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48:楔は放たれた

パレ・ロワイヤルで酒盛りが行われている中、長槍を構えている門番たちは貴族たちの楽しい歌声や歓声、そして夜の激しい運動の音を聞きながら言われた通りの勤務を続けていた。

門番といってもそれほど地位は高くない。

だが、不審者は絶対に通してはならないという決まりを忠実に守っている。

彼らの多くが平民であったが、それなりに高い金で雇っているので勤務は怠ってはいない。

番犬としての役割をこなしていた。


「今日は一段と賑やかだな……何かいい事でもあったのか?」

「なんでも王太子殿下の弱点を掴んだとかで喜んでいるらしいぞ、詳しい話は知らないがね」

「あのフィリップ2世様が取り巻き連中まで呼んで酒盛りとは随分と珍しい、普段ならおひとりで遊びにいくものだがね」

「きっとそれだけ良い知らせというわけだ……ん?あの馬車こっちに向かってくるぞ」

「ほんとだ……おい!そこの馬車、止まれ!!ここは許可なく立ち入ることは禁止されているぞ!名を名乗れ!!!」


門番たちはパレ・ロワイヤルの正面門にやってきた二台の馬車に注目する。

この時間帯に馬車がやってくることは滅多にない。

よほどの事情か要人で無ければこの門を通すことは禁じられている。

門番の一人が馬車を止めて身分の確認を行う。

先頭の馬車を動かしていたのは若い青年であった。

人相も悪くない。

門番は青年にここにやってきた理由について尋ねていた。


「もう夜の1時過ぎだぞ!こんな遅くに……ここに何の用でやって来たんだ?」

「夜分遅くにすみません。高級酒造店”バルサージュ・ボン”の者です。こちらで高級ワインの緊急発注が届いたのでお届けに上がりました」

「ワインの緊急発注?おい、そんな用件は聞いていないぞ……お前聞いているか?」

「いや、なにも聞いておらん……怪しいな……今すぐ馬車から降りて……」


昼間ならともかく、夜中にワインの緊急発注などするはずがない。

門番たちは長槍を構えて酒造店の者を怪しんで馬車から降りるように指示をだそうとしたその時であった。


「おい!!!すぐに門を開けるんだ!!!」


屋敷の玄関から一人の男が走って正面門にやって来たのだ。

その男は屋敷の警備を任せている警備主任であった。

主任は酒造店の青年を見るや否や、門番たちに門を開けるように指示をだした。


「おおお!!!門を閉じていて申し訳ない!!!おい、お前達……直ぐに門を開けるんだ!!」

「警備主任?!一体どういうことですか?」

「フィリップ様が地下保管庫にあったワインの樽をほぼ全て抜いてしまってな……ワインの在庫が足りなくなっていたのだよ。さっき裏門から使いを出したのだが……貴様にも報告をしたはずだろう!!」

「は、はぁ……ですがそのような報告は引継ぎの時に受け取っておりませんよ?」

「なんだと!!!もしや先程の交代した奴がし忘れていたか?!あああ、申し訳ございませんバルサージュ・ボンの方々、どうかこの通り……お許しください!!!」


警備主任は深々と頭を下げた。

門番たちもバルサージュ・ボンがかなり身分の高い者、もしくはオルレアン公が信頼している酒造店の者だと思い込み、次々と頭を下げ急いで門を開けた。

青年は謝罪を受け入れた上で、警備主任にワインの置き場所を聞きに伺う。


「いえ、ワインを壊されたわけではないので大丈夫ですよ。警備主任さん、それよりも後ろに積んでいるワインはどちらに置けばよろしいでしょうか?」

「はい、こちらでございます!」


警備主任が誘導してワインの置く場所まで案内を行う。

馬車の荷台に積まれた樽はパレ・ロワイヤルの保管庫に次々と運び込まれていく。

荷台から降りてきたのは樽を設置する国土管理局の工作実行部隊だ。

青年は先程の穏やかな表情とは打って変わって鋭い目つきになる。


「いいか、ここまでは予定通りだ。最後まで抜かりが無いようにやるぞ」

「はっ、分かっております」


樽の中身が表向きは高級ワインというだけあってか、警備主任らは普段通り慎重に樽を運んだ。

全ての樽を運び終えるのに10分ほど時間を要した。

青年は懐中時計を見ながら樽を運び終えたことを警備主任に確認する。


「高級ワインが5樽分……黒煙用と爆発用……それと宝石が3つだな……確かに樽の設置が完了したんだな?」

「はい、問題なく動作しております。あと2時間後に大きな花火が打ち上げられる予定です」

「ふむ……流石は機械仕掛けの名人が作った代物だな……周囲にいる人には気の毒だが、これもフランスの未来の為だ。……こちらが受け取る花束もご到着だ」


濃い緑色のドレスを身に纏った女性を取り囲むように複数の女性を連れてやってくる。

彼女はフィリップ2世の妻、ルイーズ・マリー夫人だ。

まだ17歳というのに、夫のフィリップ2世はすでに愛人との関係に夢中であり、フィリップ2世にとってルイーズ・マリー夫人は自分の血筋を産むためだけに存在しているという極めて不幸な結婚生活を強いられていたのだ。

現代で言うところの精神的DVと肉体的DVをセットで受けている状態でもあったのだ。


ルイーズ・マリー夫人を守るように降りてきたのは”デ・クゥー”から派遣された娼婦たちである。

彼女たちはフィリップ2世やオルレアン公派の動きを逐一国土管理局に報告を入れていたのである。

その中心的人物が調査班のジャンヌである。

ジャンヌは青年に駆け寄って現在の屋敷内の状況を精確に伝えた。


「フィリップ2世は大広間で偽改革案を掲げて宴を行っております」

「まだ呑んでいるのか……他の貴族連中は?」

「他の者達も酔い潰れております。部屋で行為に夢中だった者も強力な睡眠剤で眠らせました」

「よし、ではここから脱出するぞ。ルイーズ・マリー夫人、あまり乗り心地は上物ではございませんが、安全にここから脱出しますのでどうぞ乗ってください」

「ありがとうございます……」


ルイーズ・マリー夫人は青年に頭を下げて荷台に乗り込む。国土管理局にとってもルイーズ・マリー夫人の確保は最重要の任務だ。

彼女はオルレアン公やフィリップ2世が王太子殿下を公然と非難し、さらに王太子殿下を陥れるための工作をしていた彼らの内情を詳しく知っているのだ。


その為、パレ・ロワイヤルに潜ませていた工作員を使ってコンタクトを取り、フィリップ2世に不利な裁判の証言を行う見返りに彼女の身の安全と保護を約束したのだ。

さらにいえばルイーズ・マリー夫人の父親は慈善活動家であり、改革案に賛成している王族関係者パンティエーヴル公爵でもあるのだ。

オーギュストはこの事を知ってフィリップ2世への工作を行うと同時に彼女の保護も命じていたのだ。


彼女はルイーズ・マリー夫人を無傷でパレ・ロワイヤルから脱出させ、ヴェルサイユ宮殿まで護衛しなければならない。

すでにフィリップ2世を含めたオルレアン家の取り潰しは避けられない状況になりつつあるからだ。

身内である彼女から証言を得ることができれば、改革に反対する者達を裁判で有利に裁くことができる。


「さぁ行きましょう。貴方のお父様もお待ちしておりますよ」

「……はい!」


無論、これはあくまでもオーギュストが死傷者を出さない為のギリギリの妥協案だ。

もし作戦実行中に不備や不測の事態が生じた場合にのみ、発砲並びに殺傷が許可される。

そうした事態にならないように、慎重に工作とルイーズ・マリー夫人の脱出を同時進行で行っていたのであった。

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