74:おっ、裁判で煽るとは通だね!
ルイ・フィリップ2世が証言席に立って最終弁論が行われた。
まず驚いたのがルイ・フィリップ2世に疑いが掛けられている容疑なんだが、何と全て無実であると主張し始めたのだ。
しかもやった事を認めてだ……。
「被告人、ルイ・フィリップ2世!貴方は国王陛下を侮辱し、かつ改革を妨害しようとした事を認めますか?」
「ええ、私は確かに国王陛下に対して強い口調で申し上げたのは事実であります。しかし、事実は事実です。決して嘘などは申しておりません!この裁判は改革に反対の立場を表明している私を陥れるために仕組んだものなのです!!!」
「なっ……」
「何を言っているんだあいつは……?」
フィリップ2世の弁論はノンストップで行われた。
金塊に関しては自身は全く関与していなかっただけでなく、国王陛下を害する行為を講じていたことについても全て否定したのだ。
最終弁論で、しかもこれだけ大勢の人がいる中で自供を全てひっくり返すような事を彼は堂々としゃべり始めた。
「そもそもです!!!国王陛下は貴族のみならず、神聖な職務を全うしている聖職者の方々にまで税を課そうとしているのです!!!これこそが改革であってはならない事ではないでしょうか!!!我が国はカトリックが主流となっている国です。にもかかわらずプロテスタント系まで寛容令で自由にさせてしまっているが為に、この国では卑しい身分や人種までもが入り込んできているのです!!!」
「ひ、被告人は静粛に!」
フィリップ2世は堂々と発言を繰り返した。
明らかに卑しい人種とか差別過ぎるでしょそれは……。
傍聴席がざわついてきているし、何よりも俺の眉間にしわが自然と寄って来ているのが自分でも分かるほどだ。
「なぜ止めようとするのですか裁判長!!!それに傍聴席にいる皆さんにも分からないでしょうか?!農奴の廃止やこれから貴族・聖職者にも多額の税金が掛けられるのです!!!我々に与えられていた権利を国王陛下や改革派は踏み潰そうとしているのです!ここで、いや、今この場において裁判で間違っているのは傍聴席で私を見ている国王陛下、貴方ご自身なのです!!!」
フィリップ2世は証言席からぐるりと回って俺を指さした。
彼の顔はまるで阿修羅像のような形相であった。
指を差して裁判官に国王である俺の責任であると訴えたのだ。
「私はこれでも貴族としての誇りを背負っている!!!つまり、まだ私の心の中には貴族としての模範、そして歴代当主が背負ってきた精神があるのです!!!ですが、国王陛下には先の前陛下のような覇気はおろか統治者としての器があるのかすら怪しいのです!!!これからの時代を率いていくにはより柔軟かつ臨機応変に対応できるものこそが相応しいのです!!!分かりますか裁判長!!!」
「分かりましたから被告人は静粛に……」
「ええ!!!ですから申し上げているではありませんかぁ!!!私がここまで追い詰められたのも国王陛下……あなたが十分な配慮を怠ったことが原因なのです!!!」
逆ギレした挙句、俺に指を差して責任転嫁までするとは恐れ入った。
裁判だからって何でも発言していい事な訳ないでしょう。
まだ心情的にはルイ・フィリップ1世のほうが遥かにマシだわ。
なんでこいつはここまで俺と敵対しているのか理解に苦しむ。
裁判官すらちょっと嫌そうな顔をしているぞ。
たぶん温情判決だそうとしていたけど難しくなった感じかもしれないな。
いくら教皇国から影響があってもここまでギャーギャー喚き散らしているようでは流石に弁論の余地なしと判断されるでしょう。
「被告人は静粛に!!!」
「いいえ!!私は極刑にならない!!!!それはこれから出される判決でも分かる事でしょう!!!」
「ひ、被告人は一度退席しなさい!」
自信たっぷりに返答されたところでフィリップ2世は裁判官から退席を命じられた。
明らかに裁判官も温情判決出すのが厳しくなったような顔をしている。
数名が話し合っているぐらいだ。
傍聴席もフィリップ2世や発言を止めなかった裁判官に対して批判的に発言をする者たちが相次いだ。
「全く……何を考えているんだ!国王陛下を侮辱するとは……!」
「裁判官もなぜ途中で止めさせなかったんだ!」
「いい加減死刑判決を下せ!!!」
傍聴席からの非難の声に裁判官は木槌を叩いて落ち着かせようとする。
―カン!カン!カン!
「静粛に!!!これより審議を行って最終的な判断を行う!」
裁判官がそう宣言した直後、国土管理局の職員がやってきて俺の真横で報告を行ってくれた。
どうやらフィリップ2世を重罪にできる決定的な切り札が到着したようだ。
まさにちょどいいタイミングだ。
港から大急ぎで持ってきた手紙、これがあればフィリップ2世を極刑に処することが出来る。
「裁判官殿!たった今到着したこの手紙をお読みください」
「なんだこれは……こ、これは……!」
「はい、さる御方のご意志に基づいてお書きになられたものです」
国王側の国家憲兵隊が裁判官に、審議を行う前に手紙を渡した。
手紙を受け取った裁判官が目を丸くして驚いている。
手を震わせて他の裁判官にも手紙を見るようにと呟くと、他の裁判官らも手紙に釘付けとなっている。
手紙の差出人……それをみれば敬虔なカトリック系のキリスト教徒であれば震え上がる代物だ。
差出人の名前はクレメンス14世。
そう、教皇国のトップであり、同時に第249代目のローマ教皇の名前でもある。
こちらから教皇国に使者を送り、教皇国から正式な返答が無事にやってきたというわけ。
その文章を見ていた裁判官が震え上がっているのも理由は分かるはずだ。
”ルイ・フィリップ2世は神の教えを否定するような発言を行ったばかりでなく、妻への日常的な暴力や不倫を堂々とした挙句、彼の支持者であるカトリック系の聖職者の中にも淫乱にふけっていた者も出たと聞く。神の教えに背く無法者は例え我々の支持者といえど容赦なく罰するべきである。ルイ・フィリップ2世と妻との結婚を無効化すると同時に、フランスにおける教会の風紀を正し、罪を認めていても反省の色が見受けられない場合は聖職者といえど極刑に処しなさい クレメンス14世より”
俺も手紙を写したものを受け取ったけど、やはり教皇国……カトリックの総本山がブチ切れている具合が見て取れる。
金塊公爵事件に関連してオルレアン派に属していた聖職者にも逮捕者が出たんだが、その中で堂々と淫行行為をやっていた連中がいたんですわ。
その一件は別事件として行われた上に逮捕者は多くは無かったが、問題は一部の教会が信仰心を盾に性的暴行を行っていたことが発覚したんだ。
しかも被害者は数が多い上に中には成人どころか年齢が二桁に達していない者もいて、神への信仰心を強める修行、懺悔への行いと称して慰み者にするというとんでもない事をしていた。
(超えちゃいけないラインを考えろよ……流石に頭に来ちゃったわ)
報告書を読んだ俺は真っ先に手紙を書いたんだ。
教皇国のお偉いさん宛にね。
無論、その事を包み隠さずに報告したというわけ。
『ルイ・フィリップ2世は妻がいるにもかかわらず愛人を取り囲んで毎晩浮気を繰り返していた挙句、彼の支持者である聖職者の一部も女性への集団暴行事件に別件ですが関わっていることが判明しました。改革に反対する彼らが淫行に走り教会の名誉を穢す行いをしていた事は残念でなりません。そうした事が今後二度と起きないように釘を刺してもらえないでしょうか?もし、今後繰り返し起きるようであれば我が国としても見過ごすことはできなくなります』
改善を願いつつも脅迫状みたいな感じになっているが、これぐらい言わないと分からないと思って書いたんだ。
そしたらちゃんと受け取ってくれた上で、この一件で教皇国はオルレアン派への裁判を妨害しないと約束してくれた。
もし国王である俺がこれを皮切りに教会への強制捜査を行おうとするものなら彼らは支持基盤を失いかねないからね。
手打ちとしては上々だろう。
裁判官たちは震えながらも審議を始めたのであった。