《世界の姿》
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『ソウルオブガンスリンガーオンライン』。縮めて、SOGO。
現代兵器、もしくはSF世界の近未来兵器に身を包み、核戦兵器やその他化学兵器、惑星外から押し寄せる侵略者との戦いによって荒廃した未来世界を冒険するシューティングアクションゲームである。
否、厳密には『だった』と表現し直すことになるか。
この世界は、突然配信された《ver5.0.0》により変わってしまった。
退屈な現実を忘れさせる偽物の戦場から、命と命のやり取りが秒単位で繰り返される本物の戦場に。
SOGOの世界を成すのは、戦闘区域と非戦闘区域の2つの空間である。
前者には敵NPCが発生する他、プレイヤー間での戦闘も可能になり、後者では攻撃によるダメージが発生してもLPは残り1パーセントでセーフティーがかかる仕組みになっている。
《エリアナンバー01:セントラルタワー周辺 東地区》
この閉じられた世界の中心に位置するもっとも巨大な"町"であり、あらゆる主要施設が集約されている。ここはその一角に構えた、SOGO内最大規模のプレイヤー組織の本拠地である。
「ごめん、通して!急いでるの!」
長い廊下を忙しなく行き交う白い制服。それをかき分けるように進むのは、強い存在感を放つ白いマフラーを巻いた少女だ。明るい色の髪は後ろでまとめられ、端整な顔立ちには活発な色が見てとれる。しかし、その腰に吊られているのはそんな容姿には似つかわしくない革製のヒップホルスター。収まっているのは繊細な彫刻の施されたベレッタ92だ。
ミリタリージャンルのゲームらしく、道行くアバターは体格に恵まれた者ばかり。そんな中で、華奢で可憐な少女の姿はまるで別次元の住人のようにさえ見えた。
平素なら団員たちが皆振り返り挨拶をする。そんな人望ある彼女だが、今回は様子が違う。
その表情は鋭く、鬼気迫るものを帯びている。
「メグさん!」
そんな彼女にやっとのこと追い付いたのは、他の団員と違いキャップを被った野戦服の男。特務隊第三班所属、カズマだ。
「カズマくん、あの話本当?」
帰還した第三班によって担ぎ込まれたというプレイヤーの情報が回ってきたのは、僅か数分前のことである。
「いや、もう、ホント大マジっす!いきなり出てきたプレイヤーが、対物ライフル振り回しながらタンクマンを!しかもたった一人で……!」
「そうじゃなくて、その人の名前!」
平素の彼女からかけ離れた激した口調は、廊下中の団員が残らず振り向く程だった。
「はっ、はい!本当です、《イナリ》!アドレスまではわかりませんけど、漢字で稲荷の《イナリ》、確かです!」
唖然としたままの口をあけっぱなし団員たちが、このときばかりは羨ましく思えただろう。カズマは雨に濡れそぼった子犬のように縮み上がり、舌を噛みそうになりながらもやっとのことで繰り返した。
こんな彼女は見たことがない。できれば見たくはなかった。
「……」
彼の報告に返す言葉はなく、彼女はただ拳を握りながら足を早めた。
「あぁ、えっと、こっちっす!」
カズマが示したドアを、彼女は勢いよく開け放った。
「キザキくん!」
目を覚ました彼は三人掛けの立派なソファに一人、非常に居心地悪そうに、だが逃げように逃げられないといった具合になんとか収まっていた。
「いったいいつからあそこに?覚えてるところからでいいから。」
「……」
「勘弁してくれ……うんとかすんとかくらい言ってくれても良いだろう……」
繰り返されている沈黙に、事情を聞き出そうとする団員も疲れた様子である。メグの入室に気が付くとそれが爆発したように顔をしかめた。
「あ、メグさん!聞いてください、こいつ……」
「キザキくん!」
しかし、扉を開けるなりそのソファに飛び付いた彼女には続きを言う間もなく目を見開いていた。
「……え……えぇ……?」
神経質に目だけを動かしていた無表情から一転、目を見開いた謎のプレイヤー《イナリ》を胸に抱き、彼女は大粒の涙を流し始めた。
無言を貫き通していたプレイヤーの口が、その時初めて動いた。
「スズムラ……さん……?」
突然交わされたやり取りに、事情聴取を担当していた団員とカズマは顔を見合わせる。
「……ええと、"スズムラさん"て……?」
「メグさんの……アレじゃん……リアルの方?」
「あそっか……つーこたこの人メグさんの……」
小声で額を寄せていると、ふとメグが背中越しに一言発した。
「ごめん」
「う、うっす」
彼女は袖で目元を拭い、震えを押さえながらやっとのこと落ち着いた声音を作った。
「すこし……この人と話すから……いいかな?ごめんね、さっきから。」
今日は彼女の見たことのない姿を見てばかりだ。
「い、いえいえとんでもないっす……全然」
「表……一応、俺ら張っときますんで……どぞ」
二人は頭を下げ、素早く部屋を出るしかなかった。
彼が目を覚ましたのは、今から30分ほど前だったらしい。
LPやステータスに異常はなかったため、ただ気を失っただけだろう。それが発見した第三班の見解だった。
「なんか……頭のなかが複雑で、どうにかなりそうだよ私」
目を見開いたままマネキンのように固まった彼に、メグは震えながらそう言った。
アバターネーム:MEGU。現実世界での名前は、鈴村恵。
アバターネーム:稲荷。木崎翔真の『友人』であり、彼がほぼ唯一心を許す人間その人である。
彼女はイナリを抱き締めたまま絞り出すように言う。
「ここにだけは来てほしくなかった……なのに……どこかでほっとしてるみたいで……」
突然の出来事にただひたすら黙っていた彼も、やっと口を開いた。
「何が起こってるんですか。」
慣れ親しんだ顔との遭遇が呼び水になったのだろう。ここまで一切出てこなかった筈の疑問が、かなり遅れてこぼれ出る。
「俺の知ってる世界と違いすぎます」
「もしかして……まだ何も知らない?」
「なにひとつ。」
不安、気後れ、淀みの一切もなくそう口にしたのも、彼女へ寄せる信頼の厚さからか。
「……本当にここに来たばかりなんだね。」
"ここ"というのが、この部屋や建物、町などという単位ではないということは明確である。
メグはひとつ深い呼吸挟むと、彼の隣で座り直した。
「たぶん、私は今から信じられないことを言うと思う。でも、絶対に嘘はつかないから、聞いて。いい?」
「……。」
応じる彼の無言を肯定と取り、彼女は神妙な面持ちで切り出す。
「ver5.0.0。たぶん、キザキくんはそれに触れたと思う。」
「……。」
「知ってる範囲では、ここにいるみんなそれに触れてる。」
ver5.0.0
今さらそれ以外に思い当たる点もなかったが、どうやらそれがこの異変の原因であることは間違いなさそうだ。
「まず、世界が鮮明になった。それは言われなくても何となく気がついてると思う。けど、問題はもう別の方。」
「別?」
大きく息を吸うと、彼女ははっきりと口にした。
「私たちは、ここから出られない。」
聞きながらもイナリは片手でホームメニュー画面を呼び出し、ログアウトの表示を探す。
しかし、それがあった筈の場所には不自然な余白だけが残されていた。
「……」
「あと、もうひとつ。」
メグはそう言うと、どこかを指差して見せる。恐らく、本人の視界の済みに見えるLPゲージを示したのだろう。
「ここで死んだプレイヤー、つまりLPが0になったプレイヤーは、二度とここには帰ってこない。」
「帰ってこない?」
「そう。どうなってるのかは確認しようがないから。もしかしたら現実の方で目を覚ましてるかもしれないし、あるいは……」
メグはそこで言葉を切る。イナリも敢えてその意味を問うことはなかった。その先にあるのは、生者が覗き込むにはあまりにも深い奈落である。
「そんな世界が、少なくとももう数ヵ月は続いてるんだって。」
「数ヵ月……?」
「うん。みんな、来た時期もバラバラだから、まだよくはわかってないんだって。少なくとも、私の知ってる範囲では……」
「ちょっと、まってください。」
突然イナリが言葉を遮る。
その目は大きく見開き、わずかに赤く血走っている。
「……おかしいんです、だって……それだと」
「え?」
イナリはぶつぶつと呟きながら立ち上がり、部屋の窓辺に手を着く。
「俺は、さっき……どれだけ見積もっても3時間以内……たった3時間前に……あなたからのメールを、スズムラさんからのメールを……とろろ先生に届いてたメールを……見てるはず、この目で見たんです……」
それだけではない。
その前日の夜には、一緒にゲーム内でイベントに参加し、その帰りに酷い説教を受けた。
その前日も一緒に昼食を取ったし、その前々日も
「あなたは、いったい……いつから、ここにいるんですか?」
「……。」
メグは、黙ったまま目を伏せる。
「キザキくん。」
「ねぇ、スズムラさん」
「キザキくん、聞いて。」
肩を掴まれ、彼はやっと自分の荒れた呼吸に気がついたようだった。
「……キザキくんがここに来る前、何月何日だったか覚えてる?」
「……。」
すぐには出てこなかったものの、やがて出掛ける前に見たカレンダーを思い返すことができた。
2028年 6月25日
イナリの手を握りゆっくりと下ろさせると、メグは静かに口にした。
「私がここに来たのは、6月27日。」
腕の中で、彼の体が硬く強張る。
それでも彼女は続ける。
「……夕方だった。ここに来る直前にね、やっと君と仲直りできたんだよ。『怒ったりしないから、一緒にゲームしよう』って。」
「あれからここに来て、もう4ヶ月も過ぎてる」
鈴村恵がこの世界に囚われる前の最後の時間は、2028年6月27日の午後6時過ぎ頃。
ゲーム内での仲違いがあった三日前からまともに話し合うこともできていなかった友人、木崎翔真と、その日やっと電話が繋がった。
通話時間はわずか三分ほど。しかし二人にはそれで十分だった。
「一緒に、ゲームをしよう」
その言葉だけでよかった。
しかし通話を終え、ゲーム機本体を起動したその時にそれは現れた。
《ver5.0.0》
そこから、彼女の戦いが始まった。
変わってしまった世界。閉塞感と、得体の知れない恐怖と、歪んでいくプレイヤーたち。
堪え忍び、戦い続け、気がつけばあの日から4ヶ月という月日を数えていた。
この異変に友人である彼が捲き込まれなかったのが唯一の救いだった。しかし一方では、それが最大の孤独だった。
そんなときに、彼は現れてしまった。
彼女の世界が変わってしまったあの日の二日前。6月25日の午後3時からやって来た、木崎翔真が。
「私たちだけじゃないよ。」
イナリが落ち着き始めたのを見計らい、彼女はなるべき落ち着いた声音を作った。
「みんな、ここに飛ばされた時間がメチャクチャなんだ。私より先にここにいたのに未来から来たって人もいるし……一昨日、SOGO発売初日から来た人が外のエリアで見つかって……。」
「つまり……」
やっとソファへと落ち着き、イナリは呼吸を整える。
何か確証を得たようで、神妙な面持ちでメグの顔を見上げる。
何か重要な事実にたどり着いた、そんな顔だ。
釣られて同じ表情を返すメグ。
彼はゆっくりと口を開く。
「"今のスズムラさん"は、もう怒ってないんですか?」
「え?」
予想した的を大きく外れた疑問符に、メグは口を開ける。
しかし、目の前の彼は至って真剣だ。
「そ……それは」
それに当てられ、思わず真剣に考えてしまった自分が可笑しくなったのだろう。
不意に押し寄せたものに、メグは顔を押さえて肩を揺すった。
「スズムラさん……?」
「お……怒ってるわけなんてないじゃん……だって、私にとってはもう4ヶ月も前だよ?」
「それじゃ……」
やっと笑いを腹の底に沈めると、メグはわざと顔を険しくして見せた。
「最初からあんまり怒ってなんかいません。忙しかったのは謝るけど、キザキくんの方こそあんまり逃げないでよね!あれから結構こじれちゃったんだから。」
「……。」
イナリは黙り込む。
やがて、目を伏せながらぼそりと口にした。
「拗れるんですね……あれから。」
「だから、ちゃんと仲直りもするってば!」
そして、彼女は笑った。
とても嬉しそうなのに、どこか苦しげな顔で。
彼がこの閉じられた世界に何をもたらすのか、それはわからない。
だが、
嵐の前触れのような、鮮やかな日が暮れていく。
今回登場したかっこいい拳銃
◎ベレッタ92
M9、M92、人気者故に呼び名には困らない自動拳銃。米軍の戦場お供としてその腰を守り続けたイタリア製の優等生。スライドの形がとにかくお洒落。壊れやすいとかいうな。実際色々と対策に励んでるんだぞ。ちょっと前シグに負けたけど。
9mmパラベラム弾対応。
今回登場した物のデザインのモデルは『92 FS Inox』。ステンレス仕上げの金属感がかっこいい。ゲーム性故に、SF無印に比べ性質に何かしら変化があるわけではない。
鈴村さんのはかっこいい物好きなので、パーツの配色をシルバーで統一。ついでにグリップ全面までカバーする滑り止めが付きのマホガニー製グリップパネルに変更してある。
スライドとグリップにはかっこいい彫刻が施されている。スライドの刻印は「9mm SZMR MADE BY ROMANCE」。