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47:ハエトリグサ

★ ☆ ★


1770年10月12日


パリ パレ・ロワイヤル


パレ・ロワイヤルはルーヴル宮殿のすぐ近くにある大きな屋敷だ。

オルレアン公が買い取って以降、この場所は大貴族にとっても重要な拠点の一つであった。

まだオルレアン公が健在とはいえ、この場所は公爵家の私有地ということもあって憲兵隊ですら令状なしには立ち入ることが出来ない神聖な場所であった。


そのこともあって、パレ・ロワイヤルにはオーギュスト主導で行われている改革案に反対する貴族や聖職者がよく会合を行う。

ここ最近では夜は親オルレアン派の貴族がパーティーを開いて王太子殿下の根も葉もない悪口を言い合うようなたまり場と化していた。


特に、今日みたいな日は一段とパレ・ロワイヤルは賑やかなお祭り騒ぎと化している。

それもそのはず。

オルレアン公やフィリップ2世にとって夢のような展開が訪れたからである。

”王太子殿下の改革頓挫、貴族や聖職者に有利な案を通す予定”

日付が変わったのにも関わらず、屋敷にはいくつもの灯りが灯されていてパーティーが続いていたからだ。


「フハハハハハ!!!愉快!!!愉快!!!やはりあの坊主は所詮口だけというわけか!!!」


フィリップ2世は部下であるパトリック男爵から王太子殿下のサイン入りの”改革案”を手に入れたのだ。

改革案を熟読し、かつ内容がフィリップ2世を含めた大貴族や大聖職者を中心に有利な内容となっていたことで勝利を確信しているのだ。


「それにしても今宵は酒が美味い!!!これほどまでに美酒だと感じたことがあるだろうか?!」

「いやはや、これもフィリップ2世様の事を酒が祝しているのですよ」

「ハハハハハ、パトリック男爵も中々口が旨いではないか!どれ、もう一杯飲むか?」

「はっ、有難く頂きます」

「お前達ももっと飲め!今宵は無礼講だ!!!酒も女も好きなだけ頂け!!!」

「「「おおおおおお!!!!!」」」


フィリップ2世はシャンパーニュを勢い良く開けて部下であるパトリック男爵やその取り巻き達にも振る舞う。

ここ最近で一番の上機嫌であり、部屋の警備をしている者たちにも酒を振る舞うほどであった。

酒だけでは満足できない者は、パトリック男爵が連れてきた”デ・クゥー”の高級娼婦達が夜の相手をしてくれるのだ。

いくら放蕩癖のあるフィリップ2世でも、ここまで他人を巻き込み、屋敷内でオルレアン公が公認の元でどんちゃん騒ぎをすることは早々ないものだ。


オルレアン公も、フィリップ2世が改革案を阻止する物を見つけ出したことを聞きつけており、明日中にはフランスの有力者達の手元にこの改革案のコピー品が出回るだろう。

だが、改革案を手に取ったフィリップ2世は宴が終わってからでも遅くはないといってまだ手元に持っていたのだ。

理由は誰かが屋敷の外に出て言いふらさないか気にしているからだ。


現在フランス社会の大部分はオーギュストら改革派を支持しており、その勢力を伸ばしている。

しかしながら一部の貴族・聖職者は自分達の利益独占の為に改革に反対の姿勢を取っているのだ。

万が一スパイがいてはまずいと思ったのか、警備主任に屋敷から外に出る貴族がいないか逐一チェックを行っている。


全員が屋敷に留まるように酒や女など男が飛びつくような餌をばら撒いて全員を仲間に取り入れるつもりなのだ。

さらに、いざとなればパトリック男爵のせいにもできるように。

オルレアン公もそうしたフィリップ2世の思惑を見抜いてか、羽目を外すのを大目に見てくれるようだ。


大貴族、そして聖職者に非常に有利な改革案が近いうちに成立すれば、オルレアン家が大成するのも確実だ。

フィリップ2世はシャンパーニュを更に開けて3本目に突入した。

上機嫌で酒盛りをしているフィリップ2世はパトリック男爵を褒めちぎった。


「パトリック男爵、いやはやご苦労だった!!!これさえあれば後は奴を支持する改革派に見せつけるだけで王太子殿下の評判は地に落ちるだろうし、後で改革を行うことを取り消したり躊躇すればそれだけ非難の材料になると言うわけだ……男爵には後で資金面でも政治面でも大いにサポートすることを約束しよう」

「はっ、ありがたき幸せでございます。王太子殿下の近くに伝手を潜り込ませることに成功した甲斐がありました」

「ほぅ、伝手を使ったのか……だが、これであの王太子殿下も終わったも同然だな!!!チョイと前まで無口で建物の陰にいても気づかないぐらいの存在感が無い男がしゃしゃり出てくるとどうなったかこれで思い知っただろう!!!」

「ええ、全くですな!!!オルレアン公万歳!フィリップ2世万歳!!!」

「「「オルレアン公万歳!!!フィリップ2世万歳!!!」」」


その場にいる全員がオルレアン公とフィリップ2世に忠誠を誓う。

全員がすでにシャンパーニュや高級ワインを一杯以上飲んでいる。

かなり酔っているのだろうか、肩を組んでオーギュストを侮辱する替え歌を歌ったり、部屋に入って娼婦と激しく運動をする音が響き渡る。

まさに屋敷全体がクラブハウスのようにカオスと化していた。


一方で、パレ・ロワイヤルの周囲には静かに人が集まり始めていた。

暗闇に溶け込むように服装は黒系の服装で統一されている。

彼らは国土管理局の工作実行部隊である。

目的はオーギュストの命によってオルレアン公とフィリップ2世の失脚を行うための最終段階の仕上げを行う。

実行部隊長の男が部下に念入りに確認を行う。


「今の時刻は?」

「午前1時15分です、まだ中ではパーティーが行われているとのことです」

「中にいる諜報員とは連絡が取れているか?」

「はっ、定期連絡は取れております」

「よし、では予定通り作戦を開始するぞ……この作戦は必ず成功させなくては……」


闇に紛れて、改革を撃ち砕こうとする者達への反抗が密かに開始された。

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