53:クリスマスキャロル
もうすぐクリスマスなので初投稿です。
なお、今回から数話ほどシリアスなお話になりますのでご了承ください
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1770年12月21日
ジングルベル……ジングルベル……ああ、もうクリスマスが近いよね。
うん……今日の俺は凄くテンションが低い。
どうやら国王陛下ことルイ15世の容態がそろそろ危ないようだ。
もうすぐお迎えがきてしまうと主治医から言われたよ。
「残念ながら……国王陛下のお身体はもう長くは持ちません……あと3日ぐらいが限界でしょう」
アデライードに刺されて以来、腹の傷の治りが悪く寝たきり状態になっていた国王陛下の体調が、ここ数日の間のうちに一気に悪くなってしまった。
免疫力も落ちてきたし、何よりここ最近は一気に気温が冷え込んでしまったからね。
風邪を引いた事が引き金となり、免疫力がかなり弱っているそうだ。
もう長くは持たない。
今日はアントワネットと一緒に国王陛下の所に謁見をする予定だ。
恐らく、今日で最後の謁見になるだろう。
できれば最後を見届けたいが、流行り病であった際に感染すると不味いのでカーテンの仕切り越しで会話するという措置が取られている。
自分の醜い姿を見せたくないのか、それとも国王陛下なりの気遣いなのか……。
それは分からない。
だけど、国王陛下が選んだ立会人以外は守衛だけでなく主治医までも寝室の中に入れない辺り、相当覚悟を決めているらしい。
アントワネットと一緒に国王陛下の容態を主治医から聞いているが、そろそろ天国へ旅立つ時だろう。
「おじい様は……もう、そこまでお身体が……」
「……今は話せる状態ですか?」
「辛うじて……お話をなさいますか?」
「できればそのようにお願いしたい……」
「かしこまりました。国王陛下にお伝え次第、直ぐに参ります」
主治医が急いで王の許可を求めて走って行く間。
俺は国王陛下の事について考えていた。
最初、こっちの世界に転生した直後はあまり良い印象を持っていなかった。
だが、アデライードが暗殺を謀ろうとした事で気がつけば王のノウハウとやらを聞き出すことが出来た。
彼なりに国王としての責務を俺に教えたのだろう。
俺は参考になる部分は受け入れたし、何よりも「王の秘密機関」の優秀な人材をそのまま「国土管理局」に移籍させることができたのは何よりの幸運だった。
そして移籍早々にフィリップ2世を中心としたオルレアン家の陰謀を叩き潰すことに成功したんだ。
こちらも工作を行ったのは事実だが、その工作よりも遥かにマズイ禁輸品の貯蔵……。
イギリスの国立銀行で刻印された金塊が見つかった金塊公爵事件で、国内の政治はてんやわんやの大騒ぎ。
結果的にオルレアン家がイギリス側と通じていて、反改革派貴族を中心に改革に対するネガティブキャンペーンを行うための資金として利用していたものであったと判明してから、世論は一気に改革派への支持を表明したんだ。
王の秘密機関を保有していた国王陛下がいなかったら、こうも順調にはいかなかっただろう。
それでいて、フィリップ2世の指示によって改革が妨害を受けていたことを知った国民が、相次いでオルレアン家が所有している建物で抗議活動を起こしたことにより、王国はオルレアン家に対する裁判を決定したってわけさ。
裁判は各身分の代表者限定ではあったが傍聴席での参加が許可され、今年の11月3日から12月10日まで審議が行われたよ。
審議って言っても普通なら半年ぐらいかけてやるけど、ご禁制品の所持だけでなく改革への妨害活動なども行っていた事を考慮して、妨害活動の数々を証拠品と一緒に提示して相手に弁護の反撃の隙すら与えなかった。
それからはずっと俺のターンというやつだ。
証拠品はいくらでも出てきた。
反改革派貴族連中に配った王太子殿下を侮辱するような書き込みの数々。
調査班が調べてくれたけど、分かっているだけでも数百人が反改革の工作活動に参加していたようだ。
それだけではなくて、アントワネットやランバル公妃が一緒にいるのはレズビアンだからじゃないかとか、俺が包茎だからご同衾をしていないとか……悪口の見本市の如く、故意に次々と悪意に満ちた噂を流していたりしていたわけよ。
俺の包茎の件はともかくアントワネットや彼女に誠意を尽くしていたランバル公妃への悪口は許せなかった。
(もう許せねぇぞオイ!!!覚悟しろよ?)
まだ裁判は途中だけど、遅くても来年の3月までには裁判結果が出るだろう。
だけど彼らの運命はほぼ決定しているようなものだ。
ざまーみろってんだ。
それでも今は気分が盛り上がらない。
半年……たった半年で俺の行いによってフランス史は大きく変わってしまっている。
来年は改革に向けて大きく前進するだろう。
だけど、ルイ15世はその改革を見ることが出来ない。
そう思うと身体が震えてくる。
想いがこみ上げてきてしまうんだ。
アンタよりはいい政治を築いてやるぜと意気込んでおきながら、国王陛下は病で伏せている。
もどかしい気持ちでいっぱいだ。
畜生……。
死神にもうちょっとだけ持たせることは出来ないものか交渉したいほどだ。
「オーギュスト様……」
震えている俺の手をアントワネットが握ってくれた。
温かい。
もどかしい気持ちで一杯の俺の手は、アントワネットの暖かい手で少しずつ震えも収まっていく……。
アントワネットも悲しそうな表情で見つめている。
国王陛下はアントワネットの事を気に入っていたし、俺に彼女との付き合い方をアドバイスもしてくれた。
まぁ、そのアドバイスというのが大半が性行為関係の話だったというのは目の前にいる本人の前じゃ口が裂けても言えないがね。
「ありがとうアントワネット……いずれ、こんな日が来るとは思っていたが……いざ来てしまうと震えてしまうんだ……怖くて……」
「オーギュスト様……」
「すまない、今日は……うまく言葉が出ないんだ。何といえばいいのか……こう、言葉に言いたくても言い出せない……そんな気持ちさ……」
このもどかしさ。
この寂しさ。
この辛さ……。
どのように説明すればいいんだ?
アントワネットは隣にくっ付いて手を握ってくれている。
「私が……私がついています……どこまでも、オーギュスト様の傍に……」
「ありがとう……アントワネット……」
その優しさだけで、俺はどことなく……ほんの少しだけ心にのしかかった重たい気分が軽くなるような気がした。
廊下の向こう側から駆け足で戻ってきている主治医の様子を見て、そろそろ国王陛下との最後の会話になりそうだ。
しっかり彼の話を聞こうと思う。
そして、国王陛下との最後の謁見に臨もう。
俺はアントワネットの支えによって立ち上がった。
私的な事ですが、皆さんのクリスマスソングで好きな曲は何でしょうか?
この時期になると私は稲垣潤一の「クリスマスキャロルの頃には」を良く頭の中で大合唱しています。