56:寂しいクリスマス
一日2連続投稿………!!!!したので初投稿です。
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1770年12月24日
フランス パリ
『国王陛下ルイ15世、崩御』
その報道は丸一日かけてフランス全土に、そして一週間を掛けてヨーロッパ諸国に駆け巡った。
最愛王として、多くの公妾や愛人たちと暮らした国王陛下の死。
普段であればキリスト教にとって一大イベントである「イエス・キリストの復活祭」ことクリスマスが盛大に行われているが、フランス王国国内では国王陛下崩御の報が伝わると街の中は一斉に自粛ムードに包まれてしまう。
無論、直ぐに王太子であるオーギュストが予め予定されていた祝い事やパレードなどについては中止にしなくてよいと全国の州に通達したが、それでも多くの行事が取り止めや延期という事態になった。
間近にクリスマスを控えていた人々にとっては、祝い事など到底できない空気が広がっていく。
亡くなったのがクリスマスの2日前ということもあってか、パリの街中も寂しい様相となっていた。
豪華な飾り付けや装飾が施された衣装を着る人間はおらず、行きかう人々は単調な色合いの服を着ている。
唯一それとは無縁の子供たちが空き地や畑などで降りしきる雪ではしゃいでいる。
大人たちはその姿を見て、難しい問題を考えずに遊んでいる光景を羨ましく思った。
仕事に励もうにも、どんよりとしたムードの中ではそれどころではない。
少なくとも今年の大晦日まではこうした空気が漂うだろう。
焼き菓子を売る事で稼ぎを得ているウーブリ屋ですら、この国王崩御の報が伝わると早くに商売を止めてカフェに行って暖かいコーヒーを飲んで帰ろうとするほどであった。
パリ中のカフェでは、そうした商売人や第三身分階級の者達が集まって、暖かい飲み物や食べ物を求めてやってくるのであった。
「ウーブリ屋じゃないか、なんだクリスマスの稼ぎ時だろ?仕事はどうしたんだ?」
「ガラス屋の旦那!いやぁ……やはり崩御の件であまり売れ行きが芳しくないのですわ。だから今日はもう仕事を早めに切り上げたんですわ」
「そうか……それにしても冷え込んでいるな……外は寒くてやっていられないよ」
「全くですわ。クリスマスだというのに街は本当に寂しいものです。今日は商売は止めて家に帰りますぜ」
「でもまだまだお前の所のボロ屋は寒いんだろウーブリ屋。こっちも寒くて客入りが悪いからな……今夜は飲んで寝るとしよう」
寒さを凌ぐために薪ストーブをガンガン焚いているカフェの店内は暖かい。
会話をしていても苦痛ではない。
一人、また一人暖を求めて客が入ってくる。
入ってきた客たちも国王陛下崩御の話題を次々と口にし始めた。
「うぅ……国王陛下もお亡くなりになってしまったか……」
「アデライード様から受けた傷が元で病に伏せていたそうだぞ……赤い雨事件以来、公の場には姿を表していないしな」
「確かに国王陛下は色々と言われてはいたが……それでも王太子殿下主導の改革を承認していたことは事実だ」
「ああ、確かにな」
ルイ15世の評価はそれまではあまり芳しくなかった。
……が、赤い雨事件以降……オーギュスト主導の「ブルボンの改革」が行われる際に様々なアドバイスを行い、そして国王権限で改革案を承認するという重大な役割を担っていた。
さらに裏では諜報機関「王の秘密機関」の人材を「国土管理局」に移行して改革をサポートしていたのだ。
『色々とやらかしたが、晩年の最期になって最も国王らしく責務を全うした』
そう評したのはフランスのとある新聞社であった。
沢山の公妾や愛人を取り囲んだ派手な私生活や、七年戦争で新大陸やインド大陸の植民地を失う大敗を起こし、国内の経済状況を何度も悪化させたことは大々的に非難されたが、賢明な王太子をサポートするべく最期になって、改革を手助けして後押しした事を評価するというものだ。
「だが、このまま悲しんでばかりではいられないぞ。何と言っても王太子殿下が国王陛下になるのだからな。あの御方が国王陛下になればこの国はもっと良くなるぞ」
「ああ、そうだな!!!あの人は大貴族相手にも堂々と物を言って下さるからな!!!絶対に改革は成功するよ!!」
ここで人々は崩御したルイ15世に代わってオーギュストの話題に移り始めた。
改革を実行に移して着実にフランスを変えていく意志を示しているオーギュストへの支持は絶大なものとなっていた。
その中でも市民や農民など第三身分階級者から最も信頼されている人物である。
既に改革をしているが、財政長官として第三身分階級のジャック・ネッケルが起用されている。
また、国土管理局のメンバーにはユダヤ人商人のヨーゼフ・ハウザーの名もある。
有能であれば平民だろうがユダヤ人だろうが起用する姿勢は、改革の本気度を物語っていた。
そうしたオーギュストの改革への姿勢は、確実に国民の心に届いている。
特に、現在判決が待たされているオルレアン公爵家で英国国立銀行の刻印が施された金塊が見つかった『金塊公爵事件』では、改革に反対しているオルレアン公などの大貴族との対立姿勢が鮮明になった事で、第三身分階級の九割以上がオーギュストの味方となっている。
世論はオーギュスト主導の改革に支持を表明しており、特にこの時代における重要なマスメディアである新聞各社もオーギュストを持ち上げて、期待感を示している。
改革でどのように市民生活が変わるのか、オーギュスト自らがその内容を解説したものを新聞各社に送り、改革の必要性を強調している。
また、オーギュストは毎朝新聞各社から寄せられた読者からの意見なども聞きとっているほどだ。
『経済の活性化には様々な課題があるが、まずは貴族・聖職者に対する納税と収入源の明細義務化を視野に入れる事はどうか?』
『パリ市内でも汚水問題を抱えている地区の整備を進めてほしい』
『貧困層への食糧支援について具体的な対策を練ってほしい』
新聞というメディアの媒体を通して出された国民の意見をオーギュストは把握し、協議を踏まえた上で改革案の中に入れ込むなどの作業を行っている。
小さな実績の積み重ねを重視するオーギュストは、すぐにでも行える小さな改革は即日中に行う。
こうした行動力とオーギュストの人望が国民全体にとっての希望となっているのだ。
「王太子殿下が国王陛下として即位したのだろう?載冠式はいつやるのだ?」
「事実上、既に即位しているようなものだけどな……載冠式が再来年の3月21日頃に行うそうだぞ」
「なら、それまでに閣僚や人材も確保しないとな……」
「王太子殿下は俺たちの希望だ。国王陛下になっても俺たちは応援するぞ!!反改革派の貴族連中に潰されてたまるか!!」
「そうだ!俺たち平民を大事にしてくださる御方だ!!」
ここだけではない。
パリ中のあちこちの飲食店ではルイ15世に代わって即位する予定のオーギュストを支持する者たちが、新国王の一日も早い即位を望んでいるのだ。
いまやオーギュストはフランス王国にとって、欠かせない人物となっていた。