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お詫び:王族の晩餐に関する資料はあるのですが、大晦日の日に出された料理に関する資料が手持ちではないので、ここでは至って普通の食事を提供しております。ご了承ください。


小トリアノン宮殿からヴェルサイユ宮殿に向かう道で空を見上げてみた。

雪がパラパラと舞っている。

粉雪といった感じだろうか。

道の脇に生えている茂みが白くなっている。

屋根にも雪が積もり始めていて、いよいよ冬本番だなぁと思う程だ。


「うわぁ、雪が舞っているなぁ……道理で寒いと思ったよ」


もう周囲はすっかり真っ暗だ。

それでも雪が積もっているお陰で蝋燭の炎などが反射してオレンジ色に照らされているのがよく解る。

これで日本酒を一杯晩酌として頂くのもいいかもしれない。

日本酒があればの話だけどね!

それに今はまだ未成年だしお酒は飲んではいけない、お酒は二十歳になってからだ。

まだ雪もパラパラと舞っているが、これから夕飯の時間だ。

愛しのアントワネットが俺が到着するまで夕飯を待っているんだ。

直ぐに向かわなければ!


大晦日の日という事もあってか今日の気分は終始テンションが高い。

昼間はアントワネットがランバル公妃と一緒にマカロンを作ってくれたし、今夜はきっとテーブルには鴨のダシでキメた年越しそばがある……!

というご都合展開は流石にないわ。

あぁ……年越しといえば蕎麦は欠かせない食材だ。


蕎麦をつるりと食べながらお酒を一杯引っ掛けてコタツに潜り、年末の年越し番組を見ながらウトウトするのがいいだよね。

それが大晦日に与えられた特権というものだ。

むしろ日本と国交を結ばないと蕎麦すら食べれないだろう。

麺類が食べてぇ!麺類食べながら年越しをしたい!

そんな俺のワガママを可能な限り料理人が注文を聞いてくれて温かいペペロンチーノを出してくれるらしい。


ペペロンチーノいいよね。

簡単に出来上がるし、ニンニクや唐辛子を使っているから身体が温まる。

特にウォッカや焼酎ベースの辛い酒に合うからね。

転生前はコンビニで売られている電子レンジで温める一品540円前後のペペロンチーノが大好きだった。

ニンニクをまぶしてベーコンやソーセージが入っていて、鷹の爪がスパイスを一段と盛り上げてくれている。


それに俺は金欠時にはペペロンチーノとストロング系の酒を飲んで過ごす事が多かった。

でもまだこの体は酒を飲むと滅茶苦茶悪酔いしやすいので飲まないようにしている。

だからホットティー(ノンシュガー)を飲みながら唐辛子やニンニクを食べて身体を暖めようというわけさ。


ヴェルサイユ宮殿の中はとても静かだ。

使用人や守衛の大半は帰郷して年越しを迎えるそうだ。

俺も彼らを労うために昨日は一律でボーナスを支給するように命じた上で、最低1人3日間は休むように命令している。

ルイ15世の崩御などもあって一週間ほど大忙しだったからね。

彼らにも休息を与えないとね。

やはり休める時にしっかり休んだほうが良い。


ヴェルサイユ宮殿を歩いてようやく居室の前までやって来た。

部屋の前を警備している守衛が姿勢を正して敬礼を行ってくれる。

年越しも警備の任を任せているけど、年越しの警備の給料も通常日と比べて1.5倍増しにしている。

彼らには世話になっているからね。

守衛がドアを開けてくれると、そこにいたのは暖炉の前で椅子に座っていたアントワネットがいた。

少しばかりウトウトしているようだ。


「ただいまー」


いつも通りに帰ってくると、直ぐにアントワネットはハッと目を覚まして俺を出迎えくれた。


「お、お帰りなさい!オーギュスト様!お仕事お疲れ様です!!」

「うん、ありがとう。ちょっと暖炉にあたっていてもいいかい?」

「ええ!よろしければ一緒に暖まってもいいでしょうか?」

「もちろん、いいよ」


アントワネットと一緒になって椅子を二つ、くっつけて二人で身体の片側をくっつけながら暖炉で温まる。

いやぁ、暖炉っていいよねぇ……。

東京生まれ、東京育ちだった俺には暖炉で温まった記憶がない。

小学校の時には既にエアコンで暖まっていたし、職場でも家でもエアコンで温度調節していたからねぇ。

こうして薪がパチパチと音をたてて燃えているのを見ながら暖を取るのは、情があっていいな。

ストーブとはまた違った良さがある。


アントワネットが俺に寄り添い、俺もアントワネットの隣に寄り添う。

手を握ってくれるだけでもうドキドキよ。

暖炉の薪が燃えている光景と、アントワネットが隣にいるだけで身体がドンドン暖かくなっていくね。


それに暖炉の周囲はとても暖かい。

先程まで小トリアノン宮殿からヴェルサイユ宮殿の居室に戻るまでに随分と身体が冷え込んでいる。

こういう日は暖炉の前で身体を暖めるのに限る。

次いでに欲を言えばみかんを食べたくなるね。


それはコタツがなければ意味が無いか……ああ、こたつかぁ……。

あれは冬にはオフトゥンと同等の睡魔と心地よさを発揮するヤベェ代物だからね。

西洋コタツならスペインの地方にあったはずだから、今度取り寄せようかな。

暖をとっていると、お腹が鳴り始めた。


「……そろそろ夕飯にするかい?」

「ええ、そうしましょう!!今、呼び鈴を鳴らしますね!」

「ありがとう。さーてと、年越しかぁ……」


呼び鈴を鳴らして料理を持ってくるようにアントワネットが伝えている。

どんな年越しの料理が出てくるのだろうか?

楽しみ待つこと30分。

居室に大晦日の夕食が運ばれてきた。


それは俺が楽しみにしていたペペロンチーノと、鶏肉と冬野菜のプラムソース和え、カボチャのシチュー、飲み物はアントワネットがホットミルクで、俺がホットティー……デザートにシュークリームという内容だ。


意外にも、大晦日の食事は現代人である俺からしてみれば質素のように見えた。

しかし、この時代では凄いご馳走である。

カボチャは栄養値が高いから身体に良いし、シュークリームには果物も入っているという。

アントワネットは凄く目を輝かせていたし、俺もなんだかんだ言ってペペロンチーノの香りに夢中になっている。

これは絶対に美味い!

そう確信させるほどに香ばしい匂いが部屋の中に入ってくる。


「それじゃあ、今年最後の食事に感謝を……そして来年は良き年になりますように……!いただきます!」

「いただきます!」


手を合わせて、今年最後の夕飯を食べ始める。

夕飯の時は仕事の話は一切しない。

そうした事はプライベートで持ちこみたくないからね。

それよりもこの美味しい食事について語りたい。

ペペロンチーノの辛さは適度だし、カボチャのシチューは甘味がとろけているので飲みやすいし、口の中で冬野菜が躍っているような感じだ。

そしてホットティーを飲みながらシュークリームで〆(しめ)る。


楽しい食事だ。

嫌な事は忘れて食に集中できるのがいい。

アントワネットも美味しそうに夕飯を食べている。

その光景を見れるだけで俺は幸せだ。


あと2時間後で1771年を迎える。

史実とは異なる道を歩み始めているフランス。

来年からはより業務や責任を伴う仕事が増えてくるだろう。

だけど、今はこうしてアントワネットと水入らずの時間を過ごしたい。

俺はいつまでもこうしたささやかな時間が送れることを祈りつつ、食後の歯磨きとトイレを済ませてからアントワネットと一緒にベッドの中に潜っていくのであった。

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