45:乗り越えるべき壁
気がついたら4000字ぐらいになりそうだったので初投稿です。
注意:作中で「娼婦」などのワードがちりばめられていますが、小説家になろうのガイドラインに従いR15相当の文章内容になっておりますのでご了承ください。
あと200万PV達成しました!ありがとうございます!これからもよろしくお願いします。
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1770年10月11日
パリ シャンゼリゼ通り
街路樹の木の葉が黄色に染まる季節。
まだパリの名所として知られているエトワール凱旋門は建造されていないこの時代。
シャンゼリゼ通りは流行の先端を征く場所であった。
貿易商などが集めた世界中の代物を売買する場としても、この通りにある商店などは挙って流行に乗り遅れまいと常に最新の流行品を取り揃えていたのだ。
シャンゼリゼ通りには表の顔と裏の顔がある。
表向きとしては流行の先端ということもあって昼間は人々が多く行き交う場所として栄えている。
同時に、夜になれば裏路地では繁華街として夜の遊び場としても活用されているのだ。
特に北部オベルカンフ地区では半ば合法的に作られた娼館が複数あることで有名な場所である。
時刻は午後7時を過ぎた所だ。
周囲も暗くなり、娼館の明かりが灯される頃合いだ。
そんな場所で今宵、一人の男がオベルカンフ地区にやって来たのだ。
見た目が10代後半から20代前半と思われる男の顔立ちは勇ましさよりも可愛らしさのほうが強調されている。
茶色の頭髪で整った容姿、まさに
男はソワソワとした様子で売春宿が立ち並ぶ裏路地に足を踏み入れたのだ。
そんな容姿を見た美しい娼婦の女性たちが可愛い羊を狩る狼のように優しく近づいてきた。
「ねぇ、そこの僕くん……けっこう可愛らしい顔をしているじゃない。良かったらうちのお店に寄って行かないかしら?サービスするわよ」
「いえ、僕は……」
「あらあら、そうやって我慢するのは身体に良くないのよ……ほら、大人の遊びをしに行きましょうよ」
「い、いえ、け、け、結構です!!!」
美男子であった男は娼婦の誘惑を振り切って、とある店に入っていった。
その店を見て娼婦たちは思わず驚いてしまう。
「まぁっ……あの子、この辺りで一番高いお店に入って行ったわよ……」
「一夜を明かすだけで200リーブルもする”デ・クゥー”よ?……あの店の遣いじゃなければ、貴族のお坊ちゃまだったかしら?」
「だとしたら少しだけ悪い事をしちゃったわね……でも直接手は出していないわ」
「ええ、デ・クゥーはオルレアン家が出資したと言われているお店だしね。下手に関わったら私達が居られなくなっちゃう」
「そうね……さっ、次の男を引っかけに行くわよ!」
「ええ、そうしましょう!」
娼婦たちは男の入った高級娼館”デ・クゥー”に近寄ることなく、次の羊を引っかけにターゲットを変更していた。
娼婦たちの誘惑を押しのけた男は娼館の中にたどり着く。
高級娼館ということもあってか、まるでホテルのような作りとなっている。
カウンターで商簿を眺めている眼鏡をかけた老人が男に質問する。
「67年物のボルドーワインはどんな味わいだ?」
「少し酸味が強くて……それでいて口触りが良い、取引には最適だ」
「……どうぞ、右に入って3番の部屋です。先にお待ちしておりますよ」
老人は男に3番と書かれた鍵を男に渡す。
鍵を受け取った男はカウンターから右に入って3番と書かれた部屋に入室した。
部屋に入るがそこには誰もいない空間となっている。
が、男はさらに本がみっちりと詰まった書棚の前に立つ。
「たしか……この青い本だったな」
青い本を引くと、ゆっくりと書棚が回転していく。
書棚が横に90度回転すると、そこには鋼鉄で出来た扉が出現した。
重い扉を3回叩くとゆっくりと開かれた。
そしてその先にいたのは4人の男たちであった。
男たちはテーブルの上にリーブル紙幣の札束や、地図などを広げてくつろいでいた。
その中で赤毛混じりの貴族の格好をした男が声を掛けた。
「待ちかねたぞアンソニー!予定よりも20分遅刻だぞ」
「お、お、遅くなってすみませんパトリック様、お、お、思っていたよりも手こずりました」
アンソニーと呼ばれた男はパトリックらと待ち合わせをしていたようだ。
20分の遅刻。
金と時間に厳しい貴族階級に属するパトリックからしてみればアンソニーが遅刻してきたことは腹立たしい事だったのだろう。
だが、遅刻した分だけアンソニーはパトリック達に有益な情報を持ち込んできたようであった。
「……こ、こ、これが例の”改革案”の全体図です……パトリック様がお仕えしているフィリップ2世様もこの情報が欲しいのですよね?」
「そうだ、皆にもその図を見せてほしいのだが……いいかな?」
「も、も、も、勿論です。ただビックリして大騒ぎしないでくださいよ……あなた方貴族にとって良い話ばかりですよ?」
どこからか、非合法的に入手した改革案……。
近頃は”ブルボンの改革”とか”王太子殿下の大命”など言われている改革案。
既に2つが公布・施行されているが、それでも全部で数十に及んでいるという噂が流れていた。
このアンソニーは宮殿に仕えている元デュ・バリー夫人の水差し係兼ルイ15世の諜報機関に従事していた者だ。
デュ・バリー夫人が暗殺されてしまったものの、ルイ15世が彼の人柄を評価していた為、その後に行われたヴェルサイユ宮殿内の人事異動・整理において比較的王室とも関わりの強い”内務調査班”という新しい部署に勤務することになったのだ。
具体的にいえばヴェルサイユ宮殿やパリ市内に住んでいる有力な貴族や聖職者達の内情を掴むための調査を中心的に行う部署である。
小トリアノン宮殿にオフィスを持つ国土管理局を根城に活動しており、このアンソニーも諜報員としてオルレアン公の息子であるフィリップ2世に仕えているパトリック男爵に接近したのだ。
接近するためにアンソニーは苦労した。
ほぼ毎日のようにこの高級娼館に通わなければならなかったのだから。
2週間ほど連日で通っていれば当然マークされる。
貴族でないアンソニーがどうして一晩200リーブルの高級娼館に出入できるのか?
疑問に思った”デ・クゥー”の管理を任されているオルレアン公派の貴族であるパトリック男爵の方からアンソニーに近づいてきたのだ。
そしてアンソニーは部署名などは言わずに宮殿で王太子殿下の居室に入ることができる使用人として仕えていると言うと、パトリックは魅力的な条件を提示してアンソニーにすり寄ってきたのだ。
”王室に完成間近の改革案があるはずだ。それを盗んできてほしい。もし盗んでくることが出来れば、
パトリック男爵の言質を取ったアンソニーは直ぐに上司に報告し、その報告を受け取ったオーギュストは偽の改革案をアンソニーに手渡したのだ。
この偽改革案をオルレアン公、もしくはその息子であるフィリップ2世に渡すことを目論んでいるのである。
当然ながら、偽改革案がすぐに貴族や聖職者社会に広がればリスクもあるが将来の革命の芽を潰す為にはやらなければならない事だ。
偽改革案を渡し、パトリックがオルレアン公の屋敷に入ればその時点で有罪が確定する。
オーギュストの地位を失墜させて王位簒奪を目論むフィリップ2世など反王太子派の失脚を目論んだ謀略というやつである。
「なになに……”貴族や聖職者への課税は撤廃し、代わりに助成金制度を採択するように閣議決定する”だと?!」
「それ以外にも”庶民への食事税の導入”までするのか?!王太子殿下は本気か?!」
「ええ、ええ、聞けば大貴族や大聖職者への対立はあくまでも庶民への
「なるほど……それだと確かに辻褄が合うな……公もここ二週間の間に改革案を修正させるために色々な所に根回しをしたと聞いている。きっと国王陛下から御叱りを受けたのだろう」
偽改革案では貴族や聖職者たちの納税義務をこれまで通り免除したり、助成金を出したり、さらに王室の食事メニューを庶民に広げる代わりにレストランなどで食事税を徴収するなど改革とは程遠い貴族や聖職者優遇の案がびっしりと書き込まれていた。
それを見たパトリックは、これまでに出されていた改革案はあくまでも民衆に対するガス抜きであり、おまけに大貴族を中心に改革に反対する姿勢を示したことで王太子殿下の方から折れて、貴族や聖職者有利な改革を実施するのだろうと読んだのだ。
「ふむ、読んでみた所……確かにこの改革案が本当であればスゴイことだな……これは確かに本物なのだな?」
「ええ、ええ、本当ですとも、その改革案のサインを見てください」
「サイン……?な、な、これは……アントワネット妃のサインもあるではないか!!!」
そう、この偽改革案にはオーギュストだけでなく共同製作者の一人であるアントワネット妃のサインもあったのだ。
ただし、このサインは名前の綴りが1文字だけ違っていたり筆跡も異なるものであるから王室関係者が見れば一発で偽物であると分かる物である。
だが、顔ならともかくサイン……それも筆跡を注意深く見るようなことはしないだろう。
特にパトリック達が致命的なミスを犯したのはその点だろう。
「ふふふ……これがあれば王太子殿下の改革案を使って我々オルレアン家に仕える者たちも有利に立てる……ありがとうアンソニー!!!」
「はっ、お役に立ていただけたようで何よりです」
「では早速君のお気に入りの娼婦を呼んでおこう、これからはここを好きに使うといい!!!我々は一旦屋敷に戻っていくからな」
「は、はい!!!ありがとうございます!パトリック様!!!」
パトリックは
パトリックに対してアンソニーは小物らしくお礼をする。
無論これは演技だ。
小物を装う為の演技。
パトリック達がいなくなってからようやくアンソニーはひと息ついた。
「ふぅ……全く、小物を演じるのは中々大変だな……」
そしてアンソニーを慰める為に呼ばれたお気に入りの娼婦というのも、内務調査班から派遣された
名前はジャンヌであり、これはあくまでも偽名である。
ブロンドの長い髪の毛に美しく身体のラインを整えた薄着姿のジャンヌはアンソニーに報告を行う。
「アンソニー……こちらも万全よ、証拠の品は全て揃ったわ。それと言われた通り裏手に馬車を待機させてあるわ。そちらは?」
「ああ、問題ない。既に彼らは喜びながら偽物を掴んでいったよ」
「分かったわ、ところで……今日は
「いや、流石にこれから調査班に報告しに行かなくちゃならないからね……今日はパスだ。それに、今日は忙しくなりそうだぞ、指示を受けると思うからちゃんと聞くんだぞ」
「わかったわ……でも、任務とはいえ貴方と一緒になって良かったわ。任務以外でも貴方とのひと時を過ごしたいの……」
「俺もさ、また時間の空いたプライベートの時にしよう」
「……そうね、アンソニー気をつけて任務……頑張ってね」
「ありがとうジャンヌ、君も気を付けるんだよ」
そう言ってアンソニーはジャンヌの唇にキスをしてから部屋を出て行った。
アンソニーとジャンヌは任務とはいえ互いを抱いた仲であり、互いの素性を知ったのは娼館で鉢合わせした時だったのだ。
任務からいつしか男女の仲へと発展した恋物語が密かにパリで生まれていたのである。
そして、オーギュストの改革に横やりを入れようとする勢力を潰すために、オーギュストも動き出したのであった。
アンソニー君とジャンヌさんは結ばれてほしいなぁ………しみじみ