とある公主と、異民族の長
「姫様は本当に変わっていますよね。ふつうの公主なら夜をはかなんでいるところですよ」
「あなただって普通の侍女じゃありえないぐらい不遜な口の利き方をするでしょ。お互い様よ」
あきれ顔の杏に言い返してやると、彼女は肩をすくめた。
◇
私は帝国の公主・美羽蘭。栄えある皇帝の第四子だ。父帝と母后、そしてきょうだいたちから過分なほどの愛情を受けたものの、公主としては少々おてんばに育ってしまった。自覚はあるので許してほしい。
十七の誕生日を迎えて一か月ほどたった頃、結婚相手が決まった。相手は北方・蒼天地方の貂慧族の若き族長。貂慧族は遊牧を生業にして暮らす騎馬民族だ。とうの昔に亡くなったという祖母も、かの民族の出身だったらしい。
「あの方たちとわたくしたちの暮らしは、何もかもが違うわ。きっと戸惑うことも多いでしょう。ですが、お前は至高の皇帝陛下の娘。その誇りを胸に生きるのですよ」
きらびやかな宮殿ではなく質素な天幕に住み、牧畜を営む人々。だけど私は不思議と心配していなかった。物おじしない性格が幸いしたのかもしれない。
「朕の愛子よ。遠き地にあろうとも黒龍のご加護に変わりはない。おまえは公主なのだからね」
侍女の杏を伴い、北方へと旅立ったのは十九の春だった。
◇
「……まるで子供だな」
「え?」
婚姻を結んだ若き族長・アルスラン様は、日に焼けた肌と屈強そうな体を持つ青年だった。結婚に浮き立っていた心は、無礼言葉に急降下した。
「確か公主は十九だったはずだが。まさか替え玉をよこしたのでは」
「し、失礼ですわ!」
キッとにらみつけると、アルスラン様は唖然とした顔になった。
「確かに人より発育が遅いかもしれませんけど、私は正真正銘、帝国公主・美羽蘭です!」
ぜえぜえ、と肩で息をする私を見て、アルスラン様は眦を下げた。
「……相変わらずだな、美羽蘭」
「え?」
「俺のこと、覚えていない?」
アルスラン様の端正な顔立ちが、昔遊んだ少年に重なる。
「もしかして、アル……!?」
「やっと思い出してくれた」
病弱で泣き虫だったアルが、こんなに立派に育つとは。時の流れとは恐ろしいものだ。
「なに、その顔」
「いや、大きくなったなあって」
「何目線だよ、それ……」
「うーん。だって私、あなたのこと弟みたいに思ってたもの」
事実、アルは弟の一人と同い年だったし。当時を懐かしく思っていると、アルは少し陰りを含んだ笑みを浮かべた。
「君には悪いけど、俺は君の弟ではなくて夫だし、君のことを姉のように思ったことなど一度もない」
「アル……?」
不思議に思ってその両眼をじっと見つめると、視線が絡み合った。……アルは、こんなに飢えた獣のような眼をする人だっただろうか。
「君は、俺の妻だ」
その夜、私は名実ともにアルの妻になった。