7:未来への展望
丸善に行ってきてフランス関連の本を買いましたので初投稿です。
「では、手紙で語った『未来への展望』について詳しく話そう。アントワネットにもしっかり聞いてほしい話だからね」
未来への展望。
それはフランス王室の未来を担う重要な鍵だ。
その為にアントワネットの素性を詳しく知る必要がある。
アントワネットはじっと俺の目を見つめている。
可愛らしく、それでいて真っ直ぐな瞳に向けて話を始めた。
「アントワネット、いいかい。私達は時代の大きな転換期に立っているんだ」
「転換期……?」
「そうだ、転換期だ。もうじき人々は蒸気機関を使って人類史を飛躍的に発展させる時代がやってくる」
「蒸気……機関?それはどんな物なのでしょうか?」
「蒸気機関というのは、水が沸騰した際に沸き起こる蒸気の熱を利用して機械を動かすんだ……ちょっと紙と羽ペンを借りるよ」
アントワネットに蒸気機関について詳しく説明するために俺は紙と羽ペンを使って簡単なイラストを描いた。
水を火で熱し、その熱源を利用して動くイラストだ。
口で説明するよりもイラストを見せたほうが分かりやすいだろう。
実際アントワネットも話を聞くよりもイラストを見せたほうが何となくだか分かってくれたようだ。
「……と、こんな感じで蒸気の熱を利用して馬よりも力のある機械を動かすことができるというわけだ」
「馬よりも力のある機械……」
「そうなれば蒸気機関を利用し工業産業を主体とした産業文明時代に突入するのだよ。産業の力が国王よりも強大になり、産業が国を制する時代が幕を開けるのさ」
ヨーロッパでは産業革命時代の幕開けやフランス革命が起こった前後が近世と近代の境目にあたる時代の分岐点となっているんだ。
既にイギリスでは蒸気機関を世に広めた発明家ジェームズ・ワット氏が現代でも通用する蒸気機関を開発することに成功している。
まぁ早い話がその後の世界史を見れば産業革命が起きて人々の生活が一変したというわけ。
世界の歴史が大きく動くのだ。
「正直な話、フランスはイギリスよりも産業においては一歩遅れているからね。祖父の戦争・植民地政策の失敗、積み重なる国費に反して減り続ける国庫……これらを解決するには工業産業の基盤をフランスに作ることに掛かっているんだ」
「つまり、オーギュスト様は国王になられた際には……工業というものを大々的に作るおつもりですか?」
「その通りだ。そうなれば国は豊かになる。しかし乗り遅れてイギリスとの競争力を失えばたちまち我が国の経済は鷲に食い殺されるひな鳥のように地に落ちていくだろう。ある意味博打さ」
実際問題、国の金がねェんだワ。
すでにフランスの経済は底ではないがかなり不景気気味だ。
これもあれも全部、戦争に明け暮れた上に豪華な建築物をタケノコのようにバンバン建てたルイ14世と、そうした問題を解決せずに国力と経済力を考えずにイギリスに戦争を仕掛けてフランスがアメリカ大陸から撤退してしまい大損したルイ15世の治世が原因なんだよなぁ。
それまでフランスはアメリカ大陸でもそれなりに土地をもっていた国家でもあった。
でも何かと負けず嫌いであったルイ15世はアメリカ大陸・西インド諸島・インド大陸でイギリスと戦争を起こすも大敗北を起こし、植民地のほとんどを手放した。
結果的に残ったのは戦争によって嵩んだ戦費と借金だけであったのだ。
(対外的に平和路線にしておけばアメリカ大陸やインド大陸の一部がフランス領だったのに……ルイ15世め、勿体ない事しやがって)
心の中で愚痴りつつも話を戻そう。
そうした祖父たちの積み重ねた財政赤字や民衆の不満のしわ寄せが全てルイ16世に降りかかった結果、フランス革命は勃発したのだ。
そんでもってアントワネットは宮殿内での対人関係でのストレスが原因で競馬などの博打やドレスなど衣装……数百着の爆買いを国の税金を使って行った事が庶民の怒りを買い、国民の信用を損なわせてしまう一因となった。
あと議会を招集しても多数決制に対して駄々を捏ねる無能な大貴族とか聖職者とかの意見をルイ16世が事なかれ主義で済ませてしまった事で、革命派が
そうした事にならないようにアントワネットに色々と教えるべきなんだと思う。
「このフランスの現状を鳥に例えるならやせ細った鶏だ、このままだとあと20年ぐらいで私達は残った肉すら失い、やがては病魔に蝕まれて死んでしまうだろう……そのような悲惨な末路だけはなりたくないのだよ」
「……オーギュスト様は国を本気で変えるおつもりですか?」
「勿論だ。たとえそれがいばらの道だとしてもだ。このフランス王国を、そしてアントワネット……君を幸せに……そして平穏に暮らしたいから俺は既に準備をしているんだ。国王になったらこのフランス王国を根本的に立ち直らせる。その為には君の力が必要なんだ、どうか協力してくれないか?」
「わ、私の?」
俺は真っ直ぐな瞳で見ているアントワネットに手を差し伸べた。
彼女は悪女だとは思っていない。
時代に翻弄されてしまった被害者だと思っているのだ。
確かにまだまだ教育が未熟な所もあるだろう。
それでも俺はアントワネットと一緒にフランスの未来を作り上げたい。
その一心で手を差し伸べたんだ。
子供を身ごもった後はギャンブルなどはやめたし、革命が起きた際には子供の身を案じていたのもアントワネットだ。
歴史的な資料などを見る限りでは王族として優雅さなどを持ちつつも、子を案じる親として愛情を注いでいたのだと思う。
アントワネットはゆっくりだが、差し出した手をゆっくりと握りしめてくれた。
温かい。
アントワネットの温かい両手で手を握ってくれた。
信頼を勝ち取ったのかどうかはまだ分からない。
それでも彼女は手を握り、少しだけ震えるような声で言った。
「私は……まだ私は未熟者です。そんな私の為に……いえ、国と国民の為に……そこまでお覚悟を決めていたのですね……すみません……私……覚悟なんて……決めていなかった……」
「いいんだアントワネット……君は俺を信頼してくれた。手を握ってくれた。そんな君が俺は大好きだよ」
その言葉が心にクリティカルヒットしたのだろう。
アントワネットの涙腺が潤み、涙がポロポロとこぼれ落ちていく。
「ああ、オーギュスト様!オーギュスト様!」
「大丈夫だよ……頑張ったね……」
アントワネットは涙して泣き崩れた。
色々と溜まっていたフラストレーションが爆発したのだろう。
気が付けばアントワネットが俺の胸の中で涙を溢していた。
そんなアントワネットを抱きしめて頭を撫でる。
彼女の温かみと香りを感じながら結婚式の夜は過ぎていったのであった。
皆さんがオススメするフランス関連の本がありましたらどしどし感想欄に書き込んでください