言っている場合ではない。きっと変色した部位について調べるのだろう。
……もし偽名とか、変な設定の説明をするのなら、俺も一緒に聞きたいのだが。
それはさておき、ガインはその間、オズヴァルトたちから邪竜についての話を聞くことにした。
エルシアが言っていた通り、少し前に主である魔王が亡くなり、制御を失った邪竜が連日各地で暴れ回っていたらしい。
各国から要請を受け、勇者パーティが討伐に向かい、三度目の今回にしてやっと邪竜を追い詰めることが出来たそうだ。
先の二回は空振りしたらしいが、相手の邪竜が自由に飛び回るのだから、それは仕方がないと言えるだろう。
今回の戦いで大切な仲間を一人失った。
オズヴァルトはやるせなさに沈んだ瞳で、力なくそう声を落とした。
扉の開閉音がして、奥の部屋からエルシアたちが出てくる。結論から言うと、エルシアにもこの黒い変色が何であるか分からなかったそうだ。
今のところ色が気持ち悪いこと以外、本人たちに自覚する症状はないらしい。時間の経過と共に身体を蝕む呪いかも知れない、とエルシアは呟いた。
オズヴァルトたちは「北の山に残してきた仲間を早く弔ってあげたい」と告げ、早々にここを離れて行った。
エルシアは別れ際、オズヴァルトに魔術具を一つ手渡し、「ここへの鍵です。もし変色した身体のことで何かありましたら、いつでも訪ねてきてください」と伝えた。
勇者たちが森の外へ出たのを確認すると、エルシアは魔術具を起動させ、すぐに結界を張り直した。半球型の透明な膜が土地を覆い、外周が迷いの森へ、家の周囲も隠し森へと変わる。
エルシアはエルフの姿に戻ると、すぐにルーリアを地下から連れてきた。
きょとんとした金色の瞳でガインたちを見つめるルーリアは、きっと何を知ることもなく、地下でぐっすりと寝ていたのだろう。毛布に包まれてぬくぬくしていた頬が薄紅色に染まり、顔色が良い。
話をするなら、とエルシアが茶を淹れようとすると、「とんでもない!」とギーゼたちは大慌てしたが、「いいから黙って座っていろ」とガインがたしなめたことで、全員テーブルに着く。ルーリアはエルシアの膝の上だ。
ギーゼとシャズールの黒く変色した身体を目に映し、ガインは腕を組んで眉間にシワを寄せた。
二人は居た堪れない顔をして、申し訳なさそうに座っている。
「ギーゼ、シャズール。なぜ邪竜の前に出た」
この質問が意味を持たないことをガインは知っている。だがつい、苛立ちと一緒に低い声が漏れてしまう。どうしても自分自身が許せない。
巻き込まれる必要のなかった二人を、よく分からない状態異常にしてしまった。
自分の注意不足による、自分の責任だ。
もっと周りをよく見ておけば良かったと、後悔ばかりが募る。
ガインの性格をよく知る二人は、自分たちの行動は自分たちに責任があるのだと、言葉と態度で示した。
「申し訳ありません、ガイン様。竜なんて今まで見たことがなかったので、つい焦ってしまいまして」
「我々が迂闊だったのです。気になさらないでください」
それを聞いたガインは、感情的になってしまう自分を責めた。気持ちを抑えようとしても上手くいかない。悔しくて堪らない。
それに比べ、恨み言の一つもこぼさない二人は本当によく出来た人物だと、ため息が出る。
「気にならない訳がないだろう。本当に色以外、何も変わりはないのか?」
「はい。今のところは」
「これといって特には……」
相手は邪竜だ。影響が色だけとは思えない。
エルシアも知らないところを見ると、あまり記述に残っていない症状なのだろう。様子を見るしかないのか。
……くそっ、もどかしい。
ギーゼとシャズールは本来の用事であった荷物をガインたちに渡すと、すぐに帰ろうとした。
しかし、エルシアが「せめてひと晩くらいは様子を見た方がいいのでは?」と言ったため、山小屋に一泊することとなる。
この時の選択が、後にこの場にいた全員の運命を大きく変えることなど、この時は誰一人として知るはずもなかった。