69:内部会議
ヘラジカに会ったことはないですが、冬場の山道に鹿とすれ違ったことがありましたので初投稿です。
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オーギュストがアントワネット、ランバル公妃と共にパリ市内で観光を楽しんでいる頃。
国土管理局アドバイザーのハウザーと財務総監ネッケル、それにコンドルセ侯爵やカロン・ド・ボーマルシェなどオーギュストと関わりの深い人物が小トリアノン宮殿に集まって会議を開いていた。
会議の内容はオーギュストの業務内容を如何にして減らすべきかであった。
「それにしても……国王陛下は働き過ぎです。何とか業務を減らせませんか?」
「陛下は自らお確かめしてミスが無いかを真剣にチェックしております。無論、それは良いことではありますが、同時にお身体のご負担になっていることは確実です。現に、小トリアノン宮殿で作業をしている間も上の空になっている事がありましたぞ」
「それは明らかに過労ですな。私から見ても国王陛下は疲れているように見えます。業務をこちらで回していける分はやっているのですが……それでも陛下は我々に気を遣って全ての仕事を引き受けてしまうのが問題ですな」
「ええ、政治・経済・科学・農業……ありとあらゆる分野に精通している御方だけに倒れてしまっては元も子もない。何としてでも陛下の業務を減らしましょう」
「異議なし」
「賛成ですな」
誰の目から見てもオーギュストの働きっぷりは凄まじいものであった。
若いころの熱意。
そして明快な指導力は側近たちが理解していたのだ。
誰しも感じたことがある故に、自分の限界というものも理解する歳である。
しかし、オーギュストはまだ16歳。
ましてや中身が転生者であり精神年齢が30歳前後であるということは彼らにとって知る由もない。
ブラック企業勤めだったこともあってか、残業は日常茶飯事。
業務内容の修正や依頼訂正の追加案件など会社では日課となっている有様であった転生者にとって、ここでの仕事は今までの総演習を行っているような感じであった。
だが、結果的に燃え尽き症候群や躁うつ病に近い状態になってしまっていることを考慮すれば、これ以上の業務は毒にしかならない。
しかし、今日になって事態は大きく変わった。
同盟国であるオーストリアのテレジア女大公陛下から『仕事も大事だが、休むことも国王としての務めだ』と休むように指示を出されたことで、オーギュストは初めて2日間ほど仕事を休むと申し出たのだ。
この申し出を最初に承ったハウザーら側近たちはホッと胸を撫でおろした程であった。
仕事内容も国土管理局の職員たちで処理ができるものであったので、職員たちが現在仕事に取り掛かっている真っ最中だ。
「テレジア女大公陛下がおっしゃっていたように、これからは最低週に1日はお休みを入れたほうがよろしいと思います」
「1日休み……業務時間もお決めになったほうがよろしいのではないでしょうか?私が聞いた噂話によれば王太子殿下であった時も深夜の2時近くまでデスクに座って改革の草案を行っていたとの事ですが……」
「コンドルセ侯爵、その通りです。国王陛下は一度決めたことはどんなに時間を掛けても処理する御方です。夜は必ず寝るように進言を入れた方がいいですな」
コンドルセ侯爵は深夜遅くまで王太子殿下は改革草案を練っているという噂話が事実だった事に驚いた。
それも改革に深く関わっているハウザーが証言したのだ。
これには驚いて目を丸くしている。
であれば無理をして業務を続行させる必要性はない。
深夜の業務を控えるように進言を入れるようにハウザーにお願いをした。
「お願いいたしますハウザー氏、本当に……国王陛下はまだ16歳だというのに、我々よりも働いておりますからな」
「同意です。ですが、これで陛下も御理解を頂けたと思っております」
「そうですな……ところで、陛下は昔からあのような性格の人だったのですかな?」
「いや、昔は今のように活発な御方ではありませんでした。むしろ正反対のようなお人でしたぞ」
「それは本当ですか?!ボーマルシェ氏!!」
「ええ、幼い頃の国王陛下とは何度かお会いしたことがありますので分かりますぞ。アントワネット王妃とのご結婚がお決まりになり、結婚式の一か月前あたりから急に人が変わったのですよ」
ボーマルシェはルイ15世や娘のアデライード達と親しい間柄であった。
その中でもルイ16世、現国王陛下についてもここにいる誰よりも詳しく知っている人物でもあった。
それまでは、人見知りが強く、内向的な性格であったのだ。
おまけに口下手であったことから、ボーマルシェも面と向かってルイ16世と会話したことも数えるほどしかなかった。
「私からしてみても、陛下は4月ごろに明るくなりましたね。人と良く話すようになりましたし、使用人達の間でも急に評判が良くなりましたから。きっとアントワネット王妃との結婚を機に今のような感じになられたのです」
オーギュストは結婚一か月前を目途に、突然と人格が変わったように活発な性格となって色々な人達と接するようになった。
それは遠目で見ていたボーマルシェからも見ていて驚く程であった。
結婚を機に意識を変えようと思ったのか、それとも副次的な要因によって性格が変化したのか……。
ボーマルシェにとって、ルイ16世ことルイ・オーギュストは実に不思議な人間という印象を持っているのだ。
「では、もしかしたら我々に見せているお姿も無理をして演じていらっしゃるのではないのでしょうか?」
「可能性としてはあり得ますが、仮に演じていらっしゃるにしてもあそこまで張り切っている陛下を見ていると、何とも言えません。それに関してはそっとしておきましょう」
「そうですな、仕事はともかくその事に関しては置いておいたほうがよろしいでしょう」
ボーマルシェにとって、オーギュストの性格の変化は王太子として、そして夫となることで変わったのだろうと思っている。
無論、それはある意味では当たっていた。
オーギュストは結婚したら女性とどのように接するのかを考えていたからだ。
ただ、その考えをしていたのが転生者であったということは知る由もない。
その後、会議は午後2時30分まで続き、オーギュストの業務については本人ご臨席の上でしっかりと取り決めることで会議をまとめ上げたのであった。