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70:City Pop

☆ ☆ ☆


「目的地だけど香水屋でいいのかい?」

「はい!私、自分で香水を買いたいのです!」


馬車の中でアントワネットは目を輝かせていた。

というのも、アントワネットが俺の為にわざわざアロマオイルの香りを発する香水を取り寄せてくれて以来、香りに凝っているという。

特にフランスは香水の文化が発展した国だ。


理由?

そりゃ風呂に入る習慣が無いからね。

体臭を誤魔化していたんだ。

風呂だけじゃなくて水浴び自体がよろしくないと考えられていただけに、体臭はお察しレベルなぐらいに酷いものだ。


転生した直後は体臭のキツイ人が来るのと、香水の香りが強すぎる人の臭いがリミックス状態で鼻の中に入ってくるのでマジできつかった。

嘔吐するまではいかないにしても、ちょっとずっと同じ場所には居たくないなと思うぐらいには酷かったんだ。察してくれ。


最近は風呂や水浴びをする人が増えてきたらしく、体臭が気になる人の数は減ってきている。

それは良い兆候でもある。

宮殿にいても臭いが気になる人は数えるほどしか居なくなったほどだ。


俺が毎日お風呂に入るようになったからかもしれないけどね。

垢をしっかりと落とせば体臭も和らぐ、新聞の記事投稿にその事を書きこんだ際に、感化された人々が増えてきているそうだ。


「アントワネット様、もうじき到着いたしますよ」

「分かりましたわ。どんなお店か楽しみですわ」


とはいえ、香水は女性を魅力的にさせる上で欠かせないアイテムだ。

ドレス屋に次いで人気があるという。

俺はあまり洋服などのファッションにはいまいちピンとこない。


残念ながら転生前も洋服はスーツ一式と部屋で着る用と外出用だけあればいいという服に金を掛けない主義だったんだ。

なので服選びについては致命的レベルでセンスが無い。

素直に召使い長などに任せたほうが無難な程だ。


尚、今回立ち寄る香水屋では白檀びゃくだんオイルを買う予定である。

白檀は、ほのかな甘く爽快な香りが漂うことで有名らしく、香水の中でも比較的高価な部類に相当するそうだ。

白檀を中心に、部屋用に漂わせる香りと洋服や身体に付ける香水などを購入するつもりだが、これが割とパリ市内に充実していた事に驚いている。

数百メートルごとに香水を取り扱った店が存在しているのだ。

おまけに香水だけでなく手袋屋が多く香水を取り扱っている事に俺は衝撃を受けているんだ。


「手袋屋が香水を取り扱っているのか……ちょっと意外だな」

「手袋の革に香水を染み込ませることが多いのです。なので手袋屋が香水を取り扱うことが出来るのですよ」


ランバル公妃曰く、香水の取り扱い業者の多くが手袋屋なのだそうだ。

この時代のフランスでは主になめし革を使って身体を拭いていたことが多いのだという。

身体を拭く次いでに香りを身体に塗りつけてしまおうという考えだったそうだが、これがフランスでは日常生活に欠かせないものになっていたようだ。

通りで手袋屋が多いなと思ったが、そうした歴史的な理由があった。

と、ここで馬車が止まり、目的地に到着したようだ。


「ここが良質な香水を取り扱っている事で有名な香水専門店”メルヴュー・ソ・レロン”ですわ」

「香水専門店……」

「フランス各地から取り寄せた香料を使って香りを引き出していることで有名なお店です。私も愛用している香水もここで購入しているのですよ。香りの品質は私が保障いたしますわ」


ランバル公妃お気に入りで、太鼓判を押す程のお店のようだ。

真新しく建てられたのだろうか、建物も綺麗な作りになっている上に窓ガラスも綺麗だ。

ドアを開けると香水屋の店主が出迎えてくれたのだ。


「いらっしゃいませ、メルヴュー・ソ・レロンへようこそ……はっ?!あ、貴方様は……!」


店主の女性が出迎えてくれたのはいいのだが、俺を見て目を飛び出しそうなほどに驚いている。

あ……もしかしてこの人俺の事を知っているのだろうか?

一応は変装しているし、俺の顔を知っている者は少ないハズ。

何となくだが、どこかで見たような気がする。

何処だっけ?

思い出そうとしていると店主の方から辺りに聞こえないように囁くような声をかけてきた。


「あ、あの……もし、お間違いでなければ国王陛下でございますか?以前、ヴェルサイユ宮殿で泥棒に突き飛ばされた際に助けて貰った者です」

「あっ?!あの時の!!」


そう、アントワネットと結婚した次の日にヴェルサイユ宮殿でピクニックをした日に宮殿内でスリをしていた男を捕まえようとして女性が目の前で突き飛ばされたんだ。

咄嗟に俺が受け止めたお陰で大事にはならなかったけど、宮殿内の守衛に関する問題が浮き彫りなったんだよね。

あの時の貴婦人……ああ、確かにそうだわ。

この人だ。

貴婦人は頭を下げて自己紹介をしてくれた。


「ま、……まずはお礼を言わせて下さい。あの時は助けて下さって誠にありがとうございます。私はドミニク・コレットと申します。現在主人はル・アブールにて香料の買い付けを行っておりますので代理として店主を務めさせて頂いております。へ、陛下は……ほ、本日はどのような件でいらっしゃったのでしょうか?」

「こちらこそ、マダム・ドミニク。今日は休みも兼ねてコッソリ香水を買いに来たんだ。だからここでは陛下とか畏まらなくていいよ。私は客として来ている。だから今は普段通りに接してほしい」

「わ、分かりました!」

「よろしい。ここなら白檀びゃくだんを基にしたオイルがあると聞いたんだけどあるかい?」

「は、はい!こちらにございます!ささっ、どうぞこちらに!」


多少ビックリしながらもドミニクが店内を案内してくれた。

様々な色をした瓶が所狭しと並んでいる。

これが全部香水なのだろう。

その中から棚の一番高い場所に置いてある黄色い瓶を取り出した。

この黄色い瓶が白檀入りのオイルのようで、ドミニクはかなり慎重に持ってきてくれた。


「こちらが白檀オイルとなります。現在在庫はこれだけですね。あとは白檀の入荷待ちとなっております」

「白檀ってそこまで人気なのですか?」

「はい、現在お取り寄せを含めましても限定品となっております。去年原産地のインドで白檀が生育不足で品薄状態となっております故、ご提供できるのはこれだけとなります」

「なるほど……香りを試してもいいかな?」

「ええ!よろしければお香りを嗅いでみてください、きっと気に入りますよ」


お試しにどうぞと容器の蓋を開けて香りを嗅いでみる。

これが白檀の香りか……。

うん、甘い香りで且つすごく爽やかな感じだ。

人工的に作られた化学製品よりも香りがきつくなく、それでいて透き通る甘い香りが漂ってくる。

これは良い!

普通のアロマオイルとはまた違った香りが良いね。


「う~ん、いい香りだね。みんなはどう感じた?」

「ええ、この香りはいいですね!是非ともこれを買いたいです!」

「とっても、気分が落ち着きますわ」


満場一致でこの白檀オイルを買う事になった。

希少品ということもあってか、それなりに高い買い物になってしまった。

この瓶一本で100リーブルもするようだが、それでも偶の贅沢だと思えばいいかもしれない。

アントワネットが楽しみにしていたのだ。

男たるものここで買わねばなるまいて……。


ケチらずに俺はポケットマネーで100リーブルを支払い、ドミニクから白檀オイルを買ったのだ。

さらに他にもいくつかの香水を50リーブルで追加で購入し、合計150リーブルの買い物を済ませるとそろそろヴェルサイユ宮殿に帰る時間となってきた。

俺たちはドミニクにお礼を言って、今度来るときは主人にもよろしくと伝えた。


「ありがとう。君のおかげで良い買い物が出来たよ。また今度来るときはお忍びではなくて正式に来ると思う。その時は宜しく」

「マダム・ドミニク!ありがとう!」

「は、はい!お買い上げ誠にありがとうございました!」


香水を買った俺たちは店を出て馬車に乗り込むと、再び自分達の根城であるヴェルサイユ宮殿に戻るために来た道を戻っていくのであった。

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