84:おふろ
本章からは入浴に関する記述がありますが、小説家になろうのR-15ガイドラインに従って執筆していることを、ここに明記していますので初投稿です。
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1771年5月1日
「ゴールデンウイークはまだかね?!」
いや、よく考えたらここ日本じゃなかったわ。
ふと思い付いたことを呟いただけのルイ16世だ。
ゴールデンウイークはいつも自室に籠ってゲームか3Dモデリングデータを弄って遊んでいたのだが、現在そんなものはないぜ。
国王権限で休日を増やしたいなと思う事もあるけど、今はヴェルサイユ宮殿に建設されているお風呂場の様子を見に来ているんだ。
現場では現在も建設の作業が続けられていた。
建設の現場責任者に会って工事の進捗具合を確認している所だ。
「これは国王陛下!こちらにいらしていたんですか!」
「ああ、どうだい建設の進み具合は?」
「おおよそ半分は工事が完了いたしました。ちょうど折り返し地点です」
史実の歴史家が見たらなんて事してくれたんだと怒ってくるんじゃないかと思うが、どうしてもヴェルサイユ宮殿で働いている使用人の福利厚生や、フランスに入浴という風習を大々的に取り入れたいと考えた結果、ヴェルサイユ宮殿に入浴場を作ったほうがいいんじゃないかなと思い付いたわけ。
現在半分以上の工程が完成しており、後は外壁と屋根を取り付けて温かいお湯を供給する施設を建設すれば完成という所まできている。
この公共入浴場建設にあたっては、入浴のマナーや風習を広めるという意味合いを込めて作っているので決して無駄な事業ではないことを明記しておきたい。
無論、男性用と女性用で分ける。
混浴したいと思った人もいるかもしれないが、混浴温泉が許されるのはこの時代は日本だけだ。
ペリーが来航した時に、男女一緒に銭湯で入っているのをみてたまげたという記述があるぐらいに、混浴というのは異質に見られたらしい。
というのも、ヨーロッパではそうした面では性に関する事ってかなりシビアなのよ。
日本はわりと大らかだけどヨーロッパでは犯罪という行為がある。
その代表的なのが男女が一緒にお風呂に入るのはタブーなんだ。
男女が混浴した結果、そのままイチャイチャからの良からぬ展開になりかねないという理由で男女合同の入浴というのはローマ教皇などキリスト教圏では禁止されているんだ。
いつの時代でも変態はいるものだ。
公衆浴場でよくやるよホント。
個室でそうした行為を行うならまだしも、公衆浴場でいかがわしい行為が行われた結果、ものの見事に性病が蔓延するというシャレにならない事態が起こってしまい、入浴という大事な風習が疎かになったと言われている。
あと、排水や洗浄機能が不十分だったこともあってコレラやペストも蔓延していたのだという。
想像しただけで寒気がするぜ。
オーストリアなどでは入浴の風習が行われていたのでアントワネットは毎日お風呂に入っているけど、転生者である俺以外のフランス人はあまり風呂に入ろうとしない。
新聞社の社説に俺の直筆で「国王による入浴作法の心得」というお話を毎週投稿することによって、パリを中心に一人用のバスタブや桶が売れているらしいが、それでもまだまだ衛生環境を変えるためには入浴の風習を広めなくちゃいけない。
なので、ヴェルサイユ宮殿と小トリアノン宮殿の間に建設したこの入浴場には、昭和日本風銭湯にしようと気合を入れてアントワネットと一緒に設計図を練ったものだ。
丁度半年前だろうか。
トイレの増設と一緒に、専門のお風呂場を作ると言った際にアントワネットが飛びついてきたんだ。
それからは夫婦で初めての共同作業です(公認)。
ルイ16世も史実では狩りをした後は必ずお風呂に入るぐらいにはキレイ好きだったからね。
当時としてはかなり珍しかったみたいだし、何かと転生者である俺自身と元のルイ16世の肉体で合致しているポリシーというか……こう、身体を清潔にしよう!という意気込みを感じる。
その意気込みはアントワネットにも無事、伝播したようだ。
やってきて早々、フランス人はあまり風呂に入らないと知ってショックを受けていたほどだ。
デュ・バリー夫人を毛嫌いしていたけど、俺以外の人達がお風呂に殆ど入らずに服を着替えたり、なめし革で身体を拭く程度だと知ってからは、毎日入浴するようになった。
「オーギュスト様!大きなお風呂を作りましょう!」
「大きいお風呂?」
「ええ!大勢が一度に入っても大丈夫なお風呂です!広々としたお風呂で手足を広げてみたいのです!」
公衆浴場を作る際にアントワネットはそう目を輝かせて張り切っていたけど、俺が図面を引いた公衆浴場の見取り図では、清掃作業のしやすさ、排水処理などを考えて少人数用のお風呂を3つぐらい並べて、大きいお風呂を1つ……男女合わせて合計8個の浴槽を作る予定だ。
バスタブよりはくつろげるだろうし、何より俺の地元が温泉街に近かったこともあって銭湯のイメージが強い感じに出たんだ。
まぁ、その温泉街というのが昭和時代に繁盛していたけど少子高齢化社会の煽りを受けて転生前までに営業していた銭湯は数えるほどになってしまった。
それでも、帰省した際には必ずノスタルジックな昭和の空気を味わうために銭湯に行っていた。
古臭いゴジック調のタイルにでかでかと掲げられた温泉作法の心得と、富士山の絵。
黄色の桶に今ではあまり見られない古めかしいシャワー。
そして客層はお爺さんか背中にゴツイ刺青を彫ったヤクザさん連中。
でも、みんなマナーよくお風呂に入るので気にもしない。
そんな銭湯で湯船に浸かった後に飲むコーヒー牛乳は至高の美味さだった。
「これは中々区切られているのですね……少々気になる事があるのですが、お風呂のサイズが小さいのではありませんか?それに、小さいお風呂が沢山ありますけど……こんなに設置するよりも大きいお風呂を一つに統合するといいのでは?」
そんな日本のお風呂の想い出がクローズアップされていた際に現実に戻される。
図面を見たアントワネットは、お風呂が小さい事を気にかけていたが、俺が排水や清掃のし易いお風呂だと説明する。
「そうだね、だけどあまり大きくし過ぎても清掃がしにくいんだ。それからお風呂場を大きくし過ぎると、お湯を沸かすのに沢山の薪を使う事になる。資源や財政の事を考えると大きくし過ぎてもいけないんだ。あと、小さいお風呂が沢山あるのは……お風呂の温度の違いだね」
「温度の違い?」
「そう、水風呂にぬるま湯、それから高めの温度に設定したお湯を浸した三種類の小さいお風呂を用意するつもりなんだ。自分に合う温度のお風呂に浸かればいいかなって思ってね・大きいお風呂は39度前後に設定するつもりだよ」
おおよそ日本の銭湯を模している。
違う所を挙げるとするならば、シャワーがないので身体を洗う用の水溜を置くぐらいか。
石鹸はすでにこの時代でもあるので石鹸でしっかりと身体を洗ってから入浴を行う。
現代ならジャグジーバス付きのお風呂を建設するだろうが、そんな立派な装置はありません。
精々炭酸を入れて炭酸風呂にしたり香料を入れていい香りが充満するぐらいなら……できそうかな?
「成程、では大きいお風呂は全員が入れるように適温にする予定なのでしょうか?」
「そうそう、あとお風呂にアロマやミントの香りを漂わせてリラックスできるように香料を入れることも検討しているんだ。多分、その方がお風呂に馴染んでくれると思うからね」
「香料ですか!それはいいですね!では、香料を入れる場所も加えたほうがよろしいと思います!例えばこの辺りとか!」
こうしてアントワネットと一緒に図面を引いて現在の設計図で工事を着工する事が出来たのだ。
アントワネットと切磋琢磨して完成させた公衆浴場の図面を基に、ヴェルサイユ公衆浴場の基礎部分が完成したのであった。
俺は完成を楽しみにしつつ、もう一箇所の入浴施設が完成したとの報を受けて、これからアントワネットと共に向かう予定である。