前途多難な四人四色
遺跡の地下は広場として使われていたのか、思ったよりも大きい空間になっていた。
長い時間をかけて樹木が貫いた穴からは日差しが入り込んできて、苔むした煉瓦を照らし出す。なかなかどうして、幻想的な趣だ。
見回しても広場そのものに生活の痕跡はないから、繋がる通路の先を住処にしてるんだろう。
「それで、お前ら何が出来るにゃ?」
先に中に入っていったノーチェは、ステージのようになっている段差にどっかと腰掛けて、あぐらをかいて待ち構えていた。
「の、ノーチェちゃん……」
「黙るにゃ。あたしらだって余裕はないんだ、何も出来ない奴は置いておけにゃいぞ」
「…………」
相変わらず敵意バリバリの視線に、スフィの警戒モードが高まっていくのを感じる。繋いだ手をギュッと握ってなんとかなだめる。
そもそも何もおかしなことは言ってない、彼女の立場からすれば当たり前過ぎて疑問を持つほうが難しい要求だ。
スフィだってそんなことわかってるけど、いきなり年上の子から敵意をガンガン向けられたら警戒もしてしまう。
「……いろいろできる」
「色々ぉ……?」
スフィの端的な返答に、ハッと小馬鹿にしたように鼻を鳴らすノーチェ。場の空気がどんどん冷えていく。案内してくれたフィリアも遂におろおろしはじめた。
「出来にゃいやつが言い訳に使いそうな言葉にゃ」
「言い訳じゃないもん」
確かにと納得していると、隣でスフィの機嫌が急降下していく。強く握りしめられた手がちょっと痛い。
……スフィは実際に"色々"できる。天才肌のこの子は出来ないことのほうが少ないのだ。
子供らしく夜はこてんと寝てしまうけど、昼間なら体力も大人顔負け。家事も採集も病人の看病も一通りこなせる。
どちらかと言うと問題なのはぼくの方だった。
「へぇ……じゃあそっちの……」
「いもうとのアリス」
「妹は何ができるにゃ?」
スフィと火花を散らしていたノーチェが、今度はぼくに視線を向ける。
いろいろ考えた末にぼくは……正直に答えることにした。その場しのぎの嘘は後で面倒を倍にするだけ――前世の保護者の受け売りだ。
「今は、なにも」
「……はぁ?」
苛立ったような声を出されても、実際に何も出来ない以上は仕方ない。
「ほんっとのやくたたずかよ……」
「アリスはからだが弱いの!」
「何も出来ないやつは置いておけにゃいって言ったばかりにゃ!」
「スフィがアリスの分まではたらくもん!」
売り言葉に買い言葉の応酬に口を挟めずにいると、ノーチェがバシッと膝を叩いて立ち上がった。長いしっぽが勢いよく左右にバタバタ揺れている。
対応するようにスフィが少し前かがみになって、しっぽを伸ばしたまま後ろ下方へ。スフィは完全に攻撃体勢だし、ノーチェの方はわからないけど機嫌の良いしっぽの動きとは思えない。
ゴングを鳴らせば取っ組み合いがはじまってしまいそうな一触即発……どうしよう、ぼくじゃこの喧嘩は止められない。
数秒のにらみ合いの末、ノーチェは暴力に訴え出ることはなく近くでおろおろしていたフィリアを睨んだ。
「……あぁそうかよ! フィリア! 今日の収穫は!?」
「あ、ご、ごめんねノーチェちゃん……この子たちを連れていってあげなきゃって、それで、これしか……」
フィリアはさっきからずっと手に持っていた、僅かな山菜らしきものをノーチェへ差し出した。
……そういえば思いっきり邪魔する形になっちゃったもの。申し訳無さに耳をぺたりと寝かせていると、怒りと敵意を表情に貼り付けたノーチェがぼくたちを睨みつけた。
「お前らのおかげで今夜の晩飯はそれだけになりそうにゃんだが、え、どうするつもりにゃ?」
「スフィが取ってくるもん! それでいいんでしょ!?」
「当然にゃ!」
にらみ合うふたりに、口を挟めない。
「スフィ、ぼくも……」
「アリスはここで休んでて! おねえちゃん行ってくるから!」
「はい……」
せめてスフィを手伝うべきかと声をかけたら、当然のように断られて大人しく引き下がる。
勢いで言いかけたけど、この状況で採集についていくのは完全に足手まといなのを忘れてた。スフィの足なら逃げ切れる状況でも、ぼくのせいで逃げられなくなることだってあるのだから。
というわけでその判断自体は正しいのだけど……。
「アリス! ここで待ってて!」
「…………」
スフィがしっぽを高くあげ、くにゃりと動かしながらのしのしと廃墟を後にしたら残されるのはぼくとノーチェたちな訳で。
「……いい御身分だにゃ」
「の、ノーチェちゃん……」
手持ち無沙汰のあまり暫くみつめあっていると、ノーチェはハンッと吐き捨てて広場脇にある穴の向こうへいってしまった。
一緒に居たくなかっただけなんだろうけど、おかげで緊張が解けた。
どっと疲れが溢れ出す。
「ご、ごめんねアリスちゃん」
「ううん、こっちこそ押しかけちゃって、ごめんなさい」
申し訳無さそうにしてるフィリアは、何も悪くない。むしろ迷惑をかけっぱなしでごめんなさい以上に言えることがない。
「その、ノーチェちゃんね、なんだか気が立ってるだけで、ほんとはね、良い子だから……あの」
「だいじょうぶ。ぼくはここでスフィを待つから」
「う、うん……ノーチェちゃん、なんとか宥めてみるね」
フィリアに気を使ったからかもしれないけど、あれだけやりあってもぼくたちを無理に追い出そうとしてないんだ。良い子なのはわかってる。村の連中みたいに悪意や含みも感じないし。
それを簡潔に伝えると、フィリアはホッとしたような顔でノーチェを追いかけて奥へ行った。
見送ってから、ぼくはころんとその場に寝転がる。
床が汚いとか言ってられない。疲れた。精神的にも肉体的にも限界だ。
■
近づいてくるスフィの足音に身体を起こす。
……気のせいか天井から入る陽の光が少し弱まっていた。一瞬気を失っただけかと思ったら、結構寝てたらしい。いつの間にか布がかけられてる。汚れで匂いがごっちゃになっていて、誰がかけてくれたのかわからないけど……フィリアかな。
というか今日は暖かいからまだマシだけど、気を付けないと即座に風邪を引いてしまいそうだ。手で触れた瓦礫が妙に冷たく感じる。……手遅れかもしれない現実からそっと目をそらして、スフィを迎えるために立ち上がる。
「ただいま!」
広場に入るなり、ダンッと地面を踏みつけて叫ぶスフィ。
ご機嫌斜めは継続中のようで語気が強い。
「……思ったより早かった――」
実際にはどのくらい経ったかわからないけど、そこまで時間が経っているわけでもなさそうだった。声に反応して奥から出てきたノーチェが、スフィを見て絶句した。
大きな葉っぱと細い茎で作られ簡易バッグ。それにあふれるほど詰め込まれた山菜とキノコ。スフィはどや顔で獲物を地面へ放り出す。
ぼくもぼくで熱っぽい身体を引きずって、スフィへ近づいていった。
「……にゃ」
「これでもんくないでしょ?」
「んー」
ふふんと自慢げなスフィを尻目にバッグを解く。この近辺に群生してる食用にできるものを中心に集めてきたみたいだ。……片っ端から。
これは茎が食べれるやつ、ちょっと苦いけど整腸作用がある草。大きな樹の近くに生える丸い芋みたいなやつ。キノコもほぼ食用に使われるメジャーなやつばかりだ。
ただし……。
「スフィ、これ毒、これとこれも」
「えっ、うそ!?」
その中に混じっている毒芋とキノコをぺいっと選り分ける。
「え、ちゃんとモリイモとアカダケだよ」
モリイモは森の中の土に埋まっている、小さなじゃがいもみたいな食用植物。火を通すとほくほくして結構美味しくて、生で食べるとお腹を壊す。地表に出ている三角形の独特な葉っぱが目印。
アカダケはこの辺ではあまり食用にされてないけど、食べれるキノコでほんのり甘みがあって美味しい。名前通りに傘が赤みを帯びていて、良く似た色合いの毒キノコが近くに生えている。
「ううん、ほら」
そして選り分けた芋は爪で皮を擦るとわずかに緑がかっているのがわかる。見た目はほぼ同じでも毒を持つ種があって、特徴は皮が薄っすら緑がかっていること。
キノコは……裂いてみると傘の中まで赤い。アカダケの傘が赤みがかっているのは表面だけで中は白い、よく似た毒キノコの方だ。
「うそぉ、ちゃんとたしかめたのに……」
自慢気に振り上げていたしっぽをへにゃりと下げて落ち込むスフィだけど、短時間でこれだけかき集めてきて、ハズレ率がわずか数個って結構凄いことだと思う。
ぼくが見る限りだと他は全部食用に出来るものだし。
特にこのふたつは慣れてる人間でも時々間違うので、あまり食用にされないのだ。
「そ、それ、ほんとに食えるにゃ? 適当に持ってきたんじゃにゃいのか」
唖然としていたノーチェが何とか再起動したようで、疑わしげにぼくたちのやり取りを眺めている。このあたりは信用問題だから仕方ない。
「おじいちゃんが
「にゃ…………」
「スフィちゃん、すごい……こっちも、食べれるの?」
「ううん、そっちは薬草」
何も言えずに大量の山菜を眺めているノーチェ。一方でフィリアは細い茎で束にされている青く細長い草を手にしていた。
「スフィ、
「うん、みつけたから」
生のまま潰すと外傷に、よく天日で干してから粉にして煎じると胃痛に効く薬草だ。
この世界には魔術もあるし、飲んだりかけたりすると傷が治る薬もある。この
おじいちゃん曰く錬金術ギルドの主力商品。これを作れるなら一生食いっぱぐれない。
「アリス、つかうでしょ?」
「……道具ないから、むりかも」
「えー……そっかぁ」
だけど、治療薬への加工には専用の道具が必要だった。
何もかもを取り上げられて、ほぼ着の身着のまま来てしまったぼくじゃ活用できない。せいぜい怪我した時の手当に使うくらいだろう。
すり潰して傷に塗るくらいなら誰でも出来るし……つまり役立たず継続中である。
「まぁいいや、それで……採ってきたけど?」
話を切り上げたところで、スフィがふふんと胸を張って固まっているノーチェを見た。
「…………チッ、まぁ、姉の方はそこそこ使えるみたいだにゃ」
「アリスも――」
「スフィ、いいから」
実際問題、ぼくは現状じゃ役に立たないのはただの事実。否定しても仕方ないことだ。
「むぅぅ、とにかく! 妹も! いっしょに! ここに居ていいよね!?」
「………………ふん、認めてやるにゃ」
腕を組んでそっぽを向いたノーチェが、たっぷり溜めてそう言ったことで、ようやく話が一段落した。スフィのおかげで丸く収まりそうでほっとする。
「スフィちゃん、すごいね。これだけ出来るなら、ふたりだけでも……」
「……むずかしい」
モリイモを持ったフィリアの呟きに、思わず答えてしまった。
「え?」
「スフィがひとりであちこち動き回れるなら、このくらいはできる。でもスフィはぼくを放置できないから……」
フィリアは何となく信用できそうな感じだし、ノーチェも無闇に暴力に訴えることはなかった。だから短時間なら大丈夫だと判断してひとりで動けたんだと思う。
ぼくが傍にいなければ魔術だって使えるし、魔物から逃げるのも、獲物を追うのも簡単だ。
これを言うには忸怩たる思いはあるけど、今現在ぼくはスフィにとってはただの足手まといでしか無い。
それでもぼくを見捨てることはないだろうスフィにとって、仲間と拠点を得られるのはものすごく大きいのだ。
「ぼくが落ち着けるところにいれば、スフィも自由にうごけるから」
「……そっか、スフィちゃん、妹おもいなんだね」
「うん! たったひとりの妹だもん」
聞いていたスフィが答えて胸を張る。
ぼくにとっても、たったひとりのお姉ちゃんだ。それだけは前世の記憶が蘇って、自分の人格が曖昧になっても変わることはない。むしろ、少し落ち着いて……憧れだった家族の存在に思いが強くなっているような気がする。
「……そういえば、これありがと」
「へ?」
話が途切れたところで、忘れないうちにかけてもらっていた布のお礼を言おうと思った。大分ぼろぼろだけど貴重な布類だろうに。
フィリアに返そうと差し出す。
「あ、それね……」
「フィリア! 遅くなったけど昼メシ作るにゃ。それと狼の妹! 手伝いくらいはするにゃ!」
何か言いかけたフィリアを遮ってノーチェが呼んだ。とりあえず掛け布は返せたし、お礼も言えたので良しとしよう。
「はーい! ……アリスちゃん、お手伝いできる?」
「うん」
素直に頷く。前世の趣味がゲームと工作と料理だった、どこまで通用するかわからないけど、蘇った記憶を多少は活かせるといいんだけど。
今の所それ以外はほんとやくたたずだし。
「スフィもてつだうから」
「スフィは頑張って採取してきたんだから、休んでて」
自分も参加しようとするスフィをそっと押し止める。ちょっとくらい出番がほしい。おんぶにだっこで喜ぶ狼じゃないのだぼくは。
それから、洗い場すらない廃墟の中で四苦八苦しながら作ったのは『キノコと野菜を焼いたもの』。火を熾すのにも苦労した。
量こそ多かったからスフィたち3人は満足してたけど、前世の記憶でもっと美味しいものがあることを思い出してしまったぼくは素直に喜べなかった。
前に培った料理スキルは、その大半が文明の恩恵によるものだったんだなぁと実感させられる結果に終わった。
……調味料も確保しなきゃ。