アネモイを掴め、紙飛行機。
つい、と飛び立った紙飛行機は、勢いよく空に舞い上がったと思ったのも束の間、まるで見えない壁にぶつかったかのように突然失速し、砂の上に落ちた。
「……ああ。全然だめだ」
マークが舌打ちする。
「結構いいと思ったんだけどな」
「初速は良かった」
サムは言った。
「だけどアネモイを捕まえないと距離が伸びない。それじゃフォルモサには届かない」
「紙がもう少し大きけりゃなあ」
マークは傍らに積まれた紙の束を叩く。
「このサイズじゃ限界ってもんが」
「またその話か」
サムはため息をつく。
「前にも話したろ。紙という材質上、紙飛行機はやみくもに大きくしたところで飛ぶようにはならない。最適のサイズというものがある」
「分かった分かった」
マークは腕時計を見る。
「あと三分」
「よし。次は俺がやろう」
サムは自分の折った紙飛行機の先っぽを持って、屋上の突端に立った。
風がサムの髪を揺らす。その流れを確かめるように、サムは目を閉じた。
「サム。時間が」
「分かってる」
不意に、サムの髪が大きく風になびいた。
「今だ」
サムが紙飛行機を飛ばす。
大きめの翼の不格好な紙飛行機は、へろりと頼りなく宙を舞ったが、じきにグン、と不自然なほどに加速した。
「アネモイを掴んだ!」
マークが歓声を上げる。
人類の文明全てを滅ぼしたその風は、アネモイと呼ばれている。
スーパーコンピューターにも計算できない奇妙で不自然な大気の動きは、人類が蓄積してきた天候の知識と航空科学を無力化した。
某国の実験施設が爆発した、というニュースが終わりの始まりだった。
アネモイは危険なウイルスをたちまち世界のあまねく場所へと運び届けた。
そのときの大気の動きは、まるで意志あるもののようだったと、ある研究者は語っている。
茫漠とした砂漠を、かつて存在したジェット機のようにまっすぐに飛んでいく紙飛行機。
「行け、行け」
祈るようにサムは呟く。
この砂漠の先には、ウイルスに侵されていない楽園、フォルモサがある。
そこに、自分たちの位置座標と生存者数を記した紙飛行機が届けば、救援隊が来てくれる。
紙飛行機が砂漠のかなたに消えると、サムの腕時計が耳障りなアラーム音を発した。
「時間だ」
外気に身体を晒すことのできる制限時間は、一日十分。
「あれが届くといいな」
マークが紙の束を抱えて立ち上がる。
「ああ」
この建物の水と食料がもつうちに。
最後にもう一度紙飛行機の消えた方角を見つめ、サムとマークは階段へと歩き出した。