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77:トゥモロー

ジャガイモ料理回となるので初投稿です。

あと400万PV達成しました!

ありがとうございます!

☆ ★ ☆


西暦1771年3月30日


金塊公爵事件の裁判が終わり、国内は改革を許容する安定期に入ろうとしていた。

オルレアン家への判決は一定の評価を得たが、法廷内で隠し持っていた刃物を使って自殺したルイ・フィリップ2世の行動や彼の問題行動を中止させなかった高等法院への責任追及が行われ、しばらくの間高等法院での審議が見送られることとなった。


大勢の反改革派の貴族・聖職者が拘束され、国内の大多数を占める一般市民や農民達は若くて斬新なアイデアを常に出している新しい国王ルイ16世を大いに支持していた。

特に市民階級の者たちからは熱狂的ともいえる支持を受けており、新聞各社もルイ16世から送られる改革の事について文字の読めない者でも分かるようにと、イラストを使って解説するほどだ。


また、開明派とも呼ばれるルイ16世主導の改革に賛成の立場を表明した貴族・聖職者達は、重要な役職を与えられて国の基盤ともいえる政治・経済体制の強化に乗り始める。

特に改革を進めるにあたって、農業・産業・科学分野の研究要員並びに人員増強を図る王国政府は、出身や身分問わず、どんな身分階級出身でも実力や技能などが認められれば取り入れる方針を決定していた為、3月でパリの大学を卒業した第三身分階級者の多くが関係省庁に採用されるといった改革の成果を示す日となっていた。


そんな花々しい日々が加速していくフランスの中心地、ヴェルサイユ宮殿。

このヴェルサイユ宮殿で働いている使用人たちの御用達の店では、使用人たちが集まって酒盛りを行っていた。


そこは酒場「タンタシオン・ソルベ」

普段は酒を飲まない者までやってきて騒いでいる。

通常の倍以上の人だかりができていたのだ。

騒ぎの中心になっているのは酒場の店主であった。

店主は周りを囲んでいる人々に興奮した様子で語りだす。


「ああ、1時間前に国王陛下がこのジャガイモを持ってきて渡してくださったんだよ!!!」

「本当かよ?!」

「ああ、確かに陛下を見たぞ……手提げかご一杯にジャガイモを持ってきて店の店主に渡していたぞ」

「……店主、本当に国王陛下だったのか?」

「おれが間違えるか!!!それに国王陛下直筆サイン入りのワイン瓶まで貰ったんだからな!!!ほら!見てみろ!!!」


店主はワイン瓶を見せつける。

確かに店主が貰ったワイン瓶には国王陛下直筆のサインが入っていた。

それを見て人々は唖然とした様子で店主を見つめる。

そして使用人の一人が店主に


「旦那ァ……国王陛下からサイン入りの瓶まで貰うだなんて普通じゃあ考えられないよ。一体何をやったんだ?」

「俺は何もしていないって!!!ただ……」

「ただ?」

「先月この辺りの店に配られたチラシでな……王室公認でジャガイモを使ったオリジナル料理のレシピ募集中というのがあったんだ。……で俺も料理を出したんだよ……そしたら今日陛下がやってきて”このメニューを考案して料理を作ったのは貴方ですか?”と訪ねてきたんだ」

「ジャガイモのレシピ募集?」

「ほら、ジャガイモを普及させるために国王陛下が推し進めている食糧政策の!!」

「ああ!!あれか!!!」

「それで陛下が来たんですね!!!」


ヴェルサイユ宮殿に勤めている使用人達は食糧政策という単語が出てきた途端に納得した様子で店主を見つめた。

食糧改善と新大陸から持ち運ばれたトマト・トウモロコシ・ジャガイモなどを使った新しいレシピの考案をヴェルサイユ周辺の料理店で出したのだ。

それも高級料理店ではなく庶民などが多く利用する一般的な酒場や食堂で配られたのだ。


というのも、これにはオーギュストの方針があったからだ。

価格も安く庶民でも簡単に調理でき、かつ美味しく出来上がる料理を作ることが出来ればフランスにジャガイモを普及できるのではないかと考えたからだ。

そこで突発的ではあるがまずはヴェルサイユ宮殿近郊にある数十店舗の庶民などが好んでいく料理店にジャガイモを使ったレシピの考案募集のチラシを配布したのである。


チラシを受け取った「タンタシオン・ソルベ」の店主が考案したのは、茹でたジャガイモを潰してから中に焼いた豚肉を混ぜて肉汁たっぷりのソースで包んだもの……ジャガイモの豚肉ソース包みという庶民らしい料理であった。

作り方が単純であると同時に、豚肉とソースの相性がピッタリでボリューム感があるので最優秀賞に選ばれたのだ。


「どうやら俺が最優秀賞を獲得したそうだ……ああ、今でも信じられないよ」

「さ、最優秀賞をとったんですか?!」

「ああ、王室でも出される上にレシピ考案費用として月に80リーブルを支給するって……それでこのワインは国王陛下から直に最優秀賞の賞品として受け取ったんだ。”去年フランスのワインでも一番の出来栄えだと評判のワインだそうです。酒場ですのでよろしかったら……”と、このワインを下さったんだ」

「ほー……それはおめでたいですな、で、このワインの銘柄は?」

「聞いて驚くなよ?ブルゴーニュワインでも金星として選ばれたシャンベルタンだ!!!この瓶だけで1000リーブル以上の値打ちがあるぞ!!!」

「「「せ、1000リーブル?!」」」


フランスでも特上ワインとして名高いブルゴーニュ地方のワインの中でも特上と称されるワインである。

元々は王室は大貴族など特定の人しか飲めない貴重な代物である。

そんな高級品を賞品として平民である店主に国王陛下自ら手渡しで行ったのだ。

店主は銘柄を見た瞬間に、思わずワインの瓶を落としそうになった程であった。


この時代、労働者階級の平均年収が約400リーブルから600リーブルと言われていた。

つまり、庶民の平均年収の2倍以上の値打ちがあるワインをポンと賞品として出したのだ。

店主は当初、自分の場所で置くには勿体ないとして辞退を申し出ようとした程であった。


「国王陛下、誠にありがたいのですが、流石にこれだけの代物を受け取るには、私には荷が重すぎます……」

「そうか……いや、じゃあこうしよう。中身を今日中に使い切る条件で受け取って欲しいんだ」

「中身を全部使い切る……?!」

「そうだ、今日私がここに来たと宣伝すれば多くのお客さんがやって来るはずだ。彼らに振る舞ってやればいい。君の店を調べたが……ここに来るのは、ヴェルサイユ宮殿に勤めている人が多いそうだね」

「は、はい……その通りでございます」

「今日やってくるであろう人々にこのワインをプレゼントして欲しいんだ。平等にあげるためにも……是非とも()()()用に使ってね」

「なっ?!あ、味付けに?!これを!!!???」


そう、オーギュストは料理のソースにこのワインを使うように申し出たのだ。

飲んでしまえば一人一口にも満たない量になってしまう。

であればソースの材料として使ってしまおうと提案してきたのだ。

ぶっ飛んだ提案ではあったが、庶民である店主は一度お目に掛かれるかどうか分からないほどのワインを、そのように使ってしまっていいのかと思ってしまう。


「このワインの価値は約1000リーブル……確かに、値段は高いし。量もそこまで多くはない。みんなで平等に分け与えたら精々小さいスプーンで啜るのが精一杯かもしれない。だけど、ソースの材料として使用すれば大勢の人に振る舞える。”シャンベルタンを使用した料理を客に大盤振る舞いした”と宣伝しても、それが誇張ではなく事実として語り継ぐことが出来る。物の価値によって使い方も慎重になるのが人の常だ。一人でチビチビ飲んでしまうよりは、大勢の人に振る舞ったほうがいい。私ならそうするけどね」

「は、はあ……」

「どうかな?是非ともあの美味しかったジャガイモの豚肉ソース包みの材料として、これを使って一世一代の料理をみんなに振る舞ってもらえないだろうか?」

「……わかりました。国王陛下がそこまで仰るのであれば使わせて頂きます!!!」

「ありがとう。せっかくだから瓶にも”価値”を付けておこう……チョットだけ待っていて貰えないだろうか」


そう言ってオーギュストは筆とインクを持ち出して瓶の銘柄の所に直筆サインを入れたのだ。

これで国王陛下がやってきて、渡したという証拠にもなるのだ。

事の顛末を話し終えた店主。

それを聞いていた人々は思わず息をのんだ。


「まさか陛下がねぇ……」

「あの御方は改革を粛々と行っているからな……こうして料理の味付けに使って皆に振る舞って欲しいとは……なんとも凄いお人だ……」

「ああ、で、店主……このジャガイモの豚肉ソース包みというのは食べれそうなのか?!」

「勿論、なんせ国王陛下があの後使いの人を出してきて沢山ジャガイモを寄こしてくれたからな!今夜は全員にシャンベルタン入りのソースを振る舞えるぞ!!!」

「「「うおおおおおおおお!!!!」」」


その日、タンタシオン・ソルベはかつてないほどの人で賑わったという。

酒場「タンタシオン・ソルベ」の店主が考案したジャガイモの豚肉ソース包みは瞬く間にヴェルサイユからパリに、そしてフランス全土に伝播していった。

手軽に作れて手軽にボリュームのある食事が取れるとして、主に男性を中心に人気のメニューとなった。


このようにして、オーギュストはジャガイモの普及を促進していったのだ。

ジャガイモを使った料理が庶民を中心にフランスに広がっていくのと同時に、ジャガイモ栽培を始める農家が増えていき、ジャガイモに対して否定的であった教会なども、味を認めてからは否定的な見解を述べるのを止めたほどであったという。

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