食べられた赤ずきん

作者:

 あ、私赤ずきんだ。そう気づいたのは、森に入って十分ぐらいたった時だった。


 そうだ。狼さんにパックリ食べられてしまう赤ずきんちゃんである。……おばあちゃんにお薬を渡すのは、お母さんたちについてきてもらうときにしようかな。うん、そうしよう。道に迷ったって設定で行こう。


「あれ?」


 森の入り口に死にかけの性根。……このまま死なれたら夢見が悪いな。仕方がないので、少年をおぶって家まで連れ帰った。


「随分早いのね、アメリア」


「そうなの? しょうがない子ね。あら、その子は?」


「知らない。森の入り口に倒れてたの」


 手当をしたベッドで少年を寝かせている間、猟師さんとおばあちゃんが来た。おばあちゃんは狼に丸のみにされたところを助け出してくれた猟師さんと恋に落ち、再婚することになったらしい。怒涛の展開過ぎる。お父さんもお母さんも口をあんぐり開けていた。


 猟師さんとおばあちゃんが去ってしばらくたった後、少年が目覚めた。


「あ」


「……君が助けてくれたの?」


「まあね。あ、これお母さんが作ってくれたごはん。食べる?」


「……たべる」


 少年の名前はギデオンというらしい。美味しそうにパンプキンスープをすするギデオンをまじまじと見つめると、彼は頬を赤くした。


「……何?」


「ううん、なんでも」


 綺麗な顔だなあと思っただけだ。よく見ると、ギデオンはかなりの美少年だった。太陽のごとく輝く金髪(ブロンド)に、空のように青い瞳。まるで王子様みたいだ。



 ギデオンは怪我が治ってからも、しばらく家にいた。ギデオンを気に入った両親が引き留め続けたからだ。


 その期間は、私が彼に恋をするには十分だった。


 村の意地悪な男の子から守ってくれた時は、騎士様みたいだと思った。部屋でこっそりキスしたときは、嬉しすぎて昇天しそうだった。


「お嫁さんになってね、僕の可愛いアメリア」


 だけどそんな幸せな日々は、突然に終わりを告げた。()()()がきたのだ。


「やっと見つけました。跡を継げるのは、あなたしかいません」


 ギデオンは、ごねにごねた。「僕はこの村でずっと暮らして、君と結婚するんだ」と言ってくれた時は、涙が出るほど嬉しかった。……でも、だからこそ、これ以上ギデオンを引き留めることはできない。


「本当にやるのか? アメリア」


「当たり前でしょ」


「愛と憎しみは紙一重。裏切られたと知ったギデオンは、お前を激しく憎むぞ」


「もとより承知の上よ。もう少しでギデオンが来ちゃう」


 私の計画はこうだ。幼馴染のウィルにたのんで、私と恋仲のふりをしてもらうのだ。ギデオンは特別な人。彼はいるべき場所に帰らなければ。


「……ったく、本当に強情だな」


 ウィルがそっと私を引き寄せた。昔から、ウィルは私のことを本当の妹のようにかわいがってくれた。そこにつけ込んでこんな願い事をしたことは、申し訳なく思っている。


 数分で、ギデオンは来た。声が怒りに震えている。


「何をしてる、ウィル。アメリアから離れろ」


 剣をウィルに突きつけ、ギデオンはウィルをにらみつけていた。と思えば、優しいほほえみを私に浮かべてきた。


「おいで、アメリア。怖い思いをしたね」


「……違うの、ギデオン。ウィルは悪くないの」


「……アメリア?」


「私が、ウィルのことを好きになってしまったの。ごめんなさい……」


 ギデオンの顔が怒りと絶望に歪んだ。ギデオンが私に怒ったことはほとんどない。喧嘩をしても、ギデオンはすぐに折れてくれた。仕方ないなあ、と優しく笑って。


「人は誰だって間違いがある。アメリア、おいで。今回の浮気は許すよ。その代り、二度と僕を……」


「浮気じゃない。本気なの」


 ギデオンの手から、剣が落ちた。彼の綺麗な碧眼から、はらはらと涙がこぼれる。


「どうして? 僕は何か悪いことをした? 君を怒らせた?」


「……違うのギデオン、すべて私が」


「自分が悪いというのなら、いっそ僕を殺してくれ」


 いつも優しく微笑んでくれたから気づいていなかった。……ギデオンは、こんなに冷たい目をする人だったのか。


「ギデオン。お前にはすまなく思っている」


 とたん、ギデオンはウィルを鋭くにらみつけた。


「だが、お前はこの村では異質。手を取るべきはアメリアではなく迎えの者たちだろう」


「……その通りです、ギデオン様。ともに帰りましょう」


 迎えの者たちが、顔を見せた。彼らにも、()()については話してある。


「心配するな、ギデオン。アメリアは俺が幸せにする」


 ギデオンは迎えの者たちに半ば引きずられるようにしながらも、射殺すかのような目でウィルをにらみつけていた。



 七年後、久しぶりに森に入った。()()()()()()()()、森の動物たちが人間を襲うことはなくなったという。


 木の実を取っていると、後ろから懐かしい声がした。


「久しぶりだね、アメリア」


「……ギデオン!?」


 成長したギデオンは、ますますかっこよくなっていた。……もう遠い人だ。


「ねえアメリア、僕、おかしな話を聞いたんだ」


「なあに、それ」


「君が結婚するって話。おかしいでしょ」


 相手はウィルである。彼はきっと、あまりものの私を引き取ってくれる気なのだろう。


「……私ももう二十一なのよ。何がおかしいの」


 もうここにいたくなかったので、踵を返そうとした。すると、後ろから抱きすくめられた。


「おかしいよ。だって君は、僕のお嫁さんになるんだから」


「はあっ!?」


「やだな、忘れちゃった? お嫁さんになってって言ったじゃない」


「そんなの昔の話でしょう! それに、あなたこそ忘れたの? 私はウィルのことが」


「僕には昨日のことだ。それに、ウィルと君のお芝居のことなら、とっくに知ってる」


 そういうや否や、ギデオンがいなくなった。代わりに一頭の美しい狼が現れた。


 狼はフリーズする私を背中に乗せ、森の奥に運んだ。……そこは、狼たちの集落だった。


 ひときわ立派な家のかなり豪華な部屋につくと、狼はギデオンになった。


「僕、狼の王なんだ。狼は人間の姿もとれる」


 何ということだ。狼とベッド、かの有名なグ〇ム童話のあのシーンとそっくりではないか。


「……私、食べられちゃうの?」


「そうだね。優しくするから拒まないでね」


 優しく食べるとはなんぞや。赤ずきんの運命からは逃れられないのか。


「んんっ!」


 食べられると思ったのに、なぜかキスをしてきた。しかも昔やったみたいなやつじゃなくて、大人のキス。ギデオンはキスをしながら、器用に服を脱がせた。……その日、私は食べられはしなかったが、純潔を奪われた。



 それからはあっという間だった。あれよという間に婚儀が調い、私は狼の王妃になっていた。人間なのに。狼たちは優しくて陽気で、人間の私を快く受け入れてくれた。……ギデオンのお姉さんは、「ギデオンの嫉妬が怖いのよ」と笑っていたけど、大人になって、子どもを数人(数頭?)産んだ私は知っている。


 「食べる」には二つの意味があるということを。

ウィルが幸せになる話を書きたい。