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91:湯で休み、そして湯で清めよう

今回でお風呂編は最終話となります。

やはり平時だとこうしたお話をどうしても挟みたいんですよ。

平和なひと時をじっくりと書きたい作者のワガママをどうかお許しください。

というわけで初投稿です。

★ ★ ★


1771年6月1日


アンギャン・レ・バンで建設された温泉療法施設の開業日がやってきた。

この日の為にヴェルサイユ宮殿の使用人から施設管理者に転身したエドモンド・バレストは、やってきた利用者を出迎えている所であった。


「ようこそアンギャン・レ・バンへ!こちらの温泉療法施設にお越しのお客様ですか?」

「ええ、陛下からの招待状を持ってきております。ご確認をお願い致します」

「これはわざわざありがとうございます。では招待状を拝見させて頂きます!」


オーギュストが施設の開業初日にやってくる客については、改革派を中心としたメンバーらを休養手当を使って派遣していったのだ。

理由は実に簡単である。

しっかりと休みを取って英気を養わせることが重要だと語っていたからである。

温泉療法施設の地下水で冷やした牛乳やココア入り牛乳をご当地名物として開業初日に招待されたメンバーらにご馳走したのである。


「確認致しました。コンドルセ侯爵ですね。どうぞお入りください。お荷物などは入ってすぐ右側に預り所がありますので、そこで預けてください」

「ありがとうございます」


今日やってきたのはコンドルセ侯爵だ。

オーギュストが働き方改革でしっかりと休みを取らねばならないと語り、改革派の主要メンバーにそれぞれ一週間程の休暇を与えたのだ。

休暇を与えたのにも理由があり、一つには上半期までの重要な仕事を達成できたため、ひとまず全員しっかり休んでおこうと命じたからであった。


「やはり休める時にしっかりと休んでおかないといけないからな……コンドルセ侯爵、5月28日から6月4日までに何か予定とかはありますかな?」

「いえ、私は特にありませんが……」

「でしたら、是非ともアンギャン・レ・バンに出来た温泉療法施設に行くといいですよ。あれは本当に素晴らしいところです。これを受け取ってもらえませんか?」


その中でも、アントワネットの勉強を教えているコンドルセ侯爵には何かと世話になっていたオーギュストは、コンドルセ侯爵を呼んで温泉療法施設への招待状を渡したのだ。

王直筆サイン入りの招待状。

コンドルセ侯爵からしてみれば、オーギュストがこうして一人一人にプレゼントを渡すことは珍しくもない。


しかし、招待状というのは今までにないプレゼントであった。

元々オーギュストが企画していたようなのだが、受け渡す時期がずれ込んでしまい、3日前になるという珍事に見舞われたからだ。

それでもアンギャン・レ・バンは庶民にも利用可能な温泉療法施設であり、フランスの風習すら変えてしまうほどの代物なだけに、この招待状は初日から一週間は決められた人しか温泉療法施設に入ることが出来ない。


入浴の正しい方法。

及び、専用の着衣を着て入浴するという方式の為、利用料金は1リーブルと、ほぼ庶民の平均的な日給金額と変わらないので庶民からしてみれば料金は高いが、それでも筋肉痛などを治すことを促進させるための治療施設であることから、医療費を加算していると考えれば安い方である。

コンドルセ侯爵は、こうした入浴をするとは思ってもみなかったようだ。


(しかし……陛下もこうした温泉療法施設を作ってしまうとは……注意書きだけではなくガイドまで付けるのだから、相当ここが気に入ったのだろう)


一か月前に、開業前にアンギャン・レ・バンに日帰り旅行をしてきたオーギュストは実に生き生きとしていたのだ。

同伴していたアントワネットも同様に、二人が仲睦まじい様子で温泉の魅力を語り合っていたほどであった。


「あの温泉は最高だったね……民間の企業と協力してホテルなんかも作りたいね」

「もしくは国営として売店などを出店して温水などを売るのもいいですわ!そうすれば収入源として活用できると思いますの!」

「温水販売か……それもいいね!あの水源だけでなく周囲のコミュニティも国が買い取ったほうが良いかもしれないね、早速ハウザー氏と相談してみよう!」

「ええ!きっと賛成してくださると思いますわ!」


コンドルセ侯爵は、今までにないほどにイキイキとしたオーギュストを見て驚いた。

ヴェルサイユ宮殿に浴場を新設したほどの人だ。

やはり湯に入るのが好きなのだろうとどこか納得した様子で、その仲睦まじい光景を眺めていたという。


後に、フランスで入浴ブームがやって来た際に、この時の話が幾度となく繰り返し流れたことにより、ルイ16世の元気の秘訣は入浴であるという報道がなされたほどであった。


オーギュストを喜ばせた露天風呂に浸かり、そして静かに湯から流れ出る温泉の音を聞いてコンドルセ侯爵は理解した。

身体が温まり、そして疲れもどこか抜けていくような感じになる。

これ程までに入浴が素晴らしいと思ったことはあまりなかった。


精々身体を週に1~2回ほどお湯か水に浸けたタオルで拭くだけだった。

しかし、この温泉はそれとは違い、身体の内側にある疲労を和らげていくのである。

オーギュストが時折口にしていた温泉の魅力について、いざ自分が実感すると彼が喜んでいた理由も納得できる。


「これ程までに……温泉が素晴らしいとは……」


さらに、もう一つコンドルセ侯爵が喜んだのは地下水で冷やした牛乳が名物として出されていたことだろう。

普段は生暖かいようなしぼりたての牛乳であるが、瓶入りの牛乳は地下水で冷やした結果、冷たくて美味しい風味になっているのだ。


おまけに、コーヒーやココア入りの牛乳も別途で売っており、温泉で汗を流して身体を温めた者達はこの牛乳に手を伸ばし、そして気がつけば牛乳を飲んでいる。

コンドルセ侯爵も、この牛乳の魅力に一気にのめり込んだ。

温泉のすばらしさと、それに見合う飲食サービス……。

温泉療法施設だけでなく、宿泊施設や温泉関連商品を取り扱う商店も建設予定だという。


コンドルセ侯爵はそれ以来、月に1回は必ずアンギャン・レ・バンに立ち寄るようになったのだ。

また侯爵であった彼は貴族社会にも、アンギャン・レ・バンの良さや温泉の魅力などを語るようになった為、フランスの上流社会を中心に入浴の文化が広がるように浸透していったのであった。

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