94:首脳会談
午後2時30分。
ヴェルサイユ宮殿にヨーゼフ2世が到着した。
いくつもの馬車を引き連れてヴェルサイユ宮殿に到着したヨーゼフ2世を俺とアントワネットらが出迎える。
アントワネットからしてみれば、およそ1年ぶりの兄との再会だろう。
神聖ローマ帝国の皇帝でもあるので、俺とアントワネットは頭を下げてヨーゼフ2世の来訪を歓迎した。
「ヨーゼフ2世陛下、ようこそヴェルサイユへ!お待ちしておりました」
「いや、こちらこそ今日は急に予定を入れてしまってすまないね。アントワネットも良くやっているか?」
「ええ!勿論ですの!久しぶりにお兄様のお話が聞きたいですわ!」
「ハハハッ、そりゃあいいな!ただ、先に改革について話しがしたいんでな、婿殿、いや国王陛下と二人でじっくりと話したい」
ヨーゼフ2世はフレンドリーな感じでやって来てくれた。
さすがフットワークが軽いと言われただけのことはありますねぇ!
キビキビと動いて、あっという間に改革についての会談の場が設けられた。
場所はヴェルサイユ宮殿の真ん中に位置している閣議の間で執り行われた。
隣はルイ15世が使用していた寝室の間だが、生憎そちらは今は改装工事中だ。
ルイ15世の死臭が染みついたカーペットや寝具などを取り替えてはいるものの、数回ほどこの周辺で幽霊騒ぎがあったのでお祓い中でもあるんだ。
最も、俺は心霊現象なんて信じてはいないが、やはりこの寝室の間に差し掛かると寒気がしてしまうのは気のせいだろうか?
一連の赤い雨事件以来、この場所に立ち寄る人もいない上に、改装工事は平日の昼間のみ行うように取り決められているのだ。
椅子にヨーゼフ2世と俺が座り、使いの人達も一旦部屋から外に出る。
ここから先はヨーゼフ2世と腹を割って話し合う場となる。
今回は改革についての相談という形ではあるが、事実上の首脳会談でもあるんだ。
決して失礼のないように。
ひと息ついてから俺はまず飲み物の話題から話を切り出した。
「遠路はるばるお疲れ様です、ささっ、まずはこちらを飲んでくつろいでください」
「有り難い。これはショコラか?」
「はい、砂糖を入れて甘くしたショコラでございます。アントワネット妃も最近はこれを特に気に入って飲んでおります」
「ハハハ、妹のお気に入りの飲み物か……では、頂くとしよう」
ヨーゼフ2世に出したのは砂糖入りのショコラである。
ショコラといっても、現代でいえばココアではあるがね。
ココアの油がどうしても分離できないので、ある程度湯でチョコを溶かしてから砂糖と牛乳を混ぜ合わせた飲み物としてお出ししている。
ヨーゼフ2世が口元に近づけて飲み始める。
ごく……ごく……。
一回でおおよそカップの半分まで飲むと、目を見開いて言った。
「これは美味いな!いつも貴殿とアントワネットはこれを飲んでいるのかね?」
「そうですね……ここ最近は一緒にショコラを飲んだり、時間が空いている時はお菓子などを作っております」
「なんと……あのアントワネットがお菓子を作っているのか!しかも貴殿とか!それは初耳だぞ!あのアントワネットがなぁ……やはり貴殿に嫁がせてから変わったな」
ヨーゼフ2世は興味深そうに頷く。
アントワネットがヴェルサイユ宮殿に来るまではお転婆な女の子だったもんね。
それが今では王妃ですよ王妃。
俺が言うのもメタフィクションかもしれないけど、史実よりも異なっている状態になっているので、アントワネットも理性的で女性らしさが溢れ出ている感じなんだよね。
その事をヨーゼフ2世に伝えると、何度も驚いた様子で話を聞いていた。
「……すると、貴殿の元に嫁がせてから一緒に勉学に励んだりして、改革にも参加しているのか!なんという……いや、それは嬉しい事だ。兄としてあいつが政治にもしっかりと言えるようになっているのならな……アントワネットが迷惑を掛けていないか?」
「いえ、むしろいつも私が助けて貰っております。アントワネット妃がいなかったら私はきっと重圧で押しつぶされていたかもしれません……」
ヨーゼフ2世には嘘をつくつもりはない。
アントワネットが支えてくれているのは事実だ。
わざわざ女大公陛下に俺の事を心配する手紙まで書いていたほどだ。
辛い時、悲しい時、俺とアントワネットは共に抱き合い、そして泣いた。
その事があって、今アントワネットとの絆は深く結びついているといっても過言ではない。
「そうか、アントワネットもだいぶ変わったな……変わっていないのは俺だけかもしれないな」
「と、申されますと?」
「いや、母上と最近折り合いが合わなくなってしまってな……啓蒙主義に突き進むのはよろしくないと反発されているのだよ」
ヨーゼフ2世が語ったのは母親であり、政治の補佐を行っているマリア・テレジア女大公陛下についての事であった。
平民や農奴を大事にしようと考えているヨーゼフ2世は強い国作りと開明的な政策を打ち出そうとしていたのだ。
「私は言ったのだ。同盟国であるフランスが改革を進めて躍進している現状を伝えて、我が国でもやろうと申したのだ。だが、残念ながら母上からみれば貴殿が主に考案した改革は我が国では受け入れられない可能性があるから無理だと却下されたのだ……我が国には早すぎるとな……」
「女大公陛下が……?」
「そうだ、農奴解放に貴族や聖職者への課税・領主の事業化などもオーストリアで行えば既存の輩が妨害して最悪暗殺されるとまで言われたよ……貴殿はどう思う?」
しかし、マリア・テレジア女大公陛下は啓蒙主義的すぎるという理由でヨーゼフ2世と対立しているという。
特に、俺がブルボンの改革が順調に進めている事も相まってか、ヨーゼフ2世はどのようにすれば改革が上手くいくのか俺にアドバイスを求めてきたのだ。
ヨーゼフ2世の表情からして焦っているようにも見えた。
俺は、国王として同盟国の国家元首へアドバイスを送るべきだろう。
しっかりと目を見つめて、俺はヨーゼフ2世に自分の考えている事を包み隠さずに伝えた。