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60:意識感じるんでしたよね?

「国王陛下、こちらが集計結果でございます」

「おお、見せてくれ」


国土管理局の職員が分厚い大きな紙で記した各地における改革への意識調査がやってきた。

表向きは国勢調査や人口統計の管理などを行う機関という設定だもんね。

ページ数は300にも及ぶ。

ちゃんとその設定を活かせているようだ。


フランス全土の主要都市、並びに地方都市で調査が行われた。

調査対象は全国で約1万人に及ぶ。

国土管理局の設立と同時に半年ほど時間をかけて職員などを派遣して調査してもらっていたんだ。

これはこの時代のフランス全土の人口が約2500万人前後であることから、統計学的な判断に基づいて調査をしたというわけだ。


これは俺が仕事柄使っていたデータではあるが……。

統計学上、信頼水準を精度の高い物にする場合は1万人のデータが揃えばかなり精確なデータとなるからね。

多少の誤差を許容するなら400人前後でも大丈夫らしいが、それでも初めて行う意識調査でもあるのでコンドルセ侯爵の監修を受けて製作されたんだ。

本人はすごく張り切って作っていたから気合の入ったつくりとなっている。

さすがコンドルセ侯爵、略してさすコンである。


『ブルボンの改革に対する意識調査書 1771年版』


意識調査書は公示人などをつかって最大限に公正な状態で行われた。

貴族・聖職者・市民たちが改革の公布と施行についてどのぐらい理解しているか、また改革に対してどのように思っているのかを伺うものだ。

最初の質問は『改革の内容を理解していますか?』である。


ブルボンの改革では大規模かつ身分階級などに踏み込んだ内容となっているので国民の関心は極めて高いようだ。

内容を理解していると答えた者は実に全体の97パーセントにあたる9715人が「理解している」と回答している。


おお、思っていたよりもスゴイ数値が出たぞ。

個人的には7割から8割ぐらいかなと思っていたけど、改革の内容が内容である為、国民の関心度はかなり大きい。

それだけ改革が必要不可欠であるという事でもあるってわけだ。


『改革に賛成か反対か?』という質問には85パーセントに当たる8509人が賛成と答えてくれた。

賛成の比率が大きかったのは順で並べると市民・貴族・聖職者だ。

土地を所有して荘園など農奴を所有している貴族・聖職者たちに対して農地改革に伴う税金の徴収は市民階級が最も支持を表明してくれていた。

それまでは貴族・聖職者は税金を納めなくてもよいと決められていたものを改革で納めるように義務付けを行う姿勢がかなり好意的に捉えているようだ。


反対と答えたのは聖職者と貴族が同数でそれぞれ400人ずつであった。

理由としては事業所として扱われることへの不満。

並びに農奴達が処遇改善を求めて暴動を起こすのではないかという不安から反対の立場を示しているようだ。

少数の市民も暴動や内乱を恐れて反対と答えたそうだ。


暴動と内乱の可能性か……。

ゼロではないがあるな……。

起こすとすれば反改革派による突発的なものだろう。

国土管理局の正式アドバイザーになったヨーゼフ・ハウザー氏を呼び出して暴動の可能性について話すことになった。


「市民階級にも改革に反対する人がいるとはねぇ……少数だけどいずれも改革に伴う混乱によって暴動や反乱を恐れているらしい。ヨーゼフ氏はどう思う?」

「その可能性はあると思います。曲がりなりにも貴族や聖職者の方々は資金力を蓄えている方が多いです。オルレアン公爵の一件で表立った反改革の主張は息を潜めてはおりますが、水面下では不満を持っている者もいるとのことです」

「かといってオルレアン公爵みたいに他の余罪とか物的証拠で憲兵隊にお引渡しするにも手間がかかるしなぁ……地方都市だと尚更警戒しているんだろう?」

「はっ、特に改革に反対の意志を表明している者がフランス西部地域に多く見られます。この地域はキリスト教カトリック派を中心とした信仰の強い地域でもあります。聖職者を中心に改革のデメリットを強調するような演説や公演を度々行っているとのことです」


改革に対するネガティブキャンペーンをしまくっているというわけか。

要注意というわけだ。

フランス西部……。

なんかもやっとしてきたぞ?


フランス革命の時に王政支持者……王党派が革命派による理不尽な暴力行為や増税行為にブチ切れを起こして反乱したんだよね。

ヴァンデの反乱だったような気がする。

革命から3年後に起こった反乱で、確か西部地方で起こったから……。

あ、これこのまま放置していたらヴァンデの反乱の逆バージョンで王党派じゃなくて宗教戦争になっちまうじゃんか!!!!


ヤベェ、このまま黙って放置していたらカトリックの総本山があるイタリアの教皇国との関係が悪化しちゃうパターンだわコレ。

イタリア軍は弱い弱いって現代のネット社会じゃネタとして言われているけど、あれはあくまでも近代から第二次世界大戦までの評価であって、それ以前の近世あたりまでは色々国家が入り乱れていたとはいえ、それなりに小国としては国力もあるからねぇ……。

ただ今のイタリア半島は日本の戦国時代みたいな感じに各地で共和国が群雄割拠している状態なんだよね。


おまけに我がフランス以外にもオーストリアやスペインがイタリアに介入しまくっているから下手をすれば欧州大戦になりかねない。

対仏大同盟は止めて差し上げて(懇願)

むむむ、これは大きな課題だぞ。

早急に対策プランを練っておこう。


「対教皇国については経済支援と技術供与を見返りとして教皇に理解を求めるように伝えたほうが無難かね?」

「それがよいと思います。西部の聖職者も教皇の命であれば従ってくれるでしょう」

「よし、では早速教皇に親書を渡す者を選定してくれ。念の為に西部地域が暴発した時に備えて諜報員の派遣も忘れずに頼む。特に聖職者が反乱を起こしてしまうと厄介だ。派遣した際に既に危険な兆候が見られるようであれば謀殺の許可を出そう」

「かしこまりました。ではアンソニーとジャンヌを派遣致します」


反乱対策も練らねばなるまい。

そして、反乱が既に起きそうであれば首謀者の謀殺も許可を出す。

こうしたダークな仕事をやるのは少々つらい面もあるが国王となった以上、無責任に他人任せではダメなんだ。


最終責任者はこの俺、ルイ16世だ!

王政である以上、政治の責任を務めるのは国王の使命でもある。

これから国王としての統治をする上ではそうした非情な事をやらないといけない時があるだろう。

だけど躊躇してはいけない。

躊躇していれば嵌められて史実のように断頭台でギロチン処刑されてしまうだろう。

そうなる前に危険な芽は摘んでおく必要がある。


だが、こうした行為はあくまでも危険性が高いものに限定されている。

必要以上に行えば職権乱用になるし独裁政治と変わらなくなっちゃうからね。

そうした事に気をつけるように自覚をしつつ、俺は意識調査結果の続きを読むことにしたのであった。

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